25歳差の恋愛指南、それは人生最大の不覚でした

naomikoryo

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第十三話:なぜか、あの手を忘れられない

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あの手の温度が、まだ消えない。

ベッドに横になっても、パソコンを開いても、湯船に浸かっていても——
指先に、あのぬくもりが、ずっと残っている。

皮膚の問題じゃない。記憶の話だ。
感触ではなく、“感情”が、僕の中に刻みつけられている。

そして今夜もまた、文章が進まなかった。

**

夕方、部屋に戻ってきたときには、心の中がやけにざわついていた。

公園でのレッスン。
ただ並んで歩いただけ。
ただベンチに座って、話をしただけ。

だけど——

「手を、つないでみる?」

あのとき、理奈社長が言った言葉は、間違いなく“取材の一環”だった。

「レッスン」だから。
「教育」の一部だから。

そう言い聞かせた。

でも、それでも。

「ちゃんと“私を意識して”手をつなぎなさい」

その一言で、世界の重力が変わった。

ほんの数秒。
指先に彼女の肌が触れた瞬間、体中の神経が逆立って、喉が詰まりそうになった。

熱い、と思った。

それは、手のひらの温度の話じゃない。
彼女から伝わってきた“想い”の重み。
それが、僕には熱すぎた。

**

「……忘れよう」

つぶやいてみても、意味がなかった。

指先が、記憶を持ってしまっている。

僕の中で“彼女”は、もはや“社長”ではなくなっていた。
取材対象でもなく、教育者でもない。
もちろん、“ただの大人の女性”でもない。

(……僕は、たぶん)

それ以上、考えるのが怖くなった。

だって、それを言葉にしてしまったら——
この物語が、“終わってしまう”気がした。

**

次の日の昼、文章がまったく進まず、ノートを開いた。

「社長と一緒に歩けて、嬉しかったです」

昨日、自分の口から自然に出たあの言葉。
あれが“本音”だった。

「取材」でも「学び」でもなく、ただ“理奈さんといた時間”が、僕にとっての救いだった。

“誰かと歩くのって、安心するんですね”

今まで気づかなかった。

自分が、どれほど孤独だったのか。
どれほど、“誰かと歩く”ことを欲していたのか。

彼女の歩幅に合わせて、並んで歩いたこと。
カフェの席で同じカップの湯気を眺めたこと。
紅葉の落ち葉を摘んでくれた指の柔らかさ。

どれも全部、忘れたくなかった。

——そして、忘れられなかった。

**

メールの下書きを開いて、しばらく悩んだ。

「ありがとうございました」
「次回の予定ですが……」

社交的な文章を書こうとしたが、どれも嘘くさかった。
今の自分には、もっと正直な言葉しか出せなかった。

【件名】今日のこと

理奈社長へ

レッスン、お疲れさまでした。

正直に言うと、今、ものすごく混乱しています。

今日の“手をつないだこと”が、ずっと頭から離れません。

僕は今まで、誰かと手をつないだことがなくて、
あんなふうに、自然に触れられたのも初めてで、

それが嬉しかったのか、驚いたのか、
それとも何か別の感情だったのか、自分でもよくわかりません。

でも、あれは確実に“言葉よりも強い何か”でした。

それだけは、ちゃんと伝えたくて……このメールを書いています。

書き終えて、ためらいなく送信ボタンを押した。

後悔はなかった。

これは“告白”ではない。
ただの“報告”だ。

だけど、自分の中では、確実に何かが始まっていた。

**

その夜、パソコンを開いて、久しぶりに“新作”の原稿を開いた。

ジャンルは“恋愛”。

タイトルはまだ未定。
けれど、主人公のモデルは、もう決まっていた。

黒髪の、静かな大人の女性。
誰にも媚びず、でもどこか哀しみを抱えている人。

その人の手に触れた青年の話。

僕は、その物語を——
書きたくてたまらなかった。
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