25歳差の恋愛指南、それは人生最大の不覚でした

naomikoryo

文字の大きさ
34 / 75

第三十四話:「“好きにならないで”って言えば、あなたはやめてくれるの?」

しおりを挟む
スマートフォンの通知音が鳴ったのは、
資料に赤ペンを入れている最中だった。

一度無視しようとした。
でも、“彼かもしれない”と思って、手が止まる。

開いた画面には、
やはり彼の名前。

『社長。次のレッスンのあと、お時間少しいただけませんか』

それだけ。

絵文字も、装飾も、感情的な言葉もない。
けれど、その一文が胸を撃ち抜いた。

(……なぜ?)

理由なんて、聞かなくてもわかってしまう。

彼は、
“言葉にしようとしている”。

これまで避けてきたものを、
ついに彼が口にしようとしている。

**

“終わりの気配”を、
きっと彼も感じているのだろう。

レッスンはあと1~2回で一区切りを迎える。
恋愛小説は最終章に入り、
執筆支援という名目の関係も、自然に終わっていく。

その先に、“何もない未来”を選ぶのが、きっと正しい。

年齢差。
立場。
過去。
未来。

一つ一つが、
私と彼を結びつけるには“重すぎる”。

だから、今まで通りに笑って、
何も知らないふりをしていればよかった。

それが“大人の余裕”であり、
“社長としての矜持”だと信じていた。

なのに。

(“お時間少しいただけませんか”って……何を言おうとしてるの)

怖い。

予感がある。
それを彼の口から聞いてしまったら、
もう、私の理性は保てない。

だから。

——「好きにならないで」って、言えたらいいのに。

**

でも、
その言葉は、口に出せない。

それを言えば、彼はやめてくれるだろう。
彼は、きっと私の言葉に従ってくれる。
無理をせず、引いてくれる。

でも。

(やめてほしいの? 私)

そう問われたら——
答えは、もう、NOだ。

本当は、やめてほしくない。
あのまっすぐな目で、もう一度見てほしい。
あの声で、自分の名前を呼んでほしい。

もう“社長”でも、“教育係”でもなく。
ただの——結城理奈として。

**

気づけば、夜だった。

原稿の山の前で、ペンを持ったまま、
一文字も進んでいなかった。

(……情けない)

49歳にもなって、
こんなにも心を乱されるなんて。

彼は、私の半分にも満たない恋愛経験しかないはずなのに。
むしろ、ゼロに近いのに。

その彼の一言に、
私はこんなにも揺らいでいる。

それが、悔しい。
でも、同時に——愛おしい。

**

指輪に、無意識に触れていた。

薬指にある、亡き夫との証。

彼の代わりなんて、誰もなれない。
でも、代わりを求めてるんじゃない。

それはもう、ずっと前に知っていた。

今の私はただ、
誰かに“必要とされる自分”ではなく、
“選ばれる自分”でいたいだけ。

そして、その想いを向けられたのが彼だったことが、
もう、どうしようもなく誇らしくて、怖い。

**

気づけば、涙が頬を伝っていた。

誰にも見せるはずのなかった涙。
もう何年も、流した記憶のなかった涙。

でも今は、止まらない。

声も出さず、
顔もゆがめず、
ただ静かに、涙だけが流れていく。

純くん。

私、あなたに出会ってから——
ずっと、言えなかったことがあるの。

「ありがとう」
「嬉しかった」
「あなたに見つけられて、よかった」

どれも、たったひと言が言えなかった。

なのに今さら、
あなたが何を伝えようとしているのかがわかって、
怖くて、胸がいっぱいで、
何も返せそうにない。

**

スマートフォンの返信欄を開く。

『わかりました』

それだけの短い文で、一度は閉じようとした。

でも。

(……せめて、何か)

指を戻して、
ほんの一文だけ、追加した。

『わかりました。……私も、少しだけ話したいことがあります』

震える指で、送信。

送った瞬間、涙がまたひとすじ、頬を伝った。

**

「好きにならないで」なんて、言えない。

だって私は今、
あなたに“好きになってもらうこと”を、
何よりも恐れて、
何よりも——望んでしまっている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

処理中です...