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第六話:地味な私と瓶底メガネ
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結城理奈社長に名前を呼ばれたのは、月曜の午後だった。
「吉田さん、少し、いいかしら」
呼び出されたのは、社長室。
入社して2年半、この部屋に一人で入るのは初めてだった。
「は、はいっ」
緊張で喉が乾いていた。
(何かやらかしたかな……私、何か……?)
ぎこちなく椅子に座ると、理奈社長は静かに微笑んでこう切り出した。
「突然だけれど、“疑似恋愛”の協力をお願いしたいの」
……は?
「えっ、す、すみません。ぎ、疑似、れ……え?」
「新田純くん。覚えてるでしょう? あのライトノベル大賞で受賞した彼。今、恋愛小説を書くために社内で“疑似恋愛レッスン”を受けてるの」
「そ、そんなこと……してたんですね……?」
「ええ。あなたは人当たりが柔らかいし、彼とも年齢が近い。今度は“自然な関係性”で向き合えるかもしれない。無理のない範囲で、お願いできるかしら」
断れる空気ではなかった。
いや、断ろうとも思わなかった。
社長からのお願い。
しかも、なんとなく——ほんの少しだけ、“選ばれた感”があった。
「……わかりました。私で、お役に立てるなら」
そう答えた瞬間、理奈社長がふっと柔らかく微笑んだ。
(綺麗な人……ほんと、社長って、女神みたい……)
私は、理奈社長に憧れていた。
入社当初から、ずっと。
大人で、美しくて、媚びなくて、でもちゃんと人を見ていて。
——あの人みたいになりたかった。
**
数日後。
初めて新田さんと、ふたりでカフェに行った。
「えっと、こっち……座っても、いいですか?」
「あ、はい……どうぞ」
相変わらずの瓶底メガネ、ロン毛、黒いパーカー。
……正直、ちょっと怖かった。
静かで、表情がなくて、こっちが話しかけても反応が薄い。
「コーヒー……好きですか?」
「……飲めなくはないです」
「じゃあ、甘いのとか、ミルク入りのが……」
「カフェラテ、にします」
話し方も、感情がこもってないというか……まるで、壁と会話してるみたいだった。
……でも、悪い人じゃない。
少なくとも、優しい空気はある。
だからこそ、私は頑張って笑った。
「“恋愛小説”、書くんですよね。……すごいです、賞も取って。私、本読むの好きで……」
「ありがとうございます」
「その……恋愛って、ちょっと難しいけど。気持ちを伝え合うのって、大切ですよね」
「……そうですね」
(……ぜんっぜん、盛り上がらない……)
会話が続かない。
そもそも“デート”の雰囲気ですらない。
一応、擬似恋愛ってことになってるけど——
これ、必要?
**
次に会った時は、映画館だった。
社長からの提案で、「恋愛映画を一緒に観てみるのもいいかもしれない」とのことだった。
新宿のミニシアター。
昼下がりの回だったから、空いていて、ちょっと静かな雰囲気だった。
彼は、開始前の時間もずっと黙っていた。
私が話しかけても、うなずくだけ。
そして、映画が始まり、ラブシーンになっても、全く微動だにしない。
(……本当に、恋愛ってわかる気あるのかな……)
そんな思いが、ふと胸に浮かんでしまった。
私の考えすぎかもしれない。
でも、彼の中に、“他人を想像しようとする心”があるようには、あまり思えなかった。
(もしかして……“恋”を書きたいっていうのも、本当にただの設定のため……?)
彼の横顔を見ながら、私はそっと唇を噛んだ。
私自身も、恋愛は得意じゃない。
地味で、内向的で、目立たない私にアプローチしてくれる人なんていなかった。
でも、だからこそ、“想像する”ことはたくさんしてきたつもりだった。
——好きな人と、手をつなぐってどんな感じなんだろう。
——誰かのためにお弁当を作るのって、どんな気持ちなんだろう。
本の中で。ドラマの中で。
たくさんの“恋”に触れてきた。
けれど。
今、隣にいるこの人は、そんな私の想像さえも、拒んでいるような気がした。
(……この人、私のこと、ちゃんと見てるのかな……)
そんな疑問が、胸の奥でぽつりと広がっていった。
「吉田さん、少し、いいかしら」
呼び出されたのは、社長室。
入社して2年半、この部屋に一人で入るのは初めてだった。
「は、はいっ」
緊張で喉が乾いていた。
(何かやらかしたかな……私、何か……?)
ぎこちなく椅子に座ると、理奈社長は静かに微笑んでこう切り出した。
「突然だけれど、“疑似恋愛”の協力をお願いしたいの」
……は?
「えっ、す、すみません。ぎ、疑似、れ……え?」
「新田純くん。覚えてるでしょう? あのライトノベル大賞で受賞した彼。今、恋愛小説を書くために社内で“疑似恋愛レッスン”を受けてるの」
「そ、そんなこと……してたんですね……?」
「ええ。あなたは人当たりが柔らかいし、彼とも年齢が近い。今度は“自然な関係性”で向き合えるかもしれない。無理のない範囲で、お願いできるかしら」
断れる空気ではなかった。
いや、断ろうとも思わなかった。
社長からのお願い。
しかも、なんとなく——ほんの少しだけ、“選ばれた感”があった。
「……わかりました。私で、お役に立てるなら」
そう答えた瞬間、理奈社長がふっと柔らかく微笑んだ。
(綺麗な人……ほんと、社長って、女神みたい……)
私は、理奈社長に憧れていた。
入社当初から、ずっと。
大人で、美しくて、媚びなくて、でもちゃんと人を見ていて。
——あの人みたいになりたかった。
**
数日後。
初めて新田さんと、ふたりでカフェに行った。
「えっと、こっち……座っても、いいですか?」
「あ、はい……どうぞ」
相変わらずの瓶底メガネ、ロン毛、黒いパーカー。
……正直、ちょっと怖かった。
静かで、表情がなくて、こっちが話しかけても反応が薄い。
「コーヒー……好きですか?」
「……飲めなくはないです」
「じゃあ、甘いのとか、ミルク入りのが……」
「カフェラテ、にします」
話し方も、感情がこもってないというか……まるで、壁と会話してるみたいだった。
……でも、悪い人じゃない。
少なくとも、優しい空気はある。
だからこそ、私は頑張って笑った。
「“恋愛小説”、書くんですよね。……すごいです、賞も取って。私、本読むの好きで……」
「ありがとうございます」
「その……恋愛って、ちょっと難しいけど。気持ちを伝え合うのって、大切ですよね」
「……そうですね」
(……ぜんっぜん、盛り上がらない……)
会話が続かない。
そもそも“デート”の雰囲気ですらない。
一応、擬似恋愛ってことになってるけど——
これ、必要?
**
次に会った時は、映画館だった。
社長からの提案で、「恋愛映画を一緒に観てみるのもいいかもしれない」とのことだった。
新宿のミニシアター。
昼下がりの回だったから、空いていて、ちょっと静かな雰囲気だった。
彼は、開始前の時間もずっと黙っていた。
私が話しかけても、うなずくだけ。
そして、映画が始まり、ラブシーンになっても、全く微動だにしない。
(……本当に、恋愛ってわかる気あるのかな……)
そんな思いが、ふと胸に浮かんでしまった。
私の考えすぎかもしれない。
でも、彼の中に、“他人を想像しようとする心”があるようには、あまり思えなかった。
(もしかして……“恋”を書きたいっていうのも、本当にただの設定のため……?)
彼の横顔を見ながら、私はそっと唇を噛んだ。
私自身も、恋愛は得意じゃない。
地味で、内向的で、目立たない私にアプローチしてくれる人なんていなかった。
でも、だからこそ、“想像する”ことはたくさんしてきたつもりだった。
——好きな人と、手をつなぐってどんな感じなんだろう。
——誰かのためにお弁当を作るのって、どんな気持ちなんだろう。
本の中で。ドラマの中で。
たくさんの“恋”に触れてきた。
けれど。
今、隣にいるこの人は、そんな私の想像さえも、拒んでいるような気がした。
(……この人、私のこと、ちゃんと見てるのかな……)
そんな疑問が、胸の奥でぽつりと広がっていった。
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