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第四十二話:「“好きみたい”なんて言葉で済ませられるほど、軽くはなかった」
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「あんたが“恋”で悩むとか、何年ぶりよ?」
居酒屋の個室で、生ビールを片手に笑うのは、
学生時代からの友人、橘涼子(たちばな・りょうこ)。
同い年、50歳。
都内の広告代理店でバリバリ働く女で、
結婚も離婚も経験済み。
今は独身生活を満喫している自由な女。
「……別に悩んでるってほどじゃないんだけど」
「はいはい、また出た社長モード。
いいから今日はスーツ脱いだ気分で飲みなさい。ほら、焼き鳥焼き鳥!」
涼子とは、たまにこうして“女の顔”に戻れる。
普段、私は社員たちの前では“氷の令嬢”と呼ばれているらしいけど――
涼子の前では、昔の私のままだ。
**
「あのね、ちょっと相談っていうか……」
言葉を切ると、涼子がピタッと箸を止めた。
目が笑っている。
“やっと本題ね”という顔。
「うちの若手作家に、24歳の男の子がいて……」
「はあはあ」
「恋愛小説を書くために、恋愛経験を“擬似的に学びたい”って言ってきたの。
最初は、若い子たちに任せてたんだけど……色々あって、今は私が教えてて」
「ふうん。で?」
「……その子に、告白されたの」
一瞬、涼子の目が大きく見開かれたかと思うと、
次の瞬間には爆笑していた。
「ちょ、マジ!? 結城理奈、社内恋愛未遂!? てか24歳!?」
「未遂じゃなくて、完全に私が逃げてるだけ」
「なによそれ、最高の展開じゃないの。なに逃げてんの、あんたも女でしょ?」
「……だって25歳も年下なのよ。
彼は本気で言ってくれてるのかもしれないけど、
受け入れるって、怖いの」
その言葉に、涼子が少し真面目な顔になる。
「本気で言ってくれてるって思えるのに、
自分が本気になるのは怖いんだ?」
理奈は頷いた。
その頷きには、ため息がついていた。
「……“好きみたい”とか、軽く言える感じじゃないの。
心が……全部持ってかれそうで。
だから、一歩が踏み出せないのよ」
涼子はしばらく黙っていたが、
突然ニヤリと笑って理奈のスマホを手に取った。
「ちょっとトイレ行ってきなさいよ。代わりに注文しておくから」
「え、いいけど……勝手に酒足さないでよ」
理奈が笑いながら立ち上がる。
その背中を見送った涼子は、ニヤニヤしながらスマホを操作した。
(――さて、理奈の殻、割ってやろ)
そして、涼子は
“新田純”宛に、理奈の口調で短い一文を送信した。
『ごめんなさい、少し酔ってしまったかも……迎えに来てくれたら嬉しいです』
送った後、スマホをそっとテーブルに戻した。
悪戯のようで、でも心からの応援のようで。
「私はあなたの味方よ」という気持ちを込めて。
**
30分後。
ちょうど理奈がトイレから戻り、
涼子と再び話し始めた頃――
二人の席に、中年サラリーマン3人組が近づいてきた。
「ねえねえ、お姉さんたちだけじゃ寂しいでしょ?
ご一緒させてくれない?」
「ごめんなさい。今、女子会なので」
理奈が笑顔でやんわりと断ると、
男たちのうち一人が、急に機嫌を損ねたように口を尖らせる。
「なんだよ~。愛想ねえな。
……おばさんたちだけじゃ淋しいと思って声かけてやったのによ~!」
次の瞬間、
個室の入口に、スッと一人の男が現れた。
長身、端正な顔立ち。
黒のジャケットにシンプルなシャツ。
そのままライトノベルの表紙から抜け出したような――
新田純だった。
周囲の空気が、ふっと変わる。
彼は無言のまま、
理奈と涼子、そして男たちの間に立った。
そして、
まるで王子様が敵を退けるように、
冷静に、でも皮肉の効いた笑みを浮かべて言った。
「いやだなぁ、おっさんって。
こんなに綺麗な女性たちがわからなくなってしまうんですね」
――まるで、
最近読んだラノベのイケメン王子の決め台詞そのままに。
「なっ……誰だお前は!」
「彼女を迎えに来ただけです。
だからもう、手を引いてください。
……これ以上、品位を下げないでくださいね?」
そう告げた純の声は低く、穏やかで、
でも背筋が凍るほどの静かな怒気があった。
個室の外で聞いていた若い女性客たちが、
「え……誰、あれイケメンすぎ……」
「今の聞いた!?まじ王子じゃん!」とざわめき、スマホを取り出し、こっそり撮影していた。
「いい加減にしろよ!」
酔っ払いの1人が声を荒げたが、
店員がすぐに飛んできてその場をおさめた。
純は静かに理奈の隣に立ち、
軽く頭を下げた。
「……ごめんなさい。事を荒立ててしまって…」
理奈は言葉が出なかった。
(なんで……来てくれたの? どうして……)
けれど、何も言えなかったのは、
彼があまりにも頼もしく、あまりにも“男”だったから。
**
後日――
あの“王子様登場事件”は、
スマホ動画としてTikTokやX(旧Twitter)で拡散される。
『年上美女を守るラノベ作家が現実に!?』
『令嬢社長と年下作家の実録恋バナ』
という形で“美談”としてバズり、
純の名前と作品タイトルは一気に拡散。
売れ行きが低迷していた単行本が重版決定、ネット書店でもランキング急上昇。
理奈の会社も取材依頼が殺到し、
翌週には週刊誌が「年上美人社長と若手天才作家の恋」としてスクープ記事を掲載。
しかし――
記事の最後には、こう書かれていた。
「恋の行方は、あくまで“まだ未確定”。
理性と想いの間で揺れる二人の結末は、誰にもわからない――。」
居酒屋の個室で、生ビールを片手に笑うのは、
学生時代からの友人、橘涼子(たちばな・りょうこ)。
同い年、50歳。
都内の広告代理店でバリバリ働く女で、
結婚も離婚も経験済み。
今は独身生活を満喫している自由な女。
「……別に悩んでるってほどじゃないんだけど」
「はいはい、また出た社長モード。
いいから今日はスーツ脱いだ気分で飲みなさい。ほら、焼き鳥焼き鳥!」
涼子とは、たまにこうして“女の顔”に戻れる。
普段、私は社員たちの前では“氷の令嬢”と呼ばれているらしいけど――
涼子の前では、昔の私のままだ。
**
「あのね、ちょっと相談っていうか……」
言葉を切ると、涼子がピタッと箸を止めた。
目が笑っている。
“やっと本題ね”という顔。
「うちの若手作家に、24歳の男の子がいて……」
「はあはあ」
「恋愛小説を書くために、恋愛経験を“擬似的に学びたい”って言ってきたの。
最初は、若い子たちに任せてたんだけど……色々あって、今は私が教えてて」
「ふうん。で?」
「……その子に、告白されたの」
一瞬、涼子の目が大きく見開かれたかと思うと、
次の瞬間には爆笑していた。
「ちょ、マジ!? 結城理奈、社内恋愛未遂!? てか24歳!?」
「未遂じゃなくて、完全に私が逃げてるだけ」
「なによそれ、最高の展開じゃないの。なに逃げてんの、あんたも女でしょ?」
「……だって25歳も年下なのよ。
彼は本気で言ってくれてるのかもしれないけど、
受け入れるって、怖いの」
その言葉に、涼子が少し真面目な顔になる。
「本気で言ってくれてるって思えるのに、
自分が本気になるのは怖いんだ?」
理奈は頷いた。
その頷きには、ため息がついていた。
「……“好きみたい”とか、軽く言える感じじゃないの。
心が……全部持ってかれそうで。
だから、一歩が踏み出せないのよ」
涼子はしばらく黙っていたが、
突然ニヤリと笑って理奈のスマホを手に取った。
「ちょっとトイレ行ってきなさいよ。代わりに注文しておくから」
「え、いいけど……勝手に酒足さないでよ」
理奈が笑いながら立ち上がる。
その背中を見送った涼子は、ニヤニヤしながらスマホを操作した。
(――さて、理奈の殻、割ってやろ)
そして、涼子は
“新田純”宛に、理奈の口調で短い一文を送信した。
『ごめんなさい、少し酔ってしまったかも……迎えに来てくれたら嬉しいです』
送った後、スマホをそっとテーブルに戻した。
悪戯のようで、でも心からの応援のようで。
「私はあなたの味方よ」という気持ちを込めて。
**
30分後。
ちょうど理奈がトイレから戻り、
涼子と再び話し始めた頃――
二人の席に、中年サラリーマン3人組が近づいてきた。
「ねえねえ、お姉さんたちだけじゃ寂しいでしょ?
ご一緒させてくれない?」
「ごめんなさい。今、女子会なので」
理奈が笑顔でやんわりと断ると、
男たちのうち一人が、急に機嫌を損ねたように口を尖らせる。
「なんだよ~。愛想ねえな。
……おばさんたちだけじゃ淋しいと思って声かけてやったのによ~!」
次の瞬間、
個室の入口に、スッと一人の男が現れた。
長身、端正な顔立ち。
黒のジャケットにシンプルなシャツ。
そのままライトノベルの表紙から抜け出したような――
新田純だった。
周囲の空気が、ふっと変わる。
彼は無言のまま、
理奈と涼子、そして男たちの間に立った。
そして、
まるで王子様が敵を退けるように、
冷静に、でも皮肉の効いた笑みを浮かべて言った。
「いやだなぁ、おっさんって。
こんなに綺麗な女性たちがわからなくなってしまうんですね」
――まるで、
最近読んだラノベのイケメン王子の決め台詞そのままに。
「なっ……誰だお前は!」
「彼女を迎えに来ただけです。
だからもう、手を引いてください。
……これ以上、品位を下げないでくださいね?」
そう告げた純の声は低く、穏やかで、
でも背筋が凍るほどの静かな怒気があった。
個室の外で聞いていた若い女性客たちが、
「え……誰、あれイケメンすぎ……」
「今の聞いた!?まじ王子じゃん!」とざわめき、スマホを取り出し、こっそり撮影していた。
「いい加減にしろよ!」
酔っ払いの1人が声を荒げたが、
店員がすぐに飛んできてその場をおさめた。
純は静かに理奈の隣に立ち、
軽く頭を下げた。
「……ごめんなさい。事を荒立ててしまって…」
理奈は言葉が出なかった。
(なんで……来てくれたの? どうして……)
けれど、何も言えなかったのは、
彼があまりにも頼もしく、あまりにも“男”だったから。
**
後日――
あの“王子様登場事件”は、
スマホ動画としてTikTokやX(旧Twitter)で拡散される。
『年上美女を守るラノベ作家が現実に!?』
『令嬢社長と年下作家の実録恋バナ』
という形で“美談”としてバズり、
純の名前と作品タイトルは一気に拡散。
売れ行きが低迷していた単行本が重版決定、ネット書店でもランキング急上昇。
理奈の会社も取材依頼が殺到し、
翌週には週刊誌が「年上美人社長と若手天才作家の恋」としてスクープ記事を掲載。
しかし――
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