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第三十九話:「誰かの“好意”と、誰かの“想い”は、まったく違うものだ」
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ピンポーン。
夜9時を少し回った頃だった。
パソコンの前でラストシーンの推敲をしていたとき、インターホンが鳴った。
(この時間に誰……?)
モニター越しに映ったのは、佐久間凜華だった。
笑顔で、片手に小さな紙袋を提げて、
何事もなかったようにカメラの前に立っている。
(……なんで、ここに)
一瞬、出るのを迷った。
けれど無視できるわけもなく、
オートロックを開けてしまった。
すぐにチャイムが鳴る。
玄関を開けると、凜華が「やっほー」と軽く手を振った。
「こんな時間にごめんね。突然。
ちょっとだけ……原稿、確認したくて」
その声は明るい。
けれど、その瞳の奥には“確認以上の目的”が、はっきりと宿っていた。
**
部屋に上がった凜華は、手慣れた様子でキッチンを覗き、
「お水もらっていい?」と聞く前にグラスを手にしていた。
そして、リビングのローテーブルに座り、紙袋を差し出す。
「差し入れ。コンビニのスイーツだけど。
甘いもの好きだったよね、確か」
「ありがとうございます」
形式的に受け取る。
だが、居心地は悪い。
凜華は足を組み、こちらを見つめたまま、
薄く笑った。
「純くんって、こういう部屋に住んでるんだ。
なんか意外に……ちゃんとしてるね。生活感ある」
「……そうですか」
「うん。いい意味で。
で、さ――原稿の話もあるんだけど」
ふいに目線が強くなる。
「最近、社長とはどう? ……って、聞いちゃいけない質問か」
黙っていた。
何を言っても、
彼女はもう“答えを見に来ている”だけなのだと感じたから。
凜華は膝に置いた手をすこしずつ、自分の太ももからこちら側へとずらしてくる。
「ねえ、純くん。正直、さ……」
「今のあなたなら、わたしとも、ちゃんと合うと思うんだよね」
声が甘く、意図が明確だった。
(……社長にも、こう言ったんだ)
そのことを思い出して、微かな怒りが湧いた。
「佐久間さん。……今日は、原稿の話だけにしましょう」
言葉は静かだった。
でも、はっきりとした“線”を引いた。
凜華の目が一瞬だけ泳いだ。
でも、すぐに笑みに戻る。
「……まじめだね、ほんとに。
でもさ、そういうとこが、
たまにちょっと惜しいっていうか」
「“惜しい”ですか?」
「そう。理奈社長がね、手を出さないのも、
たぶんあなたが“まじめすぎる”からだよ。
もっと流されてくれたら、案外うまくいくのに」
その言葉に、今度ははっきりとした怒りが浮かんだ。
「僕は……社長の気持ちを、軽く扱うつもりはありません」
「え?」
「誰かに“惹かれる”って、
軽く流されることじゃないと思うんです。
たとえ相手にその気がなかったとしても、
僕は……“本気で”好きになったから、ちゃんと伝えたんです」
凜華が、そこで笑みを崩した。
「……そっか。
ま、そりゃそうだよね。社長って、そういう人だもんね。
やっぱ“量産型の好意”なんかで勝てる相手じゃないか」
「……すみません。今日は、お帰りください」
玄関を指すでもなく、
でも拒絶の意志は、明確に伝えた。
しばらく黙ったあと、
凜華はふっと小さく笑った。
「なんか、ズルいね。純くんって」
「え?」
「社長に“ちゃんと選ばせる”ように仕向けてるくせに、
全然、自分は揺れない顔してさ」
その言葉に、言葉を返せなかった。
(……ズルい、か)
彼女の視点から見れば、そうなのかもしれない。
でも、僕にとっては――
選ばれるために揺れないようにしてるだけだ。
心の中は、本当は今も、ずっと不安でいっぱいだ。
でも、それを見せたくなかった。
理奈さんにとって、
“頼れる大人の男”でいたかったから。
**
凜華は立ち上がって、
「じゃ、帰る」とだけ言って玄関に向かった。
ドアを開ける直前、
ふとこちらを振り返って言った。
「ほんとに、社長のこと……好きなんだね」
「はい」
一言だけ、まっすぐに答えた。
凜華は、それ以上何も言わず、
音もなくドアを閉めていった。
**
静まり返った部屋。
差し入れのスイーツが、テーブルの上に残っている。
開ける気にはなれなかった。
代わりに、未送信のメールを開く。
宛先は、理奈さん。
『お変わりありませんか』
それだけ書いて、指が止まる。
送るべきか、待つべきか。
まだ、彼女の中で答えは出ていない気がして。
画面を閉じ、
一度だけ深く息を吐いた。
好かれることと、惹かれることは違う。
今、僕が欲しいのは――
“彼女が僕を選ぶこと”だけ。
それだけが、
この想いのすべてだ。
夜9時を少し回った頃だった。
パソコンの前でラストシーンの推敲をしていたとき、インターホンが鳴った。
(この時間に誰……?)
モニター越しに映ったのは、佐久間凜華だった。
笑顔で、片手に小さな紙袋を提げて、
何事もなかったようにカメラの前に立っている。
(……なんで、ここに)
一瞬、出るのを迷った。
けれど無視できるわけもなく、
オートロックを開けてしまった。
すぐにチャイムが鳴る。
玄関を開けると、凜華が「やっほー」と軽く手を振った。
「こんな時間にごめんね。突然。
ちょっとだけ……原稿、確認したくて」
その声は明るい。
けれど、その瞳の奥には“確認以上の目的”が、はっきりと宿っていた。
**
部屋に上がった凜華は、手慣れた様子でキッチンを覗き、
「お水もらっていい?」と聞く前にグラスを手にしていた。
そして、リビングのローテーブルに座り、紙袋を差し出す。
「差し入れ。コンビニのスイーツだけど。
甘いもの好きだったよね、確か」
「ありがとうございます」
形式的に受け取る。
だが、居心地は悪い。
凜華は足を組み、こちらを見つめたまま、
薄く笑った。
「純くんって、こういう部屋に住んでるんだ。
なんか意外に……ちゃんとしてるね。生活感ある」
「……そうですか」
「うん。いい意味で。
で、さ――原稿の話もあるんだけど」
ふいに目線が強くなる。
「最近、社長とはどう? ……って、聞いちゃいけない質問か」
黙っていた。
何を言っても、
彼女はもう“答えを見に来ている”だけなのだと感じたから。
凜華は膝に置いた手をすこしずつ、自分の太ももからこちら側へとずらしてくる。
「ねえ、純くん。正直、さ……」
「今のあなたなら、わたしとも、ちゃんと合うと思うんだよね」
声が甘く、意図が明確だった。
(……社長にも、こう言ったんだ)
そのことを思い出して、微かな怒りが湧いた。
「佐久間さん。……今日は、原稿の話だけにしましょう」
言葉は静かだった。
でも、はっきりとした“線”を引いた。
凜華の目が一瞬だけ泳いだ。
でも、すぐに笑みに戻る。
「……まじめだね、ほんとに。
でもさ、そういうとこが、
たまにちょっと惜しいっていうか」
「“惜しい”ですか?」
「そう。理奈社長がね、手を出さないのも、
たぶんあなたが“まじめすぎる”からだよ。
もっと流されてくれたら、案外うまくいくのに」
その言葉に、今度ははっきりとした怒りが浮かんだ。
「僕は……社長の気持ちを、軽く扱うつもりはありません」
「え?」
「誰かに“惹かれる”って、
軽く流されることじゃないと思うんです。
たとえ相手にその気がなかったとしても、
僕は……“本気で”好きになったから、ちゃんと伝えたんです」
凜華が、そこで笑みを崩した。
「……そっか。
ま、そりゃそうだよね。社長って、そういう人だもんね。
やっぱ“量産型の好意”なんかで勝てる相手じゃないか」
「……すみません。今日は、お帰りください」
玄関を指すでもなく、
でも拒絶の意志は、明確に伝えた。
しばらく黙ったあと、
凜華はふっと小さく笑った。
「なんか、ズルいね。純くんって」
「え?」
「社長に“ちゃんと選ばせる”ように仕向けてるくせに、
全然、自分は揺れない顔してさ」
その言葉に、言葉を返せなかった。
(……ズルい、か)
彼女の視点から見れば、そうなのかもしれない。
でも、僕にとっては――
選ばれるために揺れないようにしてるだけだ。
心の中は、本当は今も、ずっと不安でいっぱいだ。
でも、それを見せたくなかった。
理奈さんにとって、
“頼れる大人の男”でいたかったから。
**
凜華は立ち上がって、
「じゃ、帰る」とだけ言って玄関に向かった。
ドアを開ける直前、
ふとこちらを振り返って言った。
「ほんとに、社長のこと……好きなんだね」
「はい」
一言だけ、まっすぐに答えた。
凜華は、それ以上何も言わず、
音もなくドアを閉めていった。
**
静まり返った部屋。
差し入れのスイーツが、テーブルの上に残っている。
開ける気にはなれなかった。
代わりに、未送信のメールを開く。
宛先は、理奈さん。
『お変わりありませんか』
それだけ書いて、指が止まる。
送るべきか、待つべきか。
まだ、彼女の中で答えは出ていない気がして。
画面を閉じ、
一度だけ深く息を吐いた。
好かれることと、惹かれることは違う。
今、僕が欲しいのは――
“彼女が僕を選ぶこと”だけ。
それだけが、
この想いのすべてだ。
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