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第二十九話:「これは終わりじゃない」と、勝手に思いたくなった
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空気が、ほんのわずかに変わった気がした。
次のレッスンの予定が送られてきたとき。
その文面には、なんの違和感もない“いつもの理奈さん”がいた。
『金曜の15時からで大丈夫。場所はオフィスのほうがいいかも』
シンプルで、的確で、丁寧な言葉。
でも、その「場所はオフィスのほうがいいかも」という一文に、
今までにはなかった“線引き”を感じた。
(……自宅じゃないんだ)
もちろん、それは当然だ。
あの日の自宅レッスンは、あくまで例外だったはずだし、
公私混同はしない人だと、わかっている。
でも、それでも。
「これは……距離を戻そうとしてる、んだよな」
胸の奥に、しんとした痛みが広がった。
**
僕は、ずっと彼女に“教えてもらう側”だった。
恋の形。
関係の温度。
言葉の間合い。
それらを受け取りながら、
僕は彼女に少しずつ“心”を開いてもらっていると、思っていた。
でも、それは錯覚だったのかもしれない。
僕が感じていた“近づけた気がする”という感覚は、
ただの“レッスンの延長”だったのかもしれない。
(そんなはず……ない、と思いたい)
あの目。
あの声。
あの夜の沈黙。
確かに、そこには“気持ち”があった。
彼女も、何かを飲み込んでいた。
何かを抑えて、笑っていた。
それを、僕だけが一方的に“期待”として解釈していたのなら……
こんなに、情けないことはない。
**
(でも、まだ……終わってない)
いや、もっと言えば——
「終わらせたくない」と、初めて心の底から思った。
それまでは、ただ見ているだけでよかった。
そばにいられれば、それでよかった。
彼女が僕の気持ちに気づかなくても。
僕を“男”として見ていなくても。
……それでも、彼女の“時間の中”にいられるなら、それでよかった。
でも、今は違う。
彼女が僕の人生にとって、ただの“通過点”になるなんて、もう嫌だった。
**
「終わる気配」は、何気ないところに宿る。
話し方のトーン。
笑顔の奥にある疲労感。
視線を合わせる回数の減少。
彼女が、静かに“幕を引こう”としている気配に、
僕は気づいていた。
でも、彼女が引こうとするなら、
僕は“止める側”でいたい。
それは、恋の告白ではなく。
未練でもなく。
ただの、願いでもない。
——“自分の人生にとって、必要な人を、手放したくない”という想いだった。
**
次の金曜日。
僕は、いつもより早く編集部のあるビルに着いた。
入り口のガラス越しに、スタッフの笑い声が聞こえる。
彼女の姿はまだない。
(……今日、なにか言わなきゃ)
何も言わずに終わってしまったら、
きっと本当に、ここが“終着点”になる。
でも、僕はまだ“物語を終わらせたくない”。
そのために——
今日、自分の気持ちを、どんな形でもいいから届けたい。
「好きです」じゃなくていい。
「付き合ってください」でもない。
ただ、“これが終わりじゃない”ということだけ、伝えたい。
**
頭の中で、何度も練習する。
伝え方。
言葉の選び方。
タイミング。
でも、きっと全部、通用しない気がしている。
彼女は、言葉で動く人じゃない。
心の奥を動かすには、
もっとずっと、深い何かが必要なんだ。
そしてそれを、
今の僕はまだ知らない。
それでも。
(知りたい。……この人を)
最後まで知りたい。
その悲しみの色も。
笑い方の癖も。
指輪にこめられた記憶も。
たとえ、振りほどかれたとしても。
僕は今日、彼女の“引こうとする背中”に、
もう一度だけ、手を伸ばすつもりでいる。
次のレッスンの予定が送られてきたとき。
その文面には、なんの違和感もない“いつもの理奈さん”がいた。
『金曜の15時からで大丈夫。場所はオフィスのほうがいいかも』
シンプルで、的確で、丁寧な言葉。
でも、その「場所はオフィスのほうがいいかも」という一文に、
今までにはなかった“線引き”を感じた。
(……自宅じゃないんだ)
もちろん、それは当然だ。
あの日の自宅レッスンは、あくまで例外だったはずだし、
公私混同はしない人だと、わかっている。
でも、それでも。
「これは……距離を戻そうとしてる、んだよな」
胸の奥に、しんとした痛みが広がった。
**
僕は、ずっと彼女に“教えてもらう側”だった。
恋の形。
関係の温度。
言葉の間合い。
それらを受け取りながら、
僕は彼女に少しずつ“心”を開いてもらっていると、思っていた。
でも、それは錯覚だったのかもしれない。
僕が感じていた“近づけた気がする”という感覚は、
ただの“レッスンの延長”だったのかもしれない。
(そんなはず……ない、と思いたい)
あの目。
あの声。
あの夜の沈黙。
確かに、そこには“気持ち”があった。
彼女も、何かを飲み込んでいた。
何かを抑えて、笑っていた。
それを、僕だけが一方的に“期待”として解釈していたのなら……
こんなに、情けないことはない。
**
(でも、まだ……終わってない)
いや、もっと言えば——
「終わらせたくない」と、初めて心の底から思った。
それまでは、ただ見ているだけでよかった。
そばにいられれば、それでよかった。
彼女が僕の気持ちに気づかなくても。
僕を“男”として見ていなくても。
……それでも、彼女の“時間の中”にいられるなら、それでよかった。
でも、今は違う。
彼女が僕の人生にとって、ただの“通過点”になるなんて、もう嫌だった。
**
「終わる気配」は、何気ないところに宿る。
話し方のトーン。
笑顔の奥にある疲労感。
視線を合わせる回数の減少。
彼女が、静かに“幕を引こう”としている気配に、
僕は気づいていた。
でも、彼女が引こうとするなら、
僕は“止める側”でいたい。
それは、恋の告白ではなく。
未練でもなく。
ただの、願いでもない。
——“自分の人生にとって、必要な人を、手放したくない”という想いだった。
**
次の金曜日。
僕は、いつもより早く編集部のあるビルに着いた。
入り口のガラス越しに、スタッフの笑い声が聞こえる。
彼女の姿はまだない。
(……今日、なにか言わなきゃ)
何も言わずに終わってしまったら、
きっと本当に、ここが“終着点”になる。
でも、僕はまだ“物語を終わらせたくない”。
そのために——
今日、自分の気持ちを、どんな形でもいいから届けたい。
「好きです」じゃなくていい。
「付き合ってください」でもない。
ただ、“これが終わりじゃない”ということだけ、伝えたい。
**
頭の中で、何度も練習する。
伝え方。
言葉の選び方。
タイミング。
でも、きっと全部、通用しない気がしている。
彼女は、言葉で動く人じゃない。
心の奥を動かすには、
もっとずっと、深い何かが必要なんだ。
そしてそれを、
今の僕はまだ知らない。
それでも。
(知りたい。……この人を)
最後まで知りたい。
その悲しみの色も。
笑い方の癖も。
指輪にこめられた記憶も。
たとえ、振りほどかれたとしても。
僕は今日、彼女の“引こうとする背中”に、
もう一度だけ、手を伸ばすつもりでいる。
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