25歳差の恋愛指南、それは人生最大の不覚でした

naomikoryo

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第十六話:年齢の壁、自分で作ってない?

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会社に戻ってすぐ、デスクに置かれた書類に目を通しているはずだったのに、
まるで文字が頭に入ってこなかった。

——それほどまでに、雨の午後は、静かに心に残っていた。

「共に歩く」
「間を楽しむ」
「空気を読む」

今日のレッスンの課題は、たしかにそれだった。
そして、純は間違いなく、それを“ちゃんとやって”いた。

けれど。

(——あの傘を、少しだけ私のほうに傾けてくれたのよね)

思い出すたびに胸がざわつく。

「社長、髪が濡れるとまずいですよね」
そう言って、言葉少なに黙って傘を持ってくれた、あの静かな優しさ。

(……ああいうの、ずるい)

それは大人の余裕でも、男のリードでもない。
何かに慣れているわけでもなく、ただ彼なりに必死に“気を遣って”くれただけ。

けれど、あの瞬間の誠実さが、肌に直接触れるようだった。

**

帰宅して、シャワーを浴びた後。
グラスに白ワインを注ぎながら、リビングのソファに沈み込む。

雨はもう止んでいた。
夜の空に星は見えなかったけれど、東京の街明かりが反射して、ベランダの手すりがうっすら濡れて光っていた。

ふと、思った。

(私……“線”を引いていたのかもしれない)

年齢の線。
経験の線。
立場の線。

それらを超えてしまわないように。
“彼に本気にさせないため”の防波堤として。

(でも……それって、本当に彼のためだった?)

違う。
結局は、自分のためだった。

“怖かった”のだ。
25歳年下の、あんな純粋な青年に、心を動かされてしまうのが。

(……馬鹿みたいね)

口元からため息がこぼれる。

もちろん、恋愛感情なんて、まだ芽生えていない——
そう言い聞かせていた。
でも、“あの傘の角度”ひとつで、こんなにも動揺している。

**

“年齢差”という言葉が、理奈の頭の中で何度も繰り返される。

49歳。
人生の半分を一人で生きてきた。
ビジネスの世界では、それなりの実績と信頼を築いてきた。
会社も、社員も、自分の力で守ってきた。

でも。

恋愛は?
女性としては?
……人としては?

何かを失ったまま、抱えたまま、ただ“立っている”だけのような気がした。

純の傘の下。
あの静かな時間の中、自分が“守られていた”と感じてしまったのは、たぶん——

本当は、ずっと“誰かに守られたかった”からだ。

「……やだ」

グラスを置き、額を手で押さえた。

考えすぎ。
ただの取材協力。
仕事。
教育。

そう繰り返しても、胸の奥の温度は消えなかった。

**

そのままスマホを手に取り、純から届いていたメールをもう一度読み返した。

混乱しているのは、悪いことじゃないと思います。
初めての感情に出会ったとき、人は皆、そうなるものです。

(自分で書いたくせに……)

その言葉が、今の自分にもぴたりとはまっているのが悔しかった。

**

そしてふと、純のプロフィール資料が入ったファイルを手に取った。

——24歳。
——男子校出身。
——文学部。
——恋愛経験なし。

読み慣れたはずの情報なのに、今見直すと、妙に胸に引っかかった。

恋愛経験がないのに、なぜこんなにも“自然に人を気遣える”のか。
それとも、それすら私が“恋愛感情”と錯覚しているだけなのか。

いや——違う。

あの優しさは、経験から生まれたものじゃない。
人としての“根”から来ているものだった。

(……怖いのよ、私は)

無意識に口に出していた。

本当は、彼にとって“初めて”の恋が、自分になってしまったらどうしようって。
あの子の人生の最初のページに、自分が刻まれてしまったら、どうしようって。

だって——私は、もう、終わった女のはずだった。

夫を亡くし、恋からも遠ざかり、社長という肩書だけを守って生きてきた。
そんな私が、“誰かの最初”になんて、なれるわけがない。

でも。

**

(……年齢の壁って、誰が作るのかしら)

自分よ。
全部、自分。

純はそんなこと、何も気にしていない。
彼は、ただ私を“結城理奈”として見ているだけ。

それが、どれほどまっすぐで、怖いことか。

**

深夜、机に向かいながら、ふとペンを取り、メモ帳にこう書いた。

Lesson 4:
「“年齢差”の先にあるものを、見つける」

これが次のテーマだ。

私自身が教えるために、私自身が乗り越えるべき“壁”。

もう、“歳の差”で逃げるのはやめよう。
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