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第十八話:手本でいなければいけないのに
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本音なんて、見せるわけにはいかない。
——それが、私の“理奈”という名前の、責任。
社長であること。
年上であること。
指導者であること。
そして、彼の“最初の恋の手本”であること。
誰よりも冷静で、聡明で、慎重でいなければいけない。
それが私に与えられた役割。
たとえ、心の奥でどんな波が立っていようと——それを、表に出してはいけない。
**
池袋の美術館でのレッスンが終わった夜。
私は、帰宅してすぐワードの画面を開き、今日のレポートをまとめようとした。
純の進度。反応。目線。会話の切り返し方。
いつもなら機械的に記録するこの作業も、今日はやけに手が止まった。
(……“同世代の子と、ちゃんと恋ができるように”)
あの時、自分が言った言葉が、何度も頭の中で反響する。
(ちゃんと伝えた。間違ったことは、言ってない)
彼は、これからたくさん恋をする。
若くて、吸収力があって、繊細で、まっすぐで……
彼の未来には、まだ無限の可能性がある。
それなのに——
(どうして、“言った側”の私がこんなに苦しくなってるの?)
机の上に肘をついて、顔を覆った。
**
彼と過ごす時間は、穏やかだった。
彼は言葉を選ぶ。
人の話をよく聞く。
観察して、受け止めて、少しずつ成長していく。
——だからこそ、怖いのだ。
その目が、少しずつ私を“女性”として見始めていることに。
その距離が、すこしずつ“対等”になってきていることに。
“教える側”の余裕なんて、もうとっくになくなっている。
**
おそらく、彼はまだ気づいていない。
彼が見せる優しさが、どれだけ私を揺さぶっているか。
彼のまっすぐな眼差しが、どれだけ私の“殻”を軋ませているか。
だけど、私はそれに気づいてしまっている。
だからこそ、余計に“手本でいなければ”と強く思ってしまう。
そうしなければ、
私は——“彼の未来を邪魔する女”になってしまうから。
**
シャワーを浴びて、湯上がりの体をバスローブで包みながら、鏡を見た。
この身体に、歳月は確かに刻まれている。
肌のハリも、輪郭も、若い頃のようにはいかない。
でも、それを恥ずかしいとは思わない。
むしろ——
(私は、今が一番“女”だと、自分で思ってる)
社会を渡り歩き、人を見抜き、愛され方も愛し方も知って、
それでもまだ、人を好きになることに怯えている——
そんな自分を、私は知っている。
その脆さが、今は妙にリアルで、
純の前に立つたびに、むき出しになってしまいそうで怖い。
**
スマートフォンに目をやると、
純から届いていたレッスン後のお礼のメッセージが、まだ未読のままだった。
今日はありがとうございました。
社長と並んで絵を見る時間が、すごく静かで安心できました。
何も言わない時間に、心が落ち着くのって、初めての感覚です。
……もっと勉強して、ちゃんと社長に恥ずかしくないくらい成長します。
読んだ瞬間、胸が締めつけられた。
(やめて……)
そんなふうに言わないで。
あなたが“成長”して、
“対等”になって、
“私に釣り合う”と思ってしまったら、
私はもう、逃げ場がなくなる。
それが怖くて仕方がない。
**
でも、既読をつけた以上、返さないわけにはいかなかった。
一度深く息を吸って、短く返信を書いた。
こちらこそお疲れさま。
次回は、“相手の目を見て話す練習”ね。
徐々に慣れていきましょう。
たったそれだけ。
感情を削いで、温度を抑えて。
“社長”として、教育係として、
ただの業務連絡のように。
でも、そのたった一文を打ち終えた後。
私はスマホを胸に押し当てて、目を閉じた。
心臓の鼓動が、止まらない。
**
教える立場でいなければいけないのに。
正しく導くべき人間でいなければいけないのに。
“恋愛”から一番遠くにいなければならないのに——
それでも私は、彼の瞳に揺らいでいる。
静かに、でも確実に。
そしてその揺れはもう、
“教える”だけでは済まされないところに、来てしまっている。
——それが、私の“理奈”という名前の、責任。
社長であること。
年上であること。
指導者であること。
そして、彼の“最初の恋の手本”であること。
誰よりも冷静で、聡明で、慎重でいなければいけない。
それが私に与えられた役割。
たとえ、心の奥でどんな波が立っていようと——それを、表に出してはいけない。
**
池袋の美術館でのレッスンが終わった夜。
私は、帰宅してすぐワードの画面を開き、今日のレポートをまとめようとした。
純の進度。反応。目線。会話の切り返し方。
いつもなら機械的に記録するこの作業も、今日はやけに手が止まった。
(……“同世代の子と、ちゃんと恋ができるように”)
あの時、自分が言った言葉が、何度も頭の中で反響する。
(ちゃんと伝えた。間違ったことは、言ってない)
彼は、これからたくさん恋をする。
若くて、吸収力があって、繊細で、まっすぐで……
彼の未来には、まだ無限の可能性がある。
それなのに——
(どうして、“言った側”の私がこんなに苦しくなってるの?)
机の上に肘をついて、顔を覆った。
**
彼と過ごす時間は、穏やかだった。
彼は言葉を選ぶ。
人の話をよく聞く。
観察して、受け止めて、少しずつ成長していく。
——だからこそ、怖いのだ。
その目が、少しずつ私を“女性”として見始めていることに。
その距離が、すこしずつ“対等”になってきていることに。
“教える側”の余裕なんて、もうとっくになくなっている。
**
おそらく、彼はまだ気づいていない。
彼が見せる優しさが、どれだけ私を揺さぶっているか。
彼のまっすぐな眼差しが、どれだけ私の“殻”を軋ませているか。
だけど、私はそれに気づいてしまっている。
だからこそ、余計に“手本でいなければ”と強く思ってしまう。
そうしなければ、
私は——“彼の未来を邪魔する女”になってしまうから。
**
シャワーを浴びて、湯上がりの体をバスローブで包みながら、鏡を見た。
この身体に、歳月は確かに刻まれている。
肌のハリも、輪郭も、若い頃のようにはいかない。
でも、それを恥ずかしいとは思わない。
むしろ——
(私は、今が一番“女”だと、自分で思ってる)
社会を渡り歩き、人を見抜き、愛され方も愛し方も知って、
それでもまだ、人を好きになることに怯えている——
そんな自分を、私は知っている。
その脆さが、今は妙にリアルで、
純の前に立つたびに、むき出しになってしまいそうで怖い。
**
スマートフォンに目をやると、
純から届いていたレッスン後のお礼のメッセージが、まだ未読のままだった。
今日はありがとうございました。
社長と並んで絵を見る時間が、すごく静かで安心できました。
何も言わない時間に、心が落ち着くのって、初めての感覚です。
……もっと勉強して、ちゃんと社長に恥ずかしくないくらい成長します。
読んだ瞬間、胸が締めつけられた。
(やめて……)
そんなふうに言わないで。
あなたが“成長”して、
“対等”になって、
“私に釣り合う”と思ってしまったら、
私はもう、逃げ場がなくなる。
それが怖くて仕方がない。
**
でも、既読をつけた以上、返さないわけにはいかなかった。
一度深く息を吸って、短く返信を書いた。
こちらこそお疲れさま。
次回は、“相手の目を見て話す練習”ね。
徐々に慣れていきましょう。
たったそれだけ。
感情を削いで、温度を抑えて。
“社長”として、教育係として、
ただの業務連絡のように。
でも、そのたった一文を打ち終えた後。
私はスマホを胸に押し当てて、目を閉じた。
心臓の鼓動が、止まらない。
**
教える立場でいなければいけないのに。
正しく導くべき人間でいなければいけないのに。
“恋愛”から一番遠くにいなければならないのに——
それでも私は、彼の瞳に揺らいでいる。
静かに、でも確実に。
そしてその揺れはもう、
“教える”だけでは済まされないところに、来てしまっている。
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