25歳差の恋愛指南、それは人生最大の不覚でした

naomikoryo

文字の大きさ
24 / 75

第二十四話:これ以上はダメだと、心で言いながらも、彼に触れそうになっていた

しおりを挟む
自宅でのレッスンが終わってから、もう3日が経った。

けれど、家の中の空気が、まだあの日のままだった。

ソファの端に残る、彼が座っていた時のくぼみ。
テーブルの上に置きっぱなしになっていた、彼が使ったカップ。
何気なく開いたノートの端に残された、丸いペン跡。

——すべてが、妙に生々しくて。

(……こんなはずじゃなかったのに)

彼に揺さぶりをかけたのは、私。
彼を試すような言葉を投げかけたのも、私。

自分の中に芽生えた感情を認める前に、
自分からそれを潰してしまえば、きっと楽になれると思った。

でも、違った。

潰したつもりが、より深く沈んで、
私の中で、息をひそめながら、膨らんでしまった。

**

「社長のことは……怖いくらいに、綺麗だと思っています」

彼が言ったその言葉。

それを聞いた瞬間、何かがほどけた。

普段なら“ありがとう”と微笑んで、流せる言葉だったはず。

でもあのときの私は、彼の目に映った“私”を、まっすぐ受け止めてしまった。

49歳の、もう恋なんて遠い存在のはずだった自分が。
誰かの目に“綺麗”と映っていることに、心が揺らいでしまった。

(そんなはず、ないのに)

私はあの子を教育している側。
彼の“最初の恋”の模擬演習の相手。
ただの通過点でなければいけなかった。

なのに。

**

夜。
ベッドの中、天井を見つめながら思い出すのは、
彼がマグカップを両手で包み込むように持っていた、あの姿。

不器用で、でもすごく丁寧で。
言葉の端々まで真剣で。

(……誰かに、あんなふうに見つめられることって、いつぶりだったかしら)

心の中で、何度も「だめ」と唱えてみる。

でも、その声の奥から、別の“私”が囁いてくる。

「どうして、触れちゃいけないの?」

「どうして、愛されちゃいけないの?」
「どうして、“誰かの最初”になってはいけないの?」

それは、これまで私が“自分に言い聞かせてきた常識”への反抗だった。

**

翌日、会社の執務室で資料をまとめていたとき、
ふとスマートフォンに通知が届いた。

《純:今日はありがとうございました。また、次回のレッスンも楽しみにしています》

短くて、誠実な文面。

いつもと変わらない、穏やかな連絡。

それだけなのに、
心の奥がじんわり熱くなる。

(どうして……こんな気持ちになってるの?)

胸がきゅっとなる。

誰かに触れたいと思う気持ちを、
こんなふうに隠さなきゃいけないのは、
本当に“正しい”ことなんだろうか。

**

“これ以上はダメ”

その言葉を、私は一日に何度も唱えている。

でも、気づけば目が彼を探していて。
気づけば声を聴きたくなっていて。
気づけば、“彼の言葉”を心の中で反芻している。

(あの子の指先が、あと数センチこっちに伸びていたら)

(私があと一歩、前に踏み出していたら)

……そんなことばかりを考えている。

**

夜、机に向かってノートを開く。

彼との距離が、もう“教育”では測れないと、痛感していた。

それでも書く。

それでも、理性の衣をまとって言葉を並べる。

Lesson 6:
「生徒に必要なのは、“手本”ではなく、“距離感”」

距離を正しく測ることで、誤解や暴走を防ぐことができる。
……でも、それができなくなったとき、どうすればいいの?

ペンを止めて、目を閉じた。

(ねえ、純くん。あなたの目を、私はいつから“恋の目”として見ていたのかしら)

思い出せない。

だけど、今ははっきりしている。

私は、あの子に触れそうになっている。

指じゃなく、心の深いところで。

そしてその手を、自分から伸ばしてしまいそうになっている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

処理中です...