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第6話:恋バナ禁止令
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「ねえねえ葵ちゃん、“社宅恋愛”ってアリだと思う?」
昼休み、社内のカフェスペース。
カフェラテを片手にそんな爆弾発言を投げてきたのは、西園寺奈津だった。
「え、社宅恋愛……?」
「うん、要は社宅に住んでる住人同士で、付き合うってこと。
“実質同棲”になるから、バレたらちょっとめんどくさいんだよね~」
「……あ、そういうルール、あるんですか?」
「正式にはないけど、“やめとけ”っていう空気はある。
狭いコミュニティだし、別れたあととか超気まずいからね」
「なるほど……」
(って、なんでそんな話題……)
心当たりがありすぎて、内心ぐるぐるしていたら、西園寺がニヤリと笑った。
「まあ、たとえば~……瀬名くんとか?」
「ッッ!! なっ……なにその例!」
「ふふふ、やっぱり図星か~?」
「違いますってば!」
声がひときわ大きくなり、近くの同僚がチラリと視線を寄こしてくる。
あわてて手で口を押さえた。
「……こないだの風邪の件、あれ社内の一部でも知れ渡ってるからね?
“雨宮さんが看病した”って」
「……ちょっと待って、それいつの間に!?」
「神さまの動向は、すぐ話題になるのよ」
そう言って悪びれずに笑う西園寺を見ながら、葵は苦笑いしかできなかった。
(……でも、本当に“禁止”だったら、わたし……)
***
夜。
社宅の廊下ですれ違った瀬名と、軽く会釈を交わす。
「……おかげさまで、体調はもう大丈夫です」
「よかった。ちゃんとごはん、食べてますか?」
「はい。再び通常の炊飯ペースに戻りました」
「なんか“再稼働”みたいな言い方……」
ふ、と瀬名が小さく笑った――ような気がして、葵は胸がじんわり温かくなった。
だけど、言いたいことがあった。
「……あの、ちょっと聞いていいですか?」
「はい?」
「瀬名さんって……その、恋愛とか、興味あるんですか?」
瀬名はぴたりと動きを止めた。
「……突然、どうしてその質問を?」
「なんとなく……今日、そんな話題があって。
瀬名さん、社宅の中でもけっこう“浮いてる”っていうか……話に出やすいから」
「……ふむ」
数秒の沈黙。そして、彼は目を逸らさずに答えた。
「恋愛感情に、論理的な意味を見出したことがありません」
「……意味?」
「好きだから近づく、嫉妬する、束縛する。
すべて非効率です。感情に振り回され、判断を誤り、生活の秩序が乱される。
……僕には、それが理解できない」
(ああ……)
彼は、まだ“その先”に踏み出していないのだ。
たとえ、この間お粥を食べたときに「温かい」と言ってくれても。
たとえ、風邪のときに「来てくれてよかった」と言ってくれても――
それは“恋”ではなかった。
「……でも、理解できないままでいい感情も、あると思いますよ」
「そうかもしれません。けれど、僕は……」
言葉を切る。
まるで、自分の中にある“わからないもの”を、うまく扱えないように。
「……まだ、そこに足を踏み入れる資格があるか、わかりません」
その答えに、葵は何も言えなかった。
***
夜、部屋に戻ってベッドに寝転がりながら、スマホの画面を見つめる。
《瀬名さんは、恋がわからない人だ》
《だけど、わからないって、ほんとうは“まだ知らないだけ”なんじゃないかな》
知らないことを、誰かと一緒に知っていく。
それは、とても遠回りで、でもとても人間らしい“好き”の始まりだ。
つづく
昼休み、社内のカフェスペース。
カフェラテを片手にそんな爆弾発言を投げてきたのは、西園寺奈津だった。
「え、社宅恋愛……?」
「うん、要は社宅に住んでる住人同士で、付き合うってこと。
“実質同棲”になるから、バレたらちょっとめんどくさいんだよね~」
「……あ、そういうルール、あるんですか?」
「正式にはないけど、“やめとけ”っていう空気はある。
狭いコミュニティだし、別れたあととか超気まずいからね」
「なるほど……」
(って、なんでそんな話題……)
心当たりがありすぎて、内心ぐるぐるしていたら、西園寺がニヤリと笑った。
「まあ、たとえば~……瀬名くんとか?」
「ッッ!! なっ……なにその例!」
「ふふふ、やっぱり図星か~?」
「違いますってば!」
声がひときわ大きくなり、近くの同僚がチラリと視線を寄こしてくる。
あわてて手で口を押さえた。
「……こないだの風邪の件、あれ社内の一部でも知れ渡ってるからね?
“雨宮さんが看病した”って」
「……ちょっと待って、それいつの間に!?」
「神さまの動向は、すぐ話題になるのよ」
そう言って悪びれずに笑う西園寺を見ながら、葵は苦笑いしかできなかった。
(……でも、本当に“禁止”だったら、わたし……)
***
夜。
社宅の廊下ですれ違った瀬名と、軽く会釈を交わす。
「……おかげさまで、体調はもう大丈夫です」
「よかった。ちゃんとごはん、食べてますか?」
「はい。再び通常の炊飯ペースに戻りました」
「なんか“再稼働”みたいな言い方……」
ふ、と瀬名が小さく笑った――ような気がして、葵は胸がじんわり温かくなった。
だけど、言いたいことがあった。
「……あの、ちょっと聞いていいですか?」
「はい?」
「瀬名さんって……その、恋愛とか、興味あるんですか?」
瀬名はぴたりと動きを止めた。
「……突然、どうしてその質問を?」
「なんとなく……今日、そんな話題があって。
瀬名さん、社宅の中でもけっこう“浮いてる”っていうか……話に出やすいから」
「……ふむ」
数秒の沈黙。そして、彼は目を逸らさずに答えた。
「恋愛感情に、論理的な意味を見出したことがありません」
「……意味?」
「好きだから近づく、嫉妬する、束縛する。
すべて非効率です。感情に振り回され、判断を誤り、生活の秩序が乱される。
……僕には、それが理解できない」
(ああ……)
彼は、まだ“その先”に踏み出していないのだ。
たとえ、この間お粥を食べたときに「温かい」と言ってくれても。
たとえ、風邪のときに「来てくれてよかった」と言ってくれても――
それは“恋”ではなかった。
「……でも、理解できないままでいい感情も、あると思いますよ」
「そうかもしれません。けれど、僕は……」
言葉を切る。
まるで、自分の中にある“わからないもの”を、うまく扱えないように。
「……まだ、そこに足を踏み入れる資格があるか、わかりません」
その答えに、葵は何も言えなかった。
***
夜、部屋に戻ってベッドに寝転がりながら、スマホの画面を見つめる。
《瀬名さんは、恋がわからない人だ》
《だけど、わからないって、ほんとうは“まだ知らないだけ”なんじゃないかな》
知らないことを、誰かと一緒に知っていく。
それは、とても遠回りで、でもとても人間らしい“好き”の始まりだ。
つづく
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