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第三話:恋愛指南係、配属されました
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「え? わたしが……“恋愛の先生”?」
思わず声がひっくり返った。
聞き間違いじゃないかと、理奈社長の表情を凝視する。
けれど、あの凛とした目は冗談を言う人間のものじゃなかった。
結城理奈。
私の直属の上司であり、会社の代表であり、そして社内で“氷の令嬢”と密かに呼ばれている、あの美しき社長様である。
その彼女が、目の前で腕を組んで、落ち着いた声で告げた。
「あなたが一番適任だと思ってる。……営業でも、交渉でも、空気の読み方でも、対人スキルは高いし、なにより……恋愛経験もそれなりにあるでしょう?」
「それなり、って……そりゃまあ、ないわけじゃないけど……!」
私は困惑していた。
営業部で新規開拓もやってるし、人と話すのは得意。
雑誌掲載の交渉や書店回りもこなす自信はある。
だけど、まさか社内で恋愛指南役に任命されるとは。
「それに、あなた、綺麗で華やかだから。彼も話しやすいはずよ」
「彼……って、新田純くんですよね? あの小説大賞の子?」
社長は頷いた。
「彼の希望で“恋愛小説を書くための体験”を積みたいと。……擬似的にでも、ね。あなたが最初の相手になってほしいの」
「……はぁ」
訳が分からなすぎて、一周回って笑えてきた。
(まぁでも……小説家の仕事ってちょっと夢があるし? 擬似恋愛って、つまりは“役”でしょ?)
社内恋愛でもないし、恋するわけでもない。
彼を育てる、教育係みたいなもの。
——そう割り切れば、案外面白そうじゃないか。
「……引き受けます」
私は、きっぱりと返事をした。
理奈社長がわずかに口元を緩めたのを見て、ちょっとだけ誇らしかった。
**
後日、初回ミーティングという名の顔合わせ。
純くん——新田純は、会議室の隅っこで背中を丸めて座っていた。
例の瓶底メガネに、相変わらずのロン毛。
今日も黒いパーカー。
……暑くないの? ってくらいの厚着。
「はじめまして! 佐久間凛華です! よろしくね」
笑顔全開で近づいてみると、彼はびくっと肩をすくめた。
「よ、よろしくお願いします……」
声、ちっさ!
でも、素直で礼儀正しそうな子だ。
ちょっと根暗オタク系だけど、悪い印象はない。
「じゃあさ、初回ってことで、カフェでも行こっか。リラックスしたほうが話しやすいでしょ?」
「……あ、でも、そういうの、よくわからなくて……」
「大丈夫! 全部私がリードしてあげるから」
そう言って、私は有無を言わせず彼を引っ張って外へ出た。
**
原宿の裏通りにある、ナチュラル系カフェ。
店内にはグリーンが多くて、木のテーブルが優しい雰囲気。
デートっぽくはないけど、最初の場所としてはちょうどいい。
でも——
「あ、あの……その、店員と……目、合わせられないんですけど……」
純は、椅子に座ってなお、姿勢を前傾に保ち、ずっとメニューとにらめっこしている。
「大丈夫! 慣れ慣れ!」
店員が来た時、彼は目を逸らして、モジモジしながら「ア、アイスティー……」と蚊の鳴くような声で注文した。
(……こ、これは……思ってた以上に……重症?)
仮にも賞を取った小説家なのに。
いや、だからこそなのか。
引きこもり気質というか、対人関係を避けてきた感じがビシビシ伝わってくる。
私は笑顔を崩さず、メニューを閉じた。
「ねえ、純くん。女の子とカフェに来たのって初めて?」
「……うん」
「ふふ、かわいいじゃん」
そう言ったら、彼の顔が一気に赤くなった。
(あら? ちょっと反応いいかも)
私は女を武器にするのは得意じゃないけど、“可愛い”とか“ドキッ”とか言わせるくらいのテクは持ってるつもり。
だから、ちょっと面白くなって、からかいモードに入った。
「彼女いない歴=年齢、でしょ?」
「……はい」
「じゃあ、手をつなぐのもキスも告白も、なーんにも?」
「……うん」
「ふーん……じゃあ、教えてあげるね。女の子って、こういう時にこうされたら嬉しいんだよって」
私は彼の手に、ふっと自分の手を重ねた。
少しひんやりしていて、大きな手。
……でも、その瞬間。
彼の表情が、引きつった。
「ご、ごめんなさい、ちょっと……トイレ」
そう言って、立ち上がって逃げるように店の奥へ消えた。
(あー……やりすぎた?)
テンションを落としすぎてもダメ、上げすぎてもダメ。
“恋愛”って案外繊細なバランスの上にあるんだなって、改めて実感した。
数分後に戻ってきた彼は、ちょっと無理してる感じの笑顔を浮かべていた。
「……さっきは、すみませんでした」
「いいのいいの。無理に慣れる必要はないから」
フォローの言葉をかけながら、私は思っていた。
(うーん、これは時間かかるな。……でも、嫌いじゃないかも、こういうタイプ)
静かで、不器用で、自分に自信がない男の子。
下手にチャラいより、ずっとマシだし、何より——放っておけない。
ただ、今のままじゃ……恋愛小説なんて、とても書けそうにない。
私は、次回以降の“カリキュラム”を思案しながら、そっと彼を見つめた。
(……さて。どう料理していこうか、純くん)
思わず声がひっくり返った。
聞き間違いじゃないかと、理奈社長の表情を凝視する。
けれど、あの凛とした目は冗談を言う人間のものじゃなかった。
結城理奈。
私の直属の上司であり、会社の代表であり、そして社内で“氷の令嬢”と密かに呼ばれている、あの美しき社長様である。
その彼女が、目の前で腕を組んで、落ち着いた声で告げた。
「あなたが一番適任だと思ってる。……営業でも、交渉でも、空気の読み方でも、対人スキルは高いし、なにより……恋愛経験もそれなりにあるでしょう?」
「それなり、って……そりゃまあ、ないわけじゃないけど……!」
私は困惑していた。
営業部で新規開拓もやってるし、人と話すのは得意。
雑誌掲載の交渉や書店回りもこなす自信はある。
だけど、まさか社内で恋愛指南役に任命されるとは。
「それに、あなた、綺麗で華やかだから。彼も話しやすいはずよ」
「彼……って、新田純くんですよね? あの小説大賞の子?」
社長は頷いた。
「彼の希望で“恋愛小説を書くための体験”を積みたいと。……擬似的にでも、ね。あなたが最初の相手になってほしいの」
「……はぁ」
訳が分からなすぎて、一周回って笑えてきた。
(まぁでも……小説家の仕事ってちょっと夢があるし? 擬似恋愛って、つまりは“役”でしょ?)
社内恋愛でもないし、恋するわけでもない。
彼を育てる、教育係みたいなもの。
——そう割り切れば、案外面白そうじゃないか。
「……引き受けます」
私は、きっぱりと返事をした。
理奈社長がわずかに口元を緩めたのを見て、ちょっとだけ誇らしかった。
**
後日、初回ミーティングという名の顔合わせ。
純くん——新田純は、会議室の隅っこで背中を丸めて座っていた。
例の瓶底メガネに、相変わらずのロン毛。
今日も黒いパーカー。
……暑くないの? ってくらいの厚着。
「はじめまして! 佐久間凛華です! よろしくね」
笑顔全開で近づいてみると、彼はびくっと肩をすくめた。
「よ、よろしくお願いします……」
声、ちっさ!
でも、素直で礼儀正しそうな子だ。
ちょっと根暗オタク系だけど、悪い印象はない。
「じゃあさ、初回ってことで、カフェでも行こっか。リラックスしたほうが話しやすいでしょ?」
「……あ、でも、そういうの、よくわからなくて……」
「大丈夫! 全部私がリードしてあげるから」
そう言って、私は有無を言わせず彼を引っ張って外へ出た。
**
原宿の裏通りにある、ナチュラル系カフェ。
店内にはグリーンが多くて、木のテーブルが優しい雰囲気。
デートっぽくはないけど、最初の場所としてはちょうどいい。
でも——
「あ、あの……その、店員と……目、合わせられないんですけど……」
純は、椅子に座ってなお、姿勢を前傾に保ち、ずっとメニューとにらめっこしている。
「大丈夫! 慣れ慣れ!」
店員が来た時、彼は目を逸らして、モジモジしながら「ア、アイスティー……」と蚊の鳴くような声で注文した。
(……こ、これは……思ってた以上に……重症?)
仮にも賞を取った小説家なのに。
いや、だからこそなのか。
引きこもり気質というか、対人関係を避けてきた感じがビシビシ伝わってくる。
私は笑顔を崩さず、メニューを閉じた。
「ねえ、純くん。女の子とカフェに来たのって初めて?」
「……うん」
「ふふ、かわいいじゃん」
そう言ったら、彼の顔が一気に赤くなった。
(あら? ちょっと反応いいかも)
私は女を武器にするのは得意じゃないけど、“可愛い”とか“ドキッ”とか言わせるくらいのテクは持ってるつもり。
だから、ちょっと面白くなって、からかいモードに入った。
「彼女いない歴=年齢、でしょ?」
「……はい」
「じゃあ、手をつなぐのもキスも告白も、なーんにも?」
「……うん」
「ふーん……じゃあ、教えてあげるね。女の子って、こういう時にこうされたら嬉しいんだよって」
私は彼の手に、ふっと自分の手を重ねた。
少しひんやりしていて、大きな手。
……でも、その瞬間。
彼の表情が、引きつった。
「ご、ごめんなさい、ちょっと……トイレ」
そう言って、立ち上がって逃げるように店の奥へ消えた。
(あー……やりすぎた?)
テンションを落としすぎてもダメ、上げすぎてもダメ。
“恋愛”って案外繊細なバランスの上にあるんだなって、改めて実感した。
数分後に戻ってきた彼は、ちょっと無理してる感じの笑顔を浮かべていた。
「……さっきは、すみませんでした」
「いいのいいの。無理に慣れる必要はないから」
フォローの言葉をかけながら、私は思っていた。
(うーん、これは時間かかるな。……でも、嫌いじゃないかも、こういうタイプ)
静かで、不器用で、自分に自信がない男の子。
下手にチャラいより、ずっとマシだし、何より——放っておけない。
ただ、今のままじゃ……恋愛小説なんて、とても書けそうにない。
私は、次回以降の“カリキュラム”を思案しながら、そっと彼を見つめた。
(……さて。どう料理していこうか、純くん)
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