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第十一話:心臓が、勝手に動く
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静かな部屋に、時計の秒針の音がやけに響いていた。
夜の十時過ぎ。
自室のデスクの前、ノートパソコンの画面にはカーソルが瞬きをしている。
けれど、文字は一行も進まなかった。
指先はキーボードの上にある。
でも、頭の中には、さっきまで一緒に歩いていた“彼女”の姿しか浮かばなかった。
——結城理奈社長。
僕の“恋愛レッスン”の指導者。
他の誰でもない、“あの人”。
思い返せば、今日はたくさんのことがあった。
会話の練習。ランチ。古本屋の寄り道。
どれも、たった一日で経験したとは思えないくらい、濃密だった。
それ以上に——
(……何が、一番印象に残ってるんだろう)
そう自問したとき、真っ先に浮かんだのは、理奈さんが冗談めかして言った、あの言葉だった。
「それは“恋の始まり”かしら?」
あれは、たぶん本気じゃなかった。
軽くからかうような調子で言っただけ。
でも、僕の心はその言葉に、はっきりと反応してしまった。
心臓が、ドクン、と跳ねた。
今、思い出すだけでも、喉が渇く。
背中にうっすら汗が滲んでくる。
(“恋”……なのか、これ)
正直、わからない。
だって、恋をしたことがない。
誰かを好きになるという感覚を、経験したことがない。
教科書もなければ、模範解答もない。
でも、彼女といると、言葉が自然に出てくる。
他の誰と一緒にいたときよりも、ずっと楽で。
緊張はするけど、それが“苦しい”緊張じゃない。
——ただ、嬉しい。
それが“恋”かはわからないけれど、確実に、“何か”が生まれている。
**
ソファに移動して、スマホを取り出す。
ふと、昼間に彼女と訪れたカフェのことを検索してしまう。
——渋谷 テラス カフェ 隠れ家
上位に出てきたその店のレビューには、「落ち着いた雰囲気」「大人のデートに最適」なんて言葉が並んでいた。
(……“デート”か)
初めてその言葉を、自分の中で認識した気がした。
今日の時間は、“取材”じゃなかった。
“デート”に近かった。
そして何より——“楽しかった”。
**
ノートを開く。
今日のレッスンの記録を書こうと思ったのに、手が止まる。
【10/××】
第1回 恋愛レッスン(with 結城理奈)
会話:〇
目を見る練習:△
心の動き:?
最後の項目に、思わずペンを止める。
「……“?”って、何だよ……」
苦笑するしかなかった。
けれど、それが正直な気持ちだった。
この胸の高鳴りが、何なのか。
彼女の笑顔を思い出すと、自然と呼吸が浅くなること。
ほんの一瞬、手が触れそうになったとき、心臓がうるさかったこと。
(こんな感情、小説の中では何度も書いたのに……)
いざ自分がその渦中にいると、まるでわからなくなる。
だからこそ、知りたいと思った。
この感情が、何なのか。
そして、この想いの行き着く先が、どこにあるのか。
——もっと、知りたい。
彼女のことを。
**
ベッドに横たわっても、なかなか眠れなかった。
天井を見上げながら、今日の帰り道のことを思い出す。
「今日の感想は?」
「……正直、緊張しっぱなしでした。でも……」
「でも?」
「社長と一緒だと、“勉強”じゃなくて、何か……“物語”にいるみたいで」
思い返すと、恥ずかしくなるほどのセリフだった。
でも、あれは本心だった。
彼女といるときだけは、何かの物語の主人公になったような、そんな気がした。
(この物語の結末が、悲しいものじゃありませんように)
そう願って、目を閉じた。
今夜はきっと、彼女が夢に出てくる。
そしてその夢の中でも、僕はまだ“名前のつかない感情”に、翻弄されているのだろう。
夜の十時過ぎ。
自室のデスクの前、ノートパソコンの画面にはカーソルが瞬きをしている。
けれど、文字は一行も進まなかった。
指先はキーボードの上にある。
でも、頭の中には、さっきまで一緒に歩いていた“彼女”の姿しか浮かばなかった。
——結城理奈社長。
僕の“恋愛レッスン”の指導者。
他の誰でもない、“あの人”。
思い返せば、今日はたくさんのことがあった。
会話の練習。ランチ。古本屋の寄り道。
どれも、たった一日で経験したとは思えないくらい、濃密だった。
それ以上に——
(……何が、一番印象に残ってるんだろう)
そう自問したとき、真っ先に浮かんだのは、理奈さんが冗談めかして言った、あの言葉だった。
「それは“恋の始まり”かしら?」
あれは、たぶん本気じゃなかった。
軽くからかうような調子で言っただけ。
でも、僕の心はその言葉に、はっきりと反応してしまった。
心臓が、ドクン、と跳ねた。
今、思い出すだけでも、喉が渇く。
背中にうっすら汗が滲んでくる。
(“恋”……なのか、これ)
正直、わからない。
だって、恋をしたことがない。
誰かを好きになるという感覚を、経験したことがない。
教科書もなければ、模範解答もない。
でも、彼女といると、言葉が自然に出てくる。
他の誰と一緒にいたときよりも、ずっと楽で。
緊張はするけど、それが“苦しい”緊張じゃない。
——ただ、嬉しい。
それが“恋”かはわからないけれど、確実に、“何か”が生まれている。
**
ソファに移動して、スマホを取り出す。
ふと、昼間に彼女と訪れたカフェのことを検索してしまう。
——渋谷 テラス カフェ 隠れ家
上位に出てきたその店のレビューには、「落ち着いた雰囲気」「大人のデートに最適」なんて言葉が並んでいた。
(……“デート”か)
初めてその言葉を、自分の中で認識した気がした。
今日の時間は、“取材”じゃなかった。
“デート”に近かった。
そして何より——“楽しかった”。
**
ノートを開く。
今日のレッスンの記録を書こうと思ったのに、手が止まる。
【10/××】
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会話:〇
目を見る練習:△
心の動き:?
最後の項目に、思わずペンを止める。
「……“?”って、何だよ……」
苦笑するしかなかった。
けれど、それが正直な気持ちだった。
この胸の高鳴りが、何なのか。
彼女の笑顔を思い出すと、自然と呼吸が浅くなること。
ほんの一瞬、手が触れそうになったとき、心臓がうるさかったこと。
(こんな感情、小説の中では何度も書いたのに……)
いざ自分がその渦中にいると、まるでわからなくなる。
だからこそ、知りたいと思った。
この感情が、何なのか。
そして、この想いの行き着く先が、どこにあるのか。
——もっと、知りたい。
彼女のことを。
**
ベッドに横たわっても、なかなか眠れなかった。
天井を見上げながら、今日の帰り道のことを思い出す。
「今日の感想は?」
「……正直、緊張しっぱなしでした。でも……」
「でも?」
「社長と一緒だと、“勉強”じゃなくて、何か……“物語”にいるみたいで」
思い返すと、恥ずかしくなるほどのセリフだった。
でも、あれは本心だった。
彼女といるときだけは、何かの物語の主人公になったような、そんな気がした。
(この物語の結末が、悲しいものじゃありませんように)
そう願って、目を閉じた。
今夜はきっと、彼女が夢に出てくる。
そしてその夢の中でも、僕はまだ“名前のつかない感情”に、翻弄されているのだろう。
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