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第7話:初めてのけんか
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社宅の廊下を歩いていた葵は、ふと足を止めた。
ゴミ集積所の横に、出した覚えのあるゴミ袋。
“可燃”のラベル。自分が出したのはたしかに“可燃”だった――はずだ。
けれど、そこに貼られたメモに、見覚えのある整った字があった。
《可燃/不燃が混在していたため分別し直しました。再確認を。203号室 瀬名》
(……なにこれ)
廊下の風がやけに冷たく感じた。
***
夜。
203号室の前。
ノックをして、返ってきた瀬名の無表情に、葵は一瞬言葉を失った。
けれど、そのまま引き下がる気になれなかった。
「ちょっと、聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「ゴミ袋の件、あのメモ……わざわざ書く必要、ありました?」
「分別の不備があったので、事実を共有したまでです」
「でも、“共有”って、あんな……貼り紙みたいなやり方、ある?」
「特定個人への指摘は避け、誰でも改善できるような形式を選びました。結果的にあなたが該当していたというだけです」
「……それって、配慮してるようで、してないですよね」
沈黙が落ちる。
「わたし、べつに完璧じゃないし、生活ルーズなとこもあるけど。
でも、“あなたが間違ってます”って言われるみたいで、あれ見てすごく嫌な気持ちになりました」
瀬名は、視線を少しだけ落とした。
「……嫌な気持ちにさせたのなら、すみません」
「……謝れば済む、って思ってます?」
言ってから、自分でもびっくりするくらい、声が強くなっていた。
瀬名の表情がかすかに揺れた。
「そういうんじゃないんです。
あなたの言葉って、いつも事実ばかりで、“感情”がない。
でも、わたしは人間だから、言い方ひとつですごく傷つくんです」
「……僕は、事実で傷つけることのないよう、慎重に言葉を選んでいるつもりでした」
「じゃあ、わたしが今こんな気持ちになってるのは、想定外だったってことですか?」
「……はい」
その一言に、葵はかっとなった。
「……もういいです」
「……?」
「今日は、もう話したくない。ちょっと……無理です。おやすみなさい」
そう言って振り返る。
瀬名は、何も言わなかった。
いつものように静かで、何一つ感情を見せなかった。
***
自室に戻ってドアを閉めた瞬間、葵は深く息をついた。
怒りよりも先に、こみあげてきたのは――泣きたくなるような虚しさだった。
(……言いすぎた、かも)
でも、言わなきゃモヤモヤが溜まって仕方なかった。
彼はきっと悪気はなかった。
でも、だからこそ、もっとしんどかった。
わかってほしい。
わかってもらえない。
その繰り返しに、心が削られる。
***
その夜。
スマホのメモは、画面を開いたまま閉じられなかった。
《怒ったのは、期待してたからだ》
《たぶん、気づいてほしかっただけだった》
《……わたしの“気持ち”を、あなたに》
つづく
ゴミ集積所の横に、出した覚えのあるゴミ袋。
“可燃”のラベル。自分が出したのはたしかに“可燃”だった――はずだ。
けれど、そこに貼られたメモに、見覚えのある整った字があった。
《可燃/不燃が混在していたため分別し直しました。再確認を。203号室 瀬名》
(……なにこれ)
廊下の風がやけに冷たく感じた。
***
夜。
203号室の前。
ノックをして、返ってきた瀬名の無表情に、葵は一瞬言葉を失った。
けれど、そのまま引き下がる気になれなかった。
「ちょっと、聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「ゴミ袋の件、あのメモ……わざわざ書く必要、ありました?」
「分別の不備があったので、事実を共有したまでです」
「でも、“共有”って、あんな……貼り紙みたいなやり方、ある?」
「特定個人への指摘は避け、誰でも改善できるような形式を選びました。結果的にあなたが該当していたというだけです」
「……それって、配慮してるようで、してないですよね」
沈黙が落ちる。
「わたし、べつに完璧じゃないし、生活ルーズなとこもあるけど。
でも、“あなたが間違ってます”って言われるみたいで、あれ見てすごく嫌な気持ちになりました」
瀬名は、視線を少しだけ落とした。
「……嫌な気持ちにさせたのなら、すみません」
「……謝れば済む、って思ってます?」
言ってから、自分でもびっくりするくらい、声が強くなっていた。
瀬名の表情がかすかに揺れた。
「そういうんじゃないんです。
あなたの言葉って、いつも事実ばかりで、“感情”がない。
でも、わたしは人間だから、言い方ひとつですごく傷つくんです」
「……僕は、事実で傷つけることのないよう、慎重に言葉を選んでいるつもりでした」
「じゃあ、わたしが今こんな気持ちになってるのは、想定外だったってことですか?」
「……はい」
その一言に、葵はかっとなった。
「……もういいです」
「……?」
「今日は、もう話したくない。ちょっと……無理です。おやすみなさい」
そう言って振り返る。
瀬名は、何も言わなかった。
いつものように静かで、何一つ感情を見せなかった。
***
自室に戻ってドアを閉めた瞬間、葵は深く息をついた。
怒りよりも先に、こみあげてきたのは――泣きたくなるような虚しさだった。
(……言いすぎた、かも)
でも、言わなきゃモヤモヤが溜まって仕方なかった。
彼はきっと悪気はなかった。
でも、だからこそ、もっとしんどかった。
わかってほしい。
わかってもらえない。
その繰り返しに、心が削られる。
***
その夜。
スマホのメモは、画面を開いたまま閉じられなかった。
《怒ったのは、期待してたからだ》
《たぶん、気づいてほしかっただけだった》
《……わたしの“気持ち”を、あなたに》
つづく
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