25歳差の恋愛指南、それは人生最大の不覚でした

naomikoryo

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第二十二話:このままじゃ、恋になる。だから、少しだけ壊してしまいたくなる

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人に感情を見せないようになったのは、いつからだっただろう。

夫が亡くなったとき?
社長として一人で立ち続けるようになったとき?
それとももっと前、生まれつきの“性分”だったのか。

どちらにしても、私は「平気なふり」をするのが上手だった。

“綺麗な仕事を、綺麗にやり遂げる”
それが私の流儀で、信念で、誰にも文句を言わせないための鎧だった。

けれど——

(……このままじゃ、恋になる)

純くんの目が、そう言っていた。

彼はもう、完全に“私”を見ている。

社長でも、教育係でも、年上の女性でもなく。
“結城理奈”というひとりの人間を、まっすぐに見ようとしていた。

それが、どうしようもなく怖かった。

**

「……“恋って、どこから始まるんですか”って、聞かれてしまったのよ」

夜、ワイングラスを片手にぼやくように口にした言葉は、誰にも届かない。
窓の外は冷たい夜。
東京の街はまだ灯りがまばらに瞬いている。

(“始まってる”に決まってるでしょう……)

彼の視線を思い出す。
揺れない瞳。
遠慮のない距離。
そして、感情を隠そうとしない顔。

“このままじゃ、壊れる”と思った。
私が保ってきたすべての理性が、歯止めが、境界線が。

(……なら、いっそ、少しだけ先に壊してしまおうか)

**

次のレッスンを、カフェではなく自宅で提案したのは、私だった。

理由は簡単だった。
「執筆に集中できるように、落ち着いた場所で」と言えば、納得してくれると思った。

もちろん、社員には「対面編集」という名目でスケジュールを通した。
普段から若手作家の育成をしている私にとって、不自然なことではない。

でも、その裏にある“もう一つの感情”を、私はちゃんと知っていた。

——試してみたくなった。
彼が、どこまで私に踏み込むつもりなのか。
そして私自身が、それにどう反応するのか。

少しだけ、壊してしまいたかった。
きちんと積み上げてきたこの距離を、境界を、緊張感を。

彼のことを“好きにならないため”に。

**

レッスン当日。
午後二時。

インターホンが鳴った瞬間、心臓が跳ねた。

白いニットに、ストレートのロングスカート。
普段よりも少し柔らかい服を選んだ。
メイクも、やや薄め。
指輪は……今日も、外さなかった。

「ようこそ。上がって」

ドアを開けた瞬間の彼の表情は、緊張と、どこか高揚が混じっていた。
玄関の匂い、室内の空気、私の家に彼が“踏み込んだ”瞬間——
確かに、空気が変わった。

(ほら……これが“危うい”ってことよ)

**

ダイニングテーブルに並んで座り、
いつものように“文章の組み立て方”についてレクチャーを始めた。

「恋愛小説は、台詞の温度がすべて。
何を言ったかより、どう言ったかが重要」

「……なるほど」

彼は頷きながら、ノートにメモを取っていた。
真面目だ。
本当に、どこまでも。

だからこそ、少しだけ揺さぶってみたくなる。

「たとえば……“好きだよ”って言葉。
どんなふうに、どのタイミングで言えば、読者の心に刺さると思う?」

「……それは……」

彼が顔を上げる。

目が合う。

——逸らさなかった。
彼はもう、ちゃんと私を見るようになっていた。

「……たぶん、“普通の時”に言うんだと思います。
特別じゃない日、特別な出来事がなくても、唐突に。
でも、それが一番“本物”な気がするから」

(……どうして、そんな答えを出せるの)

本当に、恋を知らないの?
私のこと、ちゃんと“教材”として見てるの?
……それとも。

**

レッスンの終わり、玄関先で。

彼がコートを着ようとした時、私はふいに言った。

「ねえ、新田くん」

「はい?」

「……あなた、“私のこと”どう思ってるの?」

空気が止まる。

彼はコートを持ったまま、硬直した。

「……それ、レッスンですか?」

「さあ。……どっちだと思う?」

彼の喉が、ぐっと動いた。

その反応が嬉しくて、どこか悲しくて。

(ねえ、純くん。あなたの中にあるこれは、恋なの?)

私が少しだけ壊してしまいたかったのは、
もしかすると、“彼の未完成な気持ち”だったのかもしれない。

恋になる前に。
本気になる前に。
私が、きちんと終わらせるために。

けれど——

彼の目が、また揺らがずにこちらを見返した。

「社長のことは……怖いくらいに、綺麗だと思っています」

その言葉に、私は“ぞくり”とした。

心が震えた。

言葉じゃなく、“目”が震わせた。

(……これは、だめ)

本当にだめ。

でも、心がもう、冷静でいられなかった。

だから、笑ってごまかした。

「……それ、レッスン合格ね。とてもいい台詞だったわ」

そして、ドアを閉めた。

ゆっくり、静かに、鍵をかけて。
背中を預けた扉の向こうで、呼吸を整えた。

(壊したのは、私だった)

でも、私が壊したかったのは……
距離でも、感情でもなく、

たぶん、「自分だけ平気なふりをしていられる」という思い上がりだった。
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