7 / 75
第七話:あなたは、私を見ていない
しおりを挟む
三度目の“擬似デート”は、浅草だった。
社長の発案で、「季節を感じる場所に行くと、人との距離が縮まるかもしれない」とのことだった。
確かに、秋の浅草はとても綺麗で、空気も澄んでいた。
金木犀がふっと香るたびに、私は少しだけ気持ちが軽くなる気がした。
だけど——それは、私だけだった。
「新田さん、このたい焼き、すごく人気みたいですよ」
「……あ、はい……」
「一口どうですか?」
「……今は、いいです」
私が笑顔で差し出しても、彼は少し俯いたまま、遠慮がちに断ってきた。
いつものように、ほとんど目を合わせないまま。
それが、三回目。
そして、たぶん——限界だった。
**
(わかってる。新田さんが悪いわけじゃない)
不器用で、内気で、うまく会話できない人なんだって。
だからこそ、社長が「私なら」と任せてくれたんだって。
でも。
私は、“空気”になりたいんじゃなかった。
人の心を知るための“材料”じゃなくて。
彼にとっての“実験台”じゃなくて。
「……それ、美味しいんですか?」
唐突に、彼が聞いてきた。
たい焼きのことだ。
私は、笑ってみせた。
「はい。あんこ、ぎっしりですよ」
「……あんこ、好きですか?」
「大好きです」
「そうですか……」
また、会話が途切れる。
それだけのことだったのに、胸の奥がチクリと痛んだ。
たった二言三言のやりとりなのに、まるで何かを試されて、でも“正解じゃない”って言われたみたいだった。
(私、何をやってるんだろう……)
情けなくなった。
虚しくなった。
**
帰りの電車。
隣に座る彼は、ずっとスマホを見ていた。
何を見ているのかはわからなかったけど、私ではなかった。
ふと、彼の画面の一瞬が目に入った。
——“結城理奈 結婚歴”
——“年上女性 恋愛 小説 ネタ”
……あ、そういうことか。
その瞬間、全てが理解できたような気がした。
彼の視線の先。
彼が“本当に”知りたいと思っている人。
(……私じゃなかったんだ)
ああ、そうか。
社長を、見てたんだ。
ずっと、ずっと。
**
その日の夜。
部屋に戻って、シャワーを浴びた後、私は膝を抱えて座っていた。
爪先が冷たくて、心も冷たくて。
誰にも言えないモヤモヤが、胸の中で泡みたいに膨らんでいた。
恋愛なんて、ちゃんとしたことない。
キスも、告白も、誰かに手を引かれた記憶もない。
それでも、私は“頑張ってきた”。
人の気持ちを、想像して、寄り添って、聞いて、言葉を選んで。
それが“恋愛”に繋がると思ってた。
だけど——
(新田さんは、誰とも“向き合ってない”)
そうじゃない。
向き合ってないのは、私とじゃない、ってことだ。
彼の心が、別の場所にあること。
たぶん本人さえ気づいていないまま、視線だけがそっちへ向いていること。
私は、それに気づいてしまった。
そして、気づいた時にはもう、涙が止まらなくなっていた。
「……もう、無理だよ……」
初めて言葉にしたその一言に、自分で驚いた。
でも、それが本音だった。
私は、誰かの代わりにはなれない。
“私”として、見てもらえない関係の中に、もういたくなかった。
社長の発案で、「季節を感じる場所に行くと、人との距離が縮まるかもしれない」とのことだった。
確かに、秋の浅草はとても綺麗で、空気も澄んでいた。
金木犀がふっと香るたびに、私は少しだけ気持ちが軽くなる気がした。
だけど——それは、私だけだった。
「新田さん、このたい焼き、すごく人気みたいですよ」
「……あ、はい……」
「一口どうですか?」
「……今は、いいです」
私が笑顔で差し出しても、彼は少し俯いたまま、遠慮がちに断ってきた。
いつものように、ほとんど目を合わせないまま。
それが、三回目。
そして、たぶん——限界だった。
**
(わかってる。新田さんが悪いわけじゃない)
不器用で、内気で、うまく会話できない人なんだって。
だからこそ、社長が「私なら」と任せてくれたんだって。
でも。
私は、“空気”になりたいんじゃなかった。
人の心を知るための“材料”じゃなくて。
彼にとっての“実験台”じゃなくて。
「……それ、美味しいんですか?」
唐突に、彼が聞いてきた。
たい焼きのことだ。
私は、笑ってみせた。
「はい。あんこ、ぎっしりですよ」
「……あんこ、好きですか?」
「大好きです」
「そうですか……」
また、会話が途切れる。
それだけのことだったのに、胸の奥がチクリと痛んだ。
たった二言三言のやりとりなのに、まるで何かを試されて、でも“正解じゃない”って言われたみたいだった。
(私、何をやってるんだろう……)
情けなくなった。
虚しくなった。
**
帰りの電車。
隣に座る彼は、ずっとスマホを見ていた。
何を見ているのかはわからなかったけど、私ではなかった。
ふと、彼の画面の一瞬が目に入った。
——“結城理奈 結婚歴”
——“年上女性 恋愛 小説 ネタ”
……あ、そういうことか。
その瞬間、全てが理解できたような気がした。
彼の視線の先。
彼が“本当に”知りたいと思っている人。
(……私じゃなかったんだ)
ああ、そうか。
社長を、見てたんだ。
ずっと、ずっと。
**
その日の夜。
部屋に戻って、シャワーを浴びた後、私は膝を抱えて座っていた。
爪先が冷たくて、心も冷たくて。
誰にも言えないモヤモヤが、胸の中で泡みたいに膨らんでいた。
恋愛なんて、ちゃんとしたことない。
キスも、告白も、誰かに手を引かれた記憶もない。
それでも、私は“頑張ってきた”。
人の気持ちを、想像して、寄り添って、聞いて、言葉を選んで。
それが“恋愛”に繋がると思ってた。
だけど——
(新田さんは、誰とも“向き合ってない”)
そうじゃない。
向き合ってないのは、私とじゃない、ってことだ。
彼の心が、別の場所にあること。
たぶん本人さえ気づいていないまま、視線だけがそっちへ向いていること。
私は、それに気づいてしまった。
そして、気づいた時にはもう、涙が止まらなくなっていた。
「……もう、無理だよ……」
初めて言葉にしたその一言に、自分で驚いた。
でも、それが本音だった。
私は、誰かの代わりにはなれない。
“私”として、見てもらえない関係の中に、もういたくなかった。
10
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
紙の上の空
中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。
容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。
欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。
血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。
公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇
☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる