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第二十六話:「いてくれるだけ」でいいなんて、そんな優しさに甘えてはいけないのに
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『社長って、誰かに“教えない”で、ただ一緒にいられた時間って……今までありましたか?』
『少しだけでいいから、僕のそばにいる時間も、“教える”じゃなくて、“いてくれるだけ”でいいんです』
その言葉が、夜になっても消えてくれなかった。
ベッドに入っても。
照明を落としても。
耳をふさいでも。
心のどこかでずっと、彼の声が残っていた。
(“いてくれるだけ”でいい、だなんて)
どこまでも、優しい子。
本当に、まっすぐで、嘘がない。
だからこそ、その言葉の優しさが、
私にはあまりにも残酷だった。
**
これまで、私は「役割」で生きてきた。
社長として。
出版人として。
誰かの背中を支える存在として。
求められたものを、的確に返す。
責任を持って判断する。
迷う相手に、言葉で道を示す。
それが“いてもいい理由”だった。
だから誰かの隣にいるには、
“意味”や“理由”が必要だった。
それなのに——
彼は、“何もしなくていい”と言った。
ただ、そこにいてくれれば、それでいいと。
**
(そんなふうに言われたの、いつぶりかしら)
……いいえ。
もしかしたら、生まれて初めてかもしれない。
私という存在が、
誰かにとって“価値”ではなく“居場所”として求められたのは。
**
スマートフォンに届いた彼からのメッセージ。
短くて、誠実な文字列。
『“いてくれるだけ”って言葉、ちょっと響いたわ。
今日はありがとう。お菓子、美味しかった。』
それに対する私の返信は、
何度も書きかけては消して、結局まだ送れていない。
「こちらこそ、ありがとう」
それだけでいいのに。
それすらも、簡単に送れなかった。
送ってしまったら、
きっともう“普通の関係”に戻れない気がしたから。
**
(彼は、恋を知らない子)
ずっとそう思っていた。
だから私は“教える側”でいることで、
自分を守っていたのだと思う。
でももう、彼は明らかに——私を“女性”として見ている。
わかってしまった。
目で、声で、距離の詰め方で。
彼は今、
私に近づこうとしている。
自分の感情を、まだ「好き」だと言えないぶん、
彼なりの形で「触れよう」としている。
そして私は、
それに気づきながら、
気づかないふりをして甘えてしまっている。
(本当は……うれしいのよ)
彼の言葉が、胸にしみた。
誰かに「いてほしい」と思われることが、
どれほど自分を温めてくれるか、
こんなにも知らなかった。
でも。
**
私は、大人で、年上で、過去を抱えていて、
もう恋を語る年齢ではない。
そう、思い込んでいた。
たとえ彼がどれだけ誠実でも。
たとえこの気持ちが、本物だったとしても。
——彼の未来を、私が塞ぐわけにはいかない。
それだけは、絶対に。
**
夜、ふと気づくと、指輪を外していた。
無意識に。
それに気づいて、ハッとして手に取る。
(……なにをしてるの、私)
慌てて左手の薬指に戻した。
スルリと、何の抵抗もなく、そこにおさまった。
もう、20年以上の“重み”がある。
そしてそれが、今の私の唯一の“抑止力”だった。
彼にこの指輪を見せることで、
何かを諦めさせられる気がした。
“まだ未亡人”という事実を、盾にできる気がした。
でも——
(それも、もう限界かもしれない)
指輪はもう、“壁”になってくれない。
彼の目が、その壁を静かに越えてきている。
「いてくれるだけでいい」
その言葉は、優しすぎて、甘すぎて、
私の“理性”を少しずつ溶かしていく。
だから。
——これ以上、近づいてはいけない。
でも。
——もう、遠ざかれない。
『少しだけでいいから、僕のそばにいる時間も、“教える”じゃなくて、“いてくれるだけ”でいいんです』
その言葉が、夜になっても消えてくれなかった。
ベッドに入っても。
照明を落としても。
耳をふさいでも。
心のどこかでずっと、彼の声が残っていた。
(“いてくれるだけ”でいい、だなんて)
どこまでも、優しい子。
本当に、まっすぐで、嘘がない。
だからこそ、その言葉の優しさが、
私にはあまりにも残酷だった。
**
これまで、私は「役割」で生きてきた。
社長として。
出版人として。
誰かの背中を支える存在として。
求められたものを、的確に返す。
責任を持って判断する。
迷う相手に、言葉で道を示す。
それが“いてもいい理由”だった。
だから誰かの隣にいるには、
“意味”や“理由”が必要だった。
それなのに——
彼は、“何もしなくていい”と言った。
ただ、そこにいてくれれば、それでいいと。
**
(そんなふうに言われたの、いつぶりかしら)
……いいえ。
もしかしたら、生まれて初めてかもしれない。
私という存在が、
誰かにとって“価値”ではなく“居場所”として求められたのは。
**
スマートフォンに届いた彼からのメッセージ。
短くて、誠実な文字列。
『“いてくれるだけ”って言葉、ちょっと響いたわ。
今日はありがとう。お菓子、美味しかった。』
それに対する私の返信は、
何度も書きかけては消して、結局まだ送れていない。
「こちらこそ、ありがとう」
それだけでいいのに。
それすらも、簡単に送れなかった。
送ってしまったら、
きっともう“普通の関係”に戻れない気がしたから。
**
(彼は、恋を知らない子)
ずっとそう思っていた。
だから私は“教える側”でいることで、
自分を守っていたのだと思う。
でももう、彼は明らかに——私を“女性”として見ている。
わかってしまった。
目で、声で、距離の詰め方で。
彼は今、
私に近づこうとしている。
自分の感情を、まだ「好き」だと言えないぶん、
彼なりの形で「触れよう」としている。
そして私は、
それに気づきながら、
気づかないふりをして甘えてしまっている。
(本当は……うれしいのよ)
彼の言葉が、胸にしみた。
誰かに「いてほしい」と思われることが、
どれほど自分を温めてくれるか、
こんなにも知らなかった。
でも。
**
私は、大人で、年上で、過去を抱えていて、
もう恋を語る年齢ではない。
そう、思い込んでいた。
たとえ彼がどれだけ誠実でも。
たとえこの気持ちが、本物だったとしても。
——彼の未来を、私が塞ぐわけにはいかない。
それだけは、絶対に。
**
夜、ふと気づくと、指輪を外していた。
無意識に。
それに気づいて、ハッとして手に取る。
(……なにをしてるの、私)
慌てて左手の薬指に戻した。
スルリと、何の抵抗もなく、そこにおさまった。
もう、20年以上の“重み”がある。
そしてそれが、今の私の唯一の“抑止力”だった。
彼にこの指輪を見せることで、
何かを諦めさせられる気がした。
“まだ未亡人”という事実を、盾にできる気がした。
でも——
(それも、もう限界かもしれない)
指輪はもう、“壁”になってくれない。
彼の目が、その壁を静かに越えてきている。
「いてくれるだけでいい」
その言葉は、優しすぎて、甘すぎて、
私の“理性”を少しずつ溶かしていく。
だから。
——これ以上、近づいてはいけない。
でも。
——もう、遠ざかれない。
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