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第三十三話:「“好き”という言葉を使わなくても、恋は伝わるのだろうか」
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最近、自分のまわりがざわついている。
それは物理的な音ではなく、“空気”のようなもの。
オフィスに行くたびに、女性たちの声が少し弾む。
すれ違えば目線が向く。
微笑まれ、距離を詰められ、
まるで自分が“誰かに選ばれる対象”になってしまったような錯覚。
(これが……“モテる”ってこと、なのかな)
そういうものに縁がなかった人生だった。
男だけの中学と高校。
大学でも文学部の隅で、黙々と小説を書いていた。
自分に恋愛経験がなかったのは、
環境や性格のせいだけじゃない。
そもそも“誰かを好きになる方法”を知らなかった。
でも、今は違う。
僕は今、“好きになる”ということの、真ん中にいる。
**
オフィスでのやり取りが終わって、
共有のミーティングスペースで資料をまとめていると、
また凛華さんが声をかけてきた。
「おつかれさま、純くん。あ、呼び方フランクすぎた?」
「……いえ、大丈夫です」
「よかった。なんかさ、最近あなたと話すたびに緊張しちゃって。
前は“暗い子だな”って思ってたのに、今はちょっとドキドキするくらいで」
軽く笑う声。
冗談に混じっているけれど、
それが“本気の感情”を含んでいるのはわかる。
凛華さんは綺麗で、明るくて、社交的で、
きっと誰とでもすぐに距離を縮められる人だ。
(でも……僕が今、近づきたい人は……)
その瞬間、
ふと視線を感じて、顔を上げる。
少し離れた廊下のガラス越しに、理奈さんの姿があった。
手に書類を持ち、誰かと話しながらも、
ほんの一瞬だけ、こちらを見ていた。
目が合った、と思った瞬間、
彼女はすぐに目をそらした。
でも、ほんの少し——寂しそうに、見えた。
**
(……もしかして、気づいてくれてるのかな)
この気持ちに。
この変化に。
もしかして、
僕の目や声や距離で、
「好きです」なんて言葉を使わなくても、
彼女には届きかけているのかもしれない。
でも——それじゃ、足りない気がしてきた。
**
人は、言葉で人を好きになる。
けれど、言葉はときに人を遠ざけもする。
彼女は、自分の想いに敏感な人だ。
誰かの感情に鋭いぶん、それを“傷”として受け取ってしまうこともある。
だから、僕はずっと「言葉」に慎重だった。
告白なんてしない。
「好きだ」なんて、言わない。
彼女を困らせたくなかった。
でも最近になって、少しずつわかってきた。
——言葉にしないと、届かないものもある。
ましてや彼女のように、過去を背負い、
自分を律して生きてきた人には。
「そんなはずがない」
「これは勘違い」
「私の思い込み」
そうやって、どんな優しさも自分から遠ざけてしまう人には、
ちゃんと言葉で届けなければ、伝わらない。
(……そろそろ、向き合わなきゃいけないのかもしれない)
**
その日の帰り道。
オフィスを出たあと、少しだけ歩いて、
いつもと違う方向の坂道を登った。
街路樹の間から見えた夕焼けが、
ひどく胸に染みた。
指先が、少しだけ震えていた。
理由は、わかってる。
今の僕は、
「好き」と言わないまま、
彼女と“物語の終わり”を迎えようとしている。
**
もしそれが最後のレッスンになったら、
もしそこで彼女が“役割を終えた”と判断したら、
きっと、もう会えなくなる。
(……それだけは、絶対に嫌だ)
そう強く思ったとき、スマートフォンを取り出した。
震える指で文字を打つ。
『社長。次のレッスンのあと、お時間少しいただけませんか』
送信ボタンを押す直前、
ほんの少しだけ迷った。
でも、
もう迷っている時間はない。
——「言葉にしない恋」には、限界がある。
それは物理的な音ではなく、“空気”のようなもの。
オフィスに行くたびに、女性たちの声が少し弾む。
すれ違えば目線が向く。
微笑まれ、距離を詰められ、
まるで自分が“誰かに選ばれる対象”になってしまったような錯覚。
(これが……“モテる”ってこと、なのかな)
そういうものに縁がなかった人生だった。
男だけの中学と高校。
大学でも文学部の隅で、黙々と小説を書いていた。
自分に恋愛経験がなかったのは、
環境や性格のせいだけじゃない。
そもそも“誰かを好きになる方法”を知らなかった。
でも、今は違う。
僕は今、“好きになる”ということの、真ん中にいる。
**
オフィスでのやり取りが終わって、
共有のミーティングスペースで資料をまとめていると、
また凛華さんが声をかけてきた。
「おつかれさま、純くん。あ、呼び方フランクすぎた?」
「……いえ、大丈夫です」
「よかった。なんかさ、最近あなたと話すたびに緊張しちゃって。
前は“暗い子だな”って思ってたのに、今はちょっとドキドキするくらいで」
軽く笑う声。
冗談に混じっているけれど、
それが“本気の感情”を含んでいるのはわかる。
凛華さんは綺麗で、明るくて、社交的で、
きっと誰とでもすぐに距離を縮められる人だ。
(でも……僕が今、近づきたい人は……)
その瞬間、
ふと視線を感じて、顔を上げる。
少し離れた廊下のガラス越しに、理奈さんの姿があった。
手に書類を持ち、誰かと話しながらも、
ほんの一瞬だけ、こちらを見ていた。
目が合った、と思った瞬間、
彼女はすぐに目をそらした。
でも、ほんの少し——寂しそうに、見えた。
**
(……もしかして、気づいてくれてるのかな)
この気持ちに。
この変化に。
もしかして、
僕の目や声や距離で、
「好きです」なんて言葉を使わなくても、
彼女には届きかけているのかもしれない。
でも——それじゃ、足りない気がしてきた。
**
人は、言葉で人を好きになる。
けれど、言葉はときに人を遠ざけもする。
彼女は、自分の想いに敏感な人だ。
誰かの感情に鋭いぶん、それを“傷”として受け取ってしまうこともある。
だから、僕はずっと「言葉」に慎重だった。
告白なんてしない。
「好きだ」なんて、言わない。
彼女を困らせたくなかった。
でも最近になって、少しずつわかってきた。
——言葉にしないと、届かないものもある。
ましてや彼女のように、過去を背負い、
自分を律して生きてきた人には。
「そんなはずがない」
「これは勘違い」
「私の思い込み」
そうやって、どんな優しさも自分から遠ざけてしまう人には、
ちゃんと言葉で届けなければ、伝わらない。
(……そろそろ、向き合わなきゃいけないのかもしれない)
**
その日の帰り道。
オフィスを出たあと、少しだけ歩いて、
いつもと違う方向の坂道を登った。
街路樹の間から見えた夕焼けが、
ひどく胸に染みた。
指先が、少しだけ震えていた。
理由は、わかってる。
今の僕は、
「好き」と言わないまま、
彼女と“物語の終わり”を迎えようとしている。
**
もしそれが最後のレッスンになったら、
もしそこで彼女が“役割を終えた”と判断したら、
きっと、もう会えなくなる。
(……それだけは、絶対に嫌だ)
そう強く思ったとき、スマートフォンを取り出した。
震える指で文字を打つ。
『社長。次のレッスンのあと、お時間少しいただけませんか』
送信ボタンを押す直前、
ほんの少しだけ迷った。
でも、
もう迷っている時間はない。
——「言葉にしない恋」には、限界がある。
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