25歳差の恋愛指南、それは人生最大の不覚でした

naomikoryo

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第三十九話:「誰かの“好意”と、誰かの“想い”は、まったく違うものだ」

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ピンポーン。

夜9時を少し回った頃だった。
パソコンの前でラストシーンの推敲をしていたとき、インターホンが鳴った。

(この時間に誰……?)

モニター越しに映ったのは、佐久間凜華だった。

笑顔で、片手に小さな紙袋を提げて、
何事もなかったようにカメラの前に立っている。

(……なんで、ここに)

一瞬、出るのを迷った。
けれど無視できるわけもなく、
オートロックを開けてしまった。

すぐにチャイムが鳴る。
玄関を開けると、凜華が「やっほー」と軽く手を振った。

「こんな時間にごめんね。突然。
ちょっとだけ……原稿、確認したくて」

その声は明るい。
けれど、その瞳の奥には“確認以上の目的”が、はっきりと宿っていた。

**

部屋に上がった凜華は、手慣れた様子でキッチンを覗き、
「お水もらっていい?」と聞く前にグラスを手にしていた。

そして、リビングのローテーブルに座り、紙袋を差し出す。

「差し入れ。コンビニのスイーツだけど。
甘いもの好きだったよね、確か」

「ありがとうございます」

形式的に受け取る。
だが、居心地は悪い。

凜華は足を組み、こちらを見つめたまま、
薄く笑った。

「純くんって、こういう部屋に住んでるんだ。
なんか意外に……ちゃんとしてるね。生活感ある」

「……そうですか」

「うん。いい意味で。
で、さ――原稿の話もあるんだけど」

ふいに目線が強くなる。

「最近、社長とはどう? ……って、聞いちゃいけない質問か」

黙っていた。

何を言っても、
彼女はもう“答えを見に来ている”だけなのだと感じたから。

凜華は膝に置いた手をすこしずつ、自分の太ももからこちら側へとずらしてくる。

「ねえ、純くん。正直、さ……」
「今のあなたなら、わたしとも、ちゃんと合うと思うんだよね」

声が甘く、意図が明確だった。

(……社長にも、こう言ったんだ)

そのことを思い出して、微かな怒りが湧いた。

「佐久間さん。……今日は、原稿の話だけにしましょう」

言葉は静かだった。
でも、はっきりとした“線”を引いた。

凜華の目が一瞬だけ泳いだ。
でも、すぐに笑みに戻る。

「……まじめだね、ほんとに。
でもさ、そういうとこが、
たまにちょっと惜しいっていうか」

「“惜しい”ですか?」

「そう。理奈社長がね、手を出さないのも、
たぶんあなたが“まじめすぎる”からだよ。
もっと流されてくれたら、案外うまくいくのに」

その言葉に、今度ははっきりとした怒りが浮かんだ。

「僕は……社長の気持ちを、軽く扱うつもりはありません」

「え?」

「誰かに“惹かれる”って、
軽く流されることじゃないと思うんです。
たとえ相手にその気がなかったとしても、
僕は……“本気で”好きになったから、ちゃんと伝えたんです」

凜華が、そこで笑みを崩した。

「……そっか。
ま、そりゃそうだよね。社長って、そういう人だもんね。
やっぱ“量産型の好意”なんかで勝てる相手じゃないか」

「……すみません。今日は、お帰りください」

玄関を指すでもなく、
でも拒絶の意志は、明確に伝えた。

しばらく黙ったあと、
凜華はふっと小さく笑った。

「なんか、ズルいね。純くんって」

「え?」

「社長に“ちゃんと選ばせる”ように仕向けてるくせに、
全然、自分は揺れない顔してさ」

その言葉に、言葉を返せなかった。

(……ズルい、か)

彼女の視点から見れば、そうなのかもしれない。

でも、僕にとっては――
選ばれるために揺れないようにしてるだけだ。

心の中は、本当は今も、ずっと不安でいっぱいだ。

でも、それを見せたくなかった。

理奈さんにとって、
“頼れる大人の男”でいたかったから。

**

凜華は立ち上がって、
「じゃ、帰る」とだけ言って玄関に向かった。

ドアを開ける直前、
ふとこちらを振り返って言った。

「ほんとに、社長のこと……好きなんだね」

「はい」

一言だけ、まっすぐに答えた。

凜華は、それ以上何も言わず、
音もなくドアを閉めていった。

**

静まり返った部屋。
差し入れのスイーツが、テーブルの上に残っている。

開ける気にはなれなかった。

代わりに、未送信のメールを開く。
宛先は、理奈さん。

『お変わりありませんか』

それだけ書いて、指が止まる。

送るべきか、待つべきか。
まだ、彼女の中で答えは出ていない気がして。

画面を閉じ、
一度だけ深く息を吐いた。

好かれることと、惹かれることは違う。

今、僕が欲しいのは――
“彼女が僕を選ぶこと”だけ。

それだけが、
この想いのすべてだ。
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