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第二十四話:これ以上はダメだと、心で言いながらも、彼に触れそうになっていた
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自宅でのレッスンが終わってから、もう3日が経った。
けれど、家の中の空気が、まだあの日のままだった。
ソファの端に残る、彼が座っていた時のくぼみ。
テーブルの上に置きっぱなしになっていた、彼が使ったカップ。
何気なく開いたノートの端に残された、丸いペン跡。
——すべてが、妙に生々しくて。
(……こんなはずじゃなかったのに)
彼に揺さぶりをかけたのは、私。
彼を試すような言葉を投げかけたのも、私。
自分の中に芽生えた感情を認める前に、
自分からそれを潰してしまえば、きっと楽になれると思った。
でも、違った。
潰したつもりが、より深く沈んで、
私の中で、息をひそめながら、膨らんでしまった。
**
「社長のことは……怖いくらいに、綺麗だと思っています」
彼が言ったその言葉。
それを聞いた瞬間、何かがほどけた。
普段なら“ありがとう”と微笑んで、流せる言葉だったはず。
でもあのときの私は、彼の目に映った“私”を、まっすぐ受け止めてしまった。
49歳の、もう恋なんて遠い存在のはずだった自分が。
誰かの目に“綺麗”と映っていることに、心が揺らいでしまった。
(そんなはず、ないのに)
私はあの子を教育している側。
彼の“最初の恋”の模擬演習の相手。
ただの通過点でなければいけなかった。
なのに。
**
夜。
ベッドの中、天井を見つめながら思い出すのは、
彼がマグカップを両手で包み込むように持っていた、あの姿。
不器用で、でもすごく丁寧で。
言葉の端々まで真剣で。
(……誰かに、あんなふうに見つめられることって、いつぶりだったかしら)
心の中で、何度も「だめ」と唱えてみる。
でも、その声の奥から、別の“私”が囁いてくる。
「どうして、触れちゃいけないの?」
「どうして、愛されちゃいけないの?」
「どうして、“誰かの最初”になってはいけないの?」
それは、これまで私が“自分に言い聞かせてきた常識”への反抗だった。
**
翌日、会社の執務室で資料をまとめていたとき、
ふとスマートフォンに通知が届いた。
《純:今日はありがとうございました。また、次回のレッスンも楽しみにしています》
短くて、誠実な文面。
いつもと変わらない、穏やかな連絡。
それだけなのに、
心の奥がじんわり熱くなる。
(どうして……こんな気持ちになってるの?)
胸がきゅっとなる。
誰かに触れたいと思う気持ちを、
こんなふうに隠さなきゃいけないのは、
本当に“正しい”ことなんだろうか。
**
“これ以上はダメ”
その言葉を、私は一日に何度も唱えている。
でも、気づけば目が彼を探していて。
気づけば声を聴きたくなっていて。
気づけば、“彼の言葉”を心の中で反芻している。
(あの子の指先が、あと数センチこっちに伸びていたら)
(私があと一歩、前に踏み出していたら)
……そんなことばかりを考えている。
**
夜、机に向かってノートを開く。
彼との距離が、もう“教育”では測れないと、痛感していた。
それでも書く。
それでも、理性の衣をまとって言葉を並べる。
Lesson 6:
「生徒に必要なのは、“手本”ではなく、“距離感”」
距離を正しく測ることで、誤解や暴走を防ぐことができる。
……でも、それができなくなったとき、どうすればいいの?
ペンを止めて、目を閉じた。
(ねえ、純くん。あなたの目を、私はいつから“恋の目”として見ていたのかしら)
思い出せない。
だけど、今ははっきりしている。
私は、あの子に触れそうになっている。
指じゃなく、心の深いところで。
そしてその手を、自分から伸ばしてしまいそうになっている。
けれど、家の中の空気が、まだあの日のままだった。
ソファの端に残る、彼が座っていた時のくぼみ。
テーブルの上に置きっぱなしになっていた、彼が使ったカップ。
何気なく開いたノートの端に残された、丸いペン跡。
——すべてが、妙に生々しくて。
(……こんなはずじゃなかったのに)
彼に揺さぶりをかけたのは、私。
彼を試すような言葉を投げかけたのも、私。
自分の中に芽生えた感情を認める前に、
自分からそれを潰してしまえば、きっと楽になれると思った。
でも、違った。
潰したつもりが、より深く沈んで、
私の中で、息をひそめながら、膨らんでしまった。
**
「社長のことは……怖いくらいに、綺麗だと思っています」
彼が言ったその言葉。
それを聞いた瞬間、何かがほどけた。
普段なら“ありがとう”と微笑んで、流せる言葉だったはず。
でもあのときの私は、彼の目に映った“私”を、まっすぐ受け止めてしまった。
49歳の、もう恋なんて遠い存在のはずだった自分が。
誰かの目に“綺麗”と映っていることに、心が揺らいでしまった。
(そんなはず、ないのに)
私はあの子を教育している側。
彼の“最初の恋”の模擬演習の相手。
ただの通過点でなければいけなかった。
なのに。
**
夜。
ベッドの中、天井を見つめながら思い出すのは、
彼がマグカップを両手で包み込むように持っていた、あの姿。
不器用で、でもすごく丁寧で。
言葉の端々まで真剣で。
(……誰かに、あんなふうに見つめられることって、いつぶりだったかしら)
心の中で、何度も「だめ」と唱えてみる。
でも、その声の奥から、別の“私”が囁いてくる。
「どうして、触れちゃいけないの?」
「どうして、愛されちゃいけないの?」
「どうして、“誰かの最初”になってはいけないの?」
それは、これまで私が“自分に言い聞かせてきた常識”への反抗だった。
**
翌日、会社の執務室で資料をまとめていたとき、
ふとスマートフォンに通知が届いた。
《純:今日はありがとうございました。また、次回のレッスンも楽しみにしています》
短くて、誠実な文面。
いつもと変わらない、穏やかな連絡。
それだけなのに、
心の奥がじんわり熱くなる。
(どうして……こんな気持ちになってるの?)
胸がきゅっとなる。
誰かに触れたいと思う気持ちを、
こんなふうに隠さなきゃいけないのは、
本当に“正しい”ことなんだろうか。
**
“これ以上はダメ”
その言葉を、私は一日に何度も唱えている。
でも、気づけば目が彼を探していて。
気づけば声を聴きたくなっていて。
気づけば、“彼の言葉”を心の中で反芻している。
(あの子の指先が、あと数センチこっちに伸びていたら)
(私があと一歩、前に踏み出していたら)
……そんなことばかりを考えている。
**
夜、机に向かってノートを開く。
彼との距離が、もう“教育”では測れないと、痛感していた。
それでも書く。
それでも、理性の衣をまとって言葉を並べる。
Lesson 6:
「生徒に必要なのは、“手本”ではなく、“距離感”」
距離を正しく測ることで、誤解や暴走を防ぐことができる。
……でも、それができなくなったとき、どうすればいいの?
ペンを止めて、目を閉じた。
(ねえ、純くん。あなたの目を、私はいつから“恋の目”として見ていたのかしら)
思い出せない。
だけど、今ははっきりしている。
私は、あの子に触れそうになっている。
指じゃなく、心の深いところで。
そしてその手を、自分から伸ばしてしまいそうになっている。
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