25歳差の恋愛指南、それは人生最大の不覚でした

naomikoryo

文字の大きさ
40 / 75

第四十話:「“あなたの家に行こうとした彼女がいる”というだけで、胸が張り裂けそうになるのはなぜ」

しおりを挟む
「昨日、佐久間さん、新田くんの家に行ったらしいですよー。原稿の確認とか言って」

昼休み、スタッフルームでの会話。

たまたま通りがかったときに耳にした、その一言が、
胸に杭のように刺さった。

歩く足が止まりそうになる。
けれど何事もなかった顔で、通り過ぎる。

(そう……行ったのね)

心の中で何度も繰り返す。
“行った”という事実だけが、
自分の中で想像より遥かに大きな波紋を生んでいた。

**

その日一日、仕事が手につかなかった。

会議中も書類を読むふりをして、
気づけば視線はページを滑っているだけ。
部下の声が上滑りして、
数字も言葉も、心に入ってこない。

(別に……あの子は自由よ。誰が来ようと、迎えようと。
私が口を出すことじゃない)

(私は、あの子の何?)

自問して、答えられなかった。

想いを告げられた。
けれど、“待って”としか返せなかった。
それ以上、何も言っていない。

それなのに――
彼の部屋に“誰か”が入るだけで、
自分の中の何かが音を立てて崩れていく。

(……情けない)

自分でもわかっている。
49歳。会社の社長。
世間的には“分別のある大人”であるはずの自分が、
こんなにも取り乱すなんて。

でも、止められなかった。

**

夜。
帰宅後、いつものように部屋着に着替え、
リビングでスマホを見つめる。

彼からのメッセージは、なかった。

(来ない……当然よね。きっと、何もなかった。
彼ならきちんと断れる)

信じてる。
でも、それでも――
「何もなかった」ことを確かめたい、という気持ちが消えない。

(そんなの、最低だわ。……私、なにしてるの)

彼は、あの子は――
今も変わらず私の気持ちを待っている。

自分から伝えておいて、返事を保留されても、
責めもせず、ただ黙って待ってくれている。

それが、どれほど残酷なことか。
その姿勢が、どれほど私を追い詰めているか。

(こんなにも……愛されているのに)

なのに。

どうして、私は。

**

指輪を外す。

音もなく、薬指からそれを抜いた。

小さなリングが、掌の中にひとつ。
23年間、肌の一部のように存在していたもの。

(……あなたは、もう許してくれるわよね)

夫の顔が思い浮かぶ。

何年も前に、優しい笑顔のまま別れてしまった人。

あなたのことを、今でも大切に想ってる。
でも、それとは別の感情が、
こんなにも大きく私を支配してしまっている。

(私は、新田くんを――好きになってしまったの)

**

深夜、思い切ってスマートフォンを開いた。
メッセージアプリを立ち上げて、
彼とのやり取りを遡る。

そして、新しい文面を打ち始める。

『お仕事、進んでいますか?』

指が止まる。

この言い方ではまるで他人行儀すぎる。

書いては消し、また打ち直す。

『……昨日、佐久間さんが伺ったと聞きました』

それだけ書いたところで、手が震えた。

(こんな言い方……まるで、嫉妬してるみたい)

でも、それ以上にもう、止められなかった。

正直になりたい。
この想いを、やっと伝えたくなっている。

もう、嘘をついていたくない。

そう思って、さらに続ける。

『あなたが誰と会っていても、何をしていても、
私には口を出す資格なんてないのはわかってる。
でも……どうしようもなく、胸が苦しくなりました。』

『あなたを“待たせている”のに、
誰かに近づかれることが、こんなに怖いなんて……』

最後に一言だけ。

『……私、ずるいですね』

送信ボタンを押した瞬間、
指が震えたまま、膝の上に置いた手のひらに汗がにじんでいた。

けれど――

もう、止まらなかった。

**

1分後、返信が届く。

『ずるくなんかありません。
僕は、あなたがそのままの気持ちを言ってくれることが、いちばん嬉しいです。』

その優しい言葉に、
ぽた、と涙がこぼれた。

もう、泣かないと思っていたのに。

(……ありがとう)

心の中でそっと呟いて、
私はテーブルの上のリングケースを、そっと閉じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

処理中です...