25歳差の恋愛指南、それは人生最大の不覚でした

naomikoryo

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第十九話:目を見て話すって、こういうことですか

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「今日のレッスンは、“目を見て話す”こと」

そう告げられた瞬間、僕はほんの少しだけ緊張した。
いや、本当は——ものすごく、だ。

理奈社長と“目を見て”話す。
ただそれだけのことなのに、なぜか鼓動が早くなる。

(どうして、こんなに苦しいんだろう)

彼女の目を、ちゃんと見られない。

最初に会った時もそうだった。
助けてもらった時も。
初めて話した日も。
レッスンが始まってからだって、基本的に、彼女の視線からは逃げていた。

理由は簡単だ。

目が、綺麗すぎるからだ。

**

今日は社長のオフィスに呼ばれた。
執務室ではなく、応接間でもなく——小さな会議室のようなスペース。

「他の人の目があると、やりづらいでしょうから」と言ってくれたけれど、
むしろ“ふたりきり”の方が、よほど心臓に悪い。

向かい合って座ったソファ。
手元には温かい紅茶。
そして、1メートルほどの距離の中に、彼女の視線がある。

「じゃあ、今から会話を始めましょう。条件は、“目を逸らさないこと”」

そう言った彼女の目は、じっと僕を捉えていた。

**

「……最近、何か面白い本、読んだ?」

「え……あ、ええと……先週、“孤独な夜の読書会”っていうエッセイ集を」

「あら、それ、私も読んだわ。どの話が好き?」

「……三話目の、“閉店後の書店で”です。夜の静かな描写が、すごく好きで……」

視線は合わせていた。
でも、言葉の端々が震えていた。

彼女の目を見つめるたびに、息が浅くなる。

焦げ茶の中に少しだけ光を含んだような瞳。
まっすぐで、揺れない視線。
睫毛の陰が頬に落ちて、その立体感に意識が奪われてしまう。

——こんなに、目って人を縛るんだ。

**

「……落ち着いて」

彼女の声が、ふわりと降りてくる。

「大丈夫。私はあなたを試そうとしているわけじゃない。
ただ、ちゃんと“あなたの言葉”を、あなたの目で聞きたいだけ」

その言葉に、思わず視線が揺れた。

(“あなたの目で聞きたい”……)

なんて、残酷な言葉だ。

そんなふうに優しく言われたら、余計に逸らせなくなる。
逃げることも、誤魔化すこともできなくなる。

そう。
“見つめる”って、心をむき出しにされる行為なのだ。

**

それでも、なんとか話を続けた。
本の話。
カフェで見た変わったメニューの話。
この前見た美術館の絵の話。

そして、ふと。

「……社長は、いつも目を見て話せるんですね」

そう言うと、彼女は少しだけ微笑んだ。

「仕事柄、ね。でも、プライベートではそうでもないわよ」

「え?」

「誰かに“ちゃんと目を見て話して”って言われたの、あなたが初めてかもしれない。……逆にね」

その言葉に、何かが少しだけ胸に刺さった。

僕の目は、今、彼女の何を映しているんだろう。
そして、彼女の目には、僕がどう映っているんだろう。

そのことが、妙に気になった。

**

レッスンが終わりに近づいたころ、彼女がふと、姿勢を前に傾けた。

「じゃあ、最後に一つだけ、“練習”しましょう」

「……はい」

「“好きな人”に、目を見て話すように。
“嘘の恋”でいいから、仮に私がその人だとして、何か一言、気持ちを伝えて」

唐突すぎて、息が止まった。

(無理だ。そんなの、無理に決まってる)

だけど、彼女の視線が、逃げることを許してくれなかった。

深呼吸を一つ。

そして、僕は彼女の目をまっすぐに見て、
思ってもいない言葉を、でも確かに本心から出てきた言葉を、静かに口にした。

「……社長といると、言葉がいらなくなる時があります。
喋らなくても、そばにいられる感じがして……それが、すごく、心地いいです」

ほんの、短い沈黙。

彼女は一瞬、目を伏せた。
けれど、すぐに顔を上げ、微笑んで言った。

「……とても良い表現ね。
“好き”とか、“愛してる”とか、そういう言葉よりも、ずっと深い」

褒めてくれたのに、僕はどこか、泣きそうだった。

それは、彼女の目が、
“教育者”ではなく、“ひとりの女性”として揺れた気がしたから。

一瞬だけ。

ほんの、一瞬だけ。

でも、その揺らぎに、僕は確かに気づいた。

**

帰り道、夕暮れの街を歩きながら、ずっと彼女の瞳のことを考えていた。

あの目を、もう一度、ちゃんと見たい。

見つめ合ったまま、言葉を交わしたい。
言葉がなくても、心が通じるような——そんな時間が、欲しいと思ってしまった。

それがもう、レッスンの一部じゃないことくらい、自分でも分かっている。

でも今は、まだ、それを認めたくなかった。

だから僕は、ノートの端に、こう書き足した。

Lesson 5:「目で伝わるものがある」

……けれど、目が何かを伝えてしまったら、
そこからもう、逃げられない気がした。
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