社宅の神さまは、恋愛不感症

naomikoryo

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第14話:ここが、わたしの居場所

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203号室の窓から差し込む光が、白いカーテンをやわらかく透かしていた。

 春が、夏の境目へとにじり込んでくる。
 アジサイの蕾が開きかけて、風がほんのり甘い匂いを運んでいた。

 瀬名は、リビングのテーブルに手を添えて、静かに息を吐いた。

 思考は、整理済みだった。
 あとは、言葉にするだけだ。

     ***

 インターホンが鳴った。
 204号室。雨宮葵の部屋。

 出てきた葵は、いつものように前髪をととのえたばかりで、少しだけ緊張していた。

 「……瀬名さん?」

 「話がしたくて、来ました」

 「……うん」

     ***

 203号室のリビング。
 ふたりきり。春風の音だけが部屋を満たしていた。

 「僕は、今日までにたくさん考えました」

 静かに始まる、瀬名の言葉。
 それはまるで、自分の中の“論文”を読むように整然としていた。けれど、温度があった。

 「あなたに何かをもらうと、嬉しかった。
 あなたが困っていると、助けたいと思った。
 あなたが他の誰かと笑っていると、胸がざわついた。
 これらを総合的に分析した結果、僕は“好き”という状態にあります」

 「……」

 「もっと早く伝えるべきだったかもしれません。
 でも、ようやく、言葉にする自信が持てました」

 ゆっくりと、彼は言った。

 「雨宮さん。僕は、あなたが好きです」

 葵は、小さく笑った。
 涙ぐみそうになったのをごまかすように、うつむいて微笑んだ。

 「……ちゃんと、“好き”って言ってくれたんですね」

 「はい」

 「ありがとう。ずっと……その言葉、待ってた」

 しん、と静かになった部屋の中で、春風だけが通り抜ける。

     ***

 しばらくして、葵がぽつりとつぶやいた。

 「わたしね、最初ここに引っ越してきたとき、“帰る場所”なんてどこにもないって思ってたんです」

 「……」

 「でも、瀬名さんと出会って、ごはんを食べて、言い合いして、笑って……
 それを繰り返してたら、ここが、ちょっとずつ“帰ってきたい場所”になってた」

 「……僕も、同じです」

 「この部屋じゃなくてもいい。社宅じゃなくても。
 ただ、“あなたの隣”にいるとき、わたしはちゃんと落ち着ける。
 だから……瀬名さん、これからも隣で、いろんな感情を一緒に経験してくれませんか?」

 瀬名は、ゆっくりとうなずいた。

 「はい。喜びも、不安も、怒りも、嫉妬も――それらすべてを、あなたと知っていきたい」

 「……ちょっとだけカッコつけましたね?」

 「練習しました。言葉のリズムまで」

 「え、練習してたんですか!?」

 「論理構築の一環です」

 ふたりは、同時に笑った。

     ***

 その夜。
 ベッドに寝転んだ葵は、スマホのメモに最後の一文を記した。

 《社宅の神さまは、完璧じゃなかった》
 《でも、わたしはその“欠けてた”ところに、恋をした》
 《ここが、わたしの“ただいま”です》

― 完 ―
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