25歳差の恋愛指南、それは人生最大の不覚でした

naomikoryo

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第三十五話:「“好きです”の先に、彼女が傷つく未来があるなら」

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好きです――

その言葉を言おうとして、
何度も喉の奥で止まった。

声にならない。
だけど、心の中ではもう、何百回も繰り返している。

(好きです、好きです、好きです……)

繰り返すたびに、その想いは強くなる。
だけど、口に出した瞬間、それがすべてを壊す気がして。
彼女の中で大事に守ってきたものを、
踏みにじるような気がして。

“好きです”の先に、彼女が傷つく未来があるなら。

本当に、言っていいんだろうか――
何度も、自分に問いかけた。

**

金曜日の午後。
編集部の会議室ではなく、理奈さんが選んだ“別室”でのレッスンだった。

壁に小さな絵画が飾られた、静かな応接室。
光が横から差し込んで、彼女の頬にうっすらと陰を落としていた。

その横顔を見るだけで、
胸が締めつけられそうになる。

もう、何も言わずに帰ることはできない。

今日を逃したら、
たぶん、二度と伝えられない気がする。

彼女は、優しすぎるから。
静かに、何も言わずに距離を置くような人だから。

(だから、今日こそ――)

**

打ち合わせが終わる頃、
僕は、机に手を置いたまま言った。

「理奈さん。……すみません、少しだけ、お時間もらえますか」

一瞬、彼女のまぶたが揺れた。
でも、静かに頷いてくれる。

「ええ。もちろん」

その声が、思ったよりも穏やかで、
少しだけ安心する。

でもそれはきっと、彼女なりの“覚悟”の声だったのかもしれない。

**

しばらくの沈黙のあと、
僕は、彼女の目を見た。

「……今日、どうしてもお伝えしたいことがあって来ました」

喉が渇いていた。
でも、震える声は抑えきれない。

「この数ヶ月……理奈さんに“恋”を教わってきて、
物語も書いて、知識としての恋愛も、だいぶ理解できたと思います」

「ええ。そうね。あなたは……本当に、まっすぐな成長をしてくれたわ」

「でも、」
僕は目を逸らさず、続ける。

「それ以上に、理奈さんに出会って、
“恋って、知識じゃなくて感情なんだ”ってことを、
身にしみて、思い知らされました。」

彼女が、少しだけ息を呑むのがわかった。

「これが恋なのか、っていう確信があったわけじゃないです。
でも、何度も、何度も、気づいてしまったんです」

「あなたが笑うと、心が軽くなる。
あなたが黙ると、胸が痛くなる。
あなたの声を聞きたくて、メールを待ってる自分がいて、
何も言われてないのに、“会いたい”って思う日があって……」

少しだけ笑ってみせた。
自分で言ってて、どうしようもなく恥ずかしい。

でも、止まらなかった。

**

「理奈さん。……僕は、あなたが好きです」

言った瞬間、部屋がしんと静まった。

空気が、音を失ったように、どこにも逃げ場がなかった。

彼女は何も言わなかった。
ただ、少しだけ目を伏せたまま、固まっていた。

「それでも、もし、迷惑だったら……嫌だったら、
この想いはちゃんと、ここでしまって、
あなたの部下として、作家として、まっすぐ関わり続けます」

「でも、今だけは……
僕の気持ちを、ちゃんと伝えておきたかった。」

「それが、理奈さんに出会って得た、
一番の“恋愛経験”です」

**

沈黙のまま、時間が過ぎていく。
断られるなら、もう仕方がない。
傷つけてしまったのなら、もう引くしかない。

でもそれでもいい。

僕の想いは、今、確かにここにある。

その事実だけが、僕の中で清々しい光になっていた。

彼女がどんな返事をするかは、もう関係なかった。
それよりも、“伝える”ということが、僕にとっては救いだった。

**

少しして、彼女が小さく口を開いた。

「……ありがとう。そう言ってくれて」

その声が、震えていた。

でも次の言葉は続かなかった。

たぶん彼女は、今もまだ、
言葉を探している。

断るための優しい言葉か。
受け入れるための勇気ある言葉か。

それは、まだわからない。

でも——

(どちらでもいい)

今この瞬間だけは、
彼女と、ただ同じ空気を吸っていられることが、
何よりも大切だった。
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