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第二十三話:「好き」がまだ言えないのは、たぶんまだ信じたいから
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「……社長のことは、怖いくらいに綺麗だと思っています」
そう言った自分の声が、今でも耳の奥に残っていた。
言い終わった後の彼女の微笑み。
あの“笑顔”が、レッスンの中の演技だったのか、それとも……
何かを必死に抑えた仮面だったのか。
僕には、わからなかった。
ただひとつ、わかったことがある。
——僕は、もうあの人の目を“教材”としては見られない。
**
部屋に帰って、コートをハンガーに掛ける。
気づけば、手が震えていた。
あの距離。
あの沈黙。
あの声。
“あなた、“私のこと”どう思ってるの?”
あれが冗談にしては、言葉が重すぎた。
もしもあれがレッスンだとしても——
本心が少しでも混じっていたとしたら、
僕の返した言葉は、足りなかった気がする。
(……あの時、僕は本当に“社長”のことを、何て思っていたんだろう)
怖いくらいに綺麗。
確かに、それは事実だ。
でも、それだけじゃない。
本当は——もっとずっと、近くにいたいと思っていた。
もっと触れたかった。
彼女の考えていること、隠していること、揺れている心に、触れたかった。
でも。
「好きです」って、なぜか、まだ言えなかった。
**
(僕は……怖いんだ)
それが、唯一の答えだった。
彼女に“からかわれていた”のだとしたら。
あれが“教育の一環”だとしたら。
それを自分が“勘違い”していたのだとしたら——
僕の中で育っているこの気持ちは、
すべてただの“無自覚な恋”というラベルを貼られて、処理されてしまう。
それが、怖かった。
(だから、まだ「好き」って言えない。
でも、信じたい。社長の目にあった“あの揺れ”が、嘘じゃなかったって)
**
夜のノートを開く。
僕はいつも、レッスンが終わると“観察日記”のように感想を書いている。
社長の言葉。表情。声。自分の感情。
すべてが、学びだったから。
でも今日だけは、どうしても“レポート”にはならなかった。
代わりに、こう書いた。
今日、社長がふと笑った。
あの笑顔は、僕の言葉に対する“答え”だったんだろうか。
それとも……何かを隠すための幕だったんだろうか。
“好きです”と言えない理由があるとしたら、
それは、彼女の目を信じたかったからだ。
あの人が、僕のことを“本当に”ただの教材としてしか見ていないなら、
その時はちゃんと、終わらせよう。
でも、もし……もしほんの少しでも、
彼女が僕の言葉を待ってくれているのだとしたら。
その時は、
“恋”って言葉じゃ足りないくらいの気持ちを、全部伝えよう。
ノートを閉じた後、
電気を消してベッドに横になっても、
彼女の微笑が、暗闇の中に浮かんで消えなかった。
(……信じたい)
それが、恋の始まりかもしれないと思った。
“好き”と叫ぶより、
“信じたい”と願うほうが、
ずっとずっと、恋に近い場所にある気がした。
そして——
その夜、夢の中でも彼女は“距離のある笑顔”で、僕を見つめていた。
そう言った自分の声が、今でも耳の奥に残っていた。
言い終わった後の彼女の微笑み。
あの“笑顔”が、レッスンの中の演技だったのか、それとも……
何かを必死に抑えた仮面だったのか。
僕には、わからなかった。
ただひとつ、わかったことがある。
——僕は、もうあの人の目を“教材”としては見られない。
**
部屋に帰って、コートをハンガーに掛ける。
気づけば、手が震えていた。
あの距離。
あの沈黙。
あの声。
“あなた、“私のこと”どう思ってるの?”
あれが冗談にしては、言葉が重すぎた。
もしもあれがレッスンだとしても——
本心が少しでも混じっていたとしたら、
僕の返した言葉は、足りなかった気がする。
(……あの時、僕は本当に“社長”のことを、何て思っていたんだろう)
怖いくらいに綺麗。
確かに、それは事実だ。
でも、それだけじゃない。
本当は——もっとずっと、近くにいたいと思っていた。
もっと触れたかった。
彼女の考えていること、隠していること、揺れている心に、触れたかった。
でも。
「好きです」って、なぜか、まだ言えなかった。
**
(僕は……怖いんだ)
それが、唯一の答えだった。
彼女に“からかわれていた”のだとしたら。
あれが“教育の一環”だとしたら。
それを自分が“勘違い”していたのだとしたら——
僕の中で育っているこの気持ちは、
すべてただの“無自覚な恋”というラベルを貼られて、処理されてしまう。
それが、怖かった。
(だから、まだ「好き」って言えない。
でも、信じたい。社長の目にあった“あの揺れ”が、嘘じゃなかったって)
**
夜のノートを開く。
僕はいつも、レッスンが終わると“観察日記”のように感想を書いている。
社長の言葉。表情。声。自分の感情。
すべてが、学びだったから。
でも今日だけは、どうしても“レポート”にはならなかった。
代わりに、こう書いた。
今日、社長がふと笑った。
あの笑顔は、僕の言葉に対する“答え”だったんだろうか。
それとも……何かを隠すための幕だったんだろうか。
“好きです”と言えない理由があるとしたら、
それは、彼女の目を信じたかったからだ。
あの人が、僕のことを“本当に”ただの教材としてしか見ていないなら、
その時はちゃんと、終わらせよう。
でも、もし……もしほんの少しでも、
彼女が僕の言葉を待ってくれているのだとしたら。
その時は、
“恋”って言葉じゃ足りないくらいの気持ちを、全部伝えよう。
ノートを閉じた後、
電気を消してベッドに横になっても、
彼女の微笑が、暗闇の中に浮かんで消えなかった。
(……信じたい)
それが、恋の始まりかもしれないと思った。
“好き”と叫ぶより、
“信じたい”と願うほうが、
ずっとずっと、恋に近い場所にある気がした。
そして——
その夜、夢の中でも彼女は“距離のある笑顔”で、僕を見つめていた。
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