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第三十四話:「“好きにならないで”って言えば、あなたはやめてくれるの?」
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スマートフォンの通知音が鳴ったのは、
資料に赤ペンを入れている最中だった。
一度無視しようとした。
でも、“彼かもしれない”と思って、手が止まる。
開いた画面には、
やはり彼の名前。
『社長。次のレッスンのあと、お時間少しいただけませんか』
それだけ。
絵文字も、装飾も、感情的な言葉もない。
けれど、その一文が胸を撃ち抜いた。
(……なぜ?)
理由なんて、聞かなくてもわかってしまう。
彼は、
“言葉にしようとしている”。
これまで避けてきたものを、
ついに彼が口にしようとしている。
**
“終わりの気配”を、
きっと彼も感じているのだろう。
レッスンはあと1~2回で一区切りを迎える。
恋愛小説は最終章に入り、
執筆支援という名目の関係も、自然に終わっていく。
その先に、“何もない未来”を選ぶのが、きっと正しい。
年齢差。
立場。
過去。
未来。
一つ一つが、
私と彼を結びつけるには“重すぎる”。
だから、今まで通りに笑って、
何も知らないふりをしていればよかった。
それが“大人の余裕”であり、
“社長としての矜持”だと信じていた。
なのに。
(“お時間少しいただけませんか”って……何を言おうとしてるの)
怖い。
予感がある。
それを彼の口から聞いてしまったら、
もう、私の理性は保てない。
だから。
——「好きにならないで」って、言えたらいいのに。
**
でも、
その言葉は、口に出せない。
それを言えば、彼はやめてくれるだろう。
彼は、きっと私の言葉に従ってくれる。
無理をせず、引いてくれる。
でも。
(やめてほしいの? 私)
そう問われたら——
答えは、もう、NOだ。
本当は、やめてほしくない。
あのまっすぐな目で、もう一度見てほしい。
あの声で、自分の名前を呼んでほしい。
もう“社長”でも、“教育係”でもなく。
ただの——結城理奈として。
**
気づけば、夜だった。
原稿の山の前で、ペンを持ったまま、
一文字も進んでいなかった。
(……情けない)
49歳にもなって、
こんなにも心を乱されるなんて。
彼は、私の半分にも満たない恋愛経験しかないはずなのに。
むしろ、ゼロに近いのに。
その彼の一言に、
私はこんなにも揺らいでいる。
それが、悔しい。
でも、同時に——愛おしい。
**
指輪に、無意識に触れていた。
薬指にある、亡き夫との証。
彼の代わりなんて、誰もなれない。
でも、代わりを求めてるんじゃない。
それはもう、ずっと前に知っていた。
今の私はただ、
誰かに“必要とされる自分”ではなく、
“選ばれる自分”でいたいだけ。
そして、その想いを向けられたのが彼だったことが、
もう、どうしようもなく誇らしくて、怖い。
**
気づけば、涙が頬を伝っていた。
誰にも見せるはずのなかった涙。
もう何年も、流した記憶のなかった涙。
でも今は、止まらない。
声も出さず、
顔もゆがめず、
ただ静かに、涙だけが流れていく。
純くん。
私、あなたに出会ってから——
ずっと、言えなかったことがあるの。
「ありがとう」
「嬉しかった」
「あなたに見つけられて、よかった」
どれも、たったひと言が言えなかった。
なのに今さら、
あなたが何を伝えようとしているのかがわかって、
怖くて、胸がいっぱいで、
何も返せそうにない。
**
スマートフォンの返信欄を開く。
『わかりました』
それだけの短い文で、一度は閉じようとした。
でも。
(……せめて、何か)
指を戻して、
ほんの一文だけ、追加した。
『わかりました。……私も、少しだけ話したいことがあります』
震える指で、送信。
送った瞬間、涙がまたひとすじ、頬を伝った。
**
「好きにならないで」なんて、言えない。
だって私は今、
あなたに“好きになってもらうこと”を、
何よりも恐れて、
何よりも——望んでしまっている。
資料に赤ペンを入れている最中だった。
一度無視しようとした。
でも、“彼かもしれない”と思って、手が止まる。
開いた画面には、
やはり彼の名前。
『社長。次のレッスンのあと、お時間少しいただけませんか』
それだけ。
絵文字も、装飾も、感情的な言葉もない。
けれど、その一文が胸を撃ち抜いた。
(……なぜ?)
理由なんて、聞かなくてもわかってしまう。
彼は、
“言葉にしようとしている”。
これまで避けてきたものを、
ついに彼が口にしようとしている。
**
“終わりの気配”を、
きっと彼も感じているのだろう。
レッスンはあと1~2回で一区切りを迎える。
恋愛小説は最終章に入り、
執筆支援という名目の関係も、自然に終わっていく。
その先に、“何もない未来”を選ぶのが、きっと正しい。
年齢差。
立場。
過去。
未来。
一つ一つが、
私と彼を結びつけるには“重すぎる”。
だから、今まで通りに笑って、
何も知らないふりをしていればよかった。
それが“大人の余裕”であり、
“社長としての矜持”だと信じていた。
なのに。
(“お時間少しいただけませんか”って……何を言おうとしてるの)
怖い。
予感がある。
それを彼の口から聞いてしまったら、
もう、私の理性は保てない。
だから。
——「好きにならないで」って、言えたらいいのに。
**
でも、
その言葉は、口に出せない。
それを言えば、彼はやめてくれるだろう。
彼は、きっと私の言葉に従ってくれる。
無理をせず、引いてくれる。
でも。
(やめてほしいの? 私)
そう問われたら——
答えは、もう、NOだ。
本当は、やめてほしくない。
あのまっすぐな目で、もう一度見てほしい。
あの声で、自分の名前を呼んでほしい。
もう“社長”でも、“教育係”でもなく。
ただの——結城理奈として。
**
気づけば、夜だった。
原稿の山の前で、ペンを持ったまま、
一文字も進んでいなかった。
(……情けない)
49歳にもなって、
こんなにも心を乱されるなんて。
彼は、私の半分にも満たない恋愛経験しかないはずなのに。
むしろ、ゼロに近いのに。
その彼の一言に、
私はこんなにも揺らいでいる。
それが、悔しい。
でも、同時に——愛おしい。
**
指輪に、無意識に触れていた。
薬指にある、亡き夫との証。
彼の代わりなんて、誰もなれない。
でも、代わりを求めてるんじゃない。
それはもう、ずっと前に知っていた。
今の私はただ、
誰かに“必要とされる自分”ではなく、
“選ばれる自分”でいたいだけ。
そして、その想いを向けられたのが彼だったことが、
もう、どうしようもなく誇らしくて、怖い。
**
気づけば、涙が頬を伝っていた。
誰にも見せるはずのなかった涙。
もう何年も、流した記憶のなかった涙。
でも今は、止まらない。
声も出さず、
顔もゆがめず、
ただ静かに、涙だけが流れていく。
純くん。
私、あなたに出会ってから——
ずっと、言えなかったことがあるの。
「ありがとう」
「嬉しかった」
「あなたに見つけられて、よかった」
どれも、たったひと言が言えなかった。
なのに今さら、
あなたが何を伝えようとしているのかがわかって、
怖くて、胸がいっぱいで、
何も返せそうにない。
**
スマートフォンの返信欄を開く。
『わかりました』
それだけの短い文で、一度は閉じようとした。
でも。
(……せめて、何か)
指を戻して、
ほんの一文だけ、追加した。
『わかりました。……私も、少しだけ話したいことがあります』
震える指で、送信。
送った瞬間、涙がまたひとすじ、頬を伝った。
**
「好きにならないで」なんて、言えない。
だって私は今、
あなたに“好きになってもらうこと”を、
何よりも恐れて、
何よりも——望んでしまっている。
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