先輩、それ絶対わざとじゃないですよね!?

naomikoryo

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第2話「汗と笑いと、スポドリと」

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日差しが強くなり始めた四月の後半。
午前中はまだ肌寒いこともあるが、昼を過ぎれば汗がじわりと滲む。

 

柚葉はグラウンドの隅に立ち、冷えたスポーツドリンクの入ったクーラーボックスを横目に、練習メニューのタイマーを見ていた。

 

「……暑いなあ。」

 

つい、ぽつりと独り言がこぼれる。
まだ春とはいえ、動き続けている部員たちの顔には汗が光り、その表情には疲労と真剣さが混じっていた。

 

柚葉は小走りで数人分のドリンクをボトルに移し、練習の合間に並べておく。
今年から正式にマネージャーになったとはいえ、覚えることは山のようにある。

水分補給のタイミング、ボトルの個数、氷の量、トレーナーとの連携……。
一つひとつ確認しながら動いているつもりでも、何か忘れていないかと常に不安が付きまとう。

 

それでも。

「ありがとうございまーす!」
「マネージャーさん、めっちゃ助かります!」

 

笑顔で礼を言われるたびに、その不安はほんの少しだけ薄らいだ。

 

そんなふうに、自分のリズムをつかみかけていたある日。
“あの人”が、再び混乱をもたらす。

 

「柚葉さん!レモン味のドリンク、これ、ちょっと試していいですか?」

 

風間晴翔。
サッカー部キャプテンにして、問題児に近い天然爆弾。

 

「あ、はい。どのくらい入れますか?」

 

「いや、それはいいんですけど……今日、僕、思いついたことがあるんです。」

 

笑顔で言いながら、ボトルを手にした彼が、とんでもないことを言い出した。

 

「昨日テレビでやってたんですけど、筋肉の回復には電解質が大事だって。
だから、電解質を……足に直接かけてみたら、どうなるかなって。」

 

「……はい?」

 

「足がつった人とかに、ドリンクをかけたら早く治るかも、って思って。」

 

柚葉は絶句した。
思考が止まりかけた。

 

「それ、飲むためのものなんですけど。」

 

「でもほら、水分って吸収されるじゃないですか?皮膚からも。」

 

「いや、だからって……。え?それ本気で言ってます?」

 

「もちろん本気です。」

 

真顔だった。
真剣に、何かの研究発表をしているような目だった。

 

(いやいやいや。やめて。かけないで。誰にも。)

 

そのとき。

 

「うわっ、やっべ、足つった……!」

 

タイミングが最悪すぎた。
グラウンドの端で、ストレッチ中の一年生がうずくまった。

 

「大丈夫か!?水!水持ってきて!」

 

声が飛ぶ。
柚葉もクーラーボックスからボトルを手に取り、急いで駆け寄った。

が。

彼女より先に、その“悪意のない天災”が走り出していた。

 

「任せてください!これ、効きますから!」

 

「えっ?」

 

次の瞬間。

 

ぴしゃあっ。

 

鮮やかな音とともに、レモン味のスポーツドリンクが、うずくまっていた一年生のふくらはぎにぶちまけられた。

 

「つ、つめたっ!!」

 

「どう?スーッとしたでしょ?」

 

「いや、冷たいだけで……え?なにこれ!?ドリンク!?」

 

柚葉は、その場に到着した瞬間、両手で頭を抱えた。

 

「せ、せんぱいぃぃぃぃぃ!!!」

 

「違いました!?もしかして、分量?あとで希釈したやつも――」

 

「違う!!分量とかの問題じゃない!!使い方の次元が間違ってる!!」

 

一年生は戸惑いながらも、どこか楽しそうに笑っていた。

 

「キャプテン……マジで天然なんすね。」

 

「え?うん、最近そうらしいんです。」

 

(認めた……!)

 

隣で見ていた副キャプテンの圭吾が、ため息をつきながら呟いた。

 

「風間、お前な。去年は冷却スプレーを飲みそうになってたよな。」

 

「体の中から冷やせば早く回復すると思って。」

 

「死ぬわ。」

 

柚葉はそのやりとりを聞いて、もはや怒る気力も失っていた。
怒りよりも先に、呆れが押し寄せる。

 

(なんでこうなるの……。なんで、悪気がないの……。)

 



 

夕方。
練習が終わり、日が西に傾き始めた頃。

 

グラウンドの片隅で、一人黙々とボトルを洗っていた柚葉のもとに、風間が近づいてきた。

 

「柚葉さん。さっきは、ごめんなさい。」

 

「いえ……。まあ、けが人が出なかっただけマシですけど。」

 

「はい。でも、今日学びました。スポーツドリンクは、飲むものです。」

 

「学ぶの遅い!!」

 

彼はしゅんと肩を落とし、でもすぐに、何かを思い出したように笑顔を浮かべた。

 

「はい、これ。僕が飲まなかった分、冷えてると思います。」

 

差し出されたのは、冷えたボトル。
レモン味。

 

柚葉は一瞬ためらったが、素直に受け取った。

 

「ありがとうございます。」

 

「いえ、マネージャーさんが倒れたら、僕たち困りますから。」

 

その言葉に、不意に胸がぎゅっとなった。

ふざけてばかりに見えて、ちゃんと見てくれている。
誰よりも早く走って、誰よりも人を助けようとする。

 

(やっぱり、ずるいな。この人……。)

 

「先輩、お願いですから、明日からは何か思いついても、すぐに実行しないでください。」

 

「はい……。じゃあ、次は事前に相談します。」

 

「いや、それも不安です。」

 

笑いながら受け答えするうちに、心の中のモヤモヤが、少しずつほどけていく気がした。

 

本当に困るし、問題行動も多いけど。
この人がキャプテンでよかった、と、なぜかそう思ってしまう。

 



 

帰宅後。
シャワーを浴びて、眠る準備を終えたあと。

柚葉はまた、スマホのメモ帳を開いた。

 

『スポドリは飲み物。
風間先輩はバカだけど、たぶんそのバカさは人を助けようとするから。
だからこそ、周りのみんなが笑っていられるのかもしれない。』

 

画面を閉じたあと、枕に顔をうずめる。

 

「……でもほんと、やめてよね、もう……。」

 

心の中でそうつぶやきながら、頬がゆるんでいるのを自覚していた。

 

(明日もまた、何かやらかすのかな。)

 

そんな予感とともに、まぶたが静かに閉じていった。
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