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第五十三話:「“恋じゃなくてもいい”なんて、嘘だった。私はやっぱり、彼に恋をしている」
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"恋じゃなくてもいい"――
そう思っていた。
思い込もうとしていた。
彼の隣に立つ理由は、もっと建設的で、
もっと理性的で、
仕事を通じた信頼や、才能への敬意からだと。
けれど、それは全部、
ただの“言い訳”だったのかもしれない。
(……私は、あの子に恋をしている)
はっきりとそう思ったのは、
今日、ほんの些細な出来事がきっかけだった。
**
朝、社内。
「理奈さん、おはようございます」
ドアを開けてすぐのその声に、
思わず目を見張った。
そこには、新田くんがいた。
少しだけ髪が伸びていて、
柔らかな表情を浮かべて立っていた。
季節に合わせた薄手のコート。
下にはラフなシャツと黒いパンツ。
決して華美ではないのに、
ひと目で“見惚れる”と感じてしまった。
「おはよう……今日はオフィスに?」
「はい。今月の販促資料、手渡ししたほうがいいと思って……」
ほんの一言交わしただけなのに、
胸の奥が、じんわりと熱を持つ。
(……なんなの、この気持ち)
自分でも戸惑うほど、
彼の言葉や表情ひとつひとつが、
心の奥に染み込んでくる。
**
午前中は会議続きだった。
頭ではずっと仕事のことを考えているのに、
ふと気を抜いた瞬間、彼の横顔が思い浮かぶ。
コピー機の前で清美と笑い合っていたあの顔。
資料を片手に、真剣な眼差しを向けていたあの横顔。
(……好きになってしまったんだわ、きっと)
今さらそんなことを実感するなんて、
なんて手遅れで、
なんて可笑しいのだろう。
けれど、止めようとしていた感情が、
今日の彼の姿を見ただけで、
溢れてしまった。
**
お昼過ぎ。
ふと、彼と清美が話しているのが聞こえてきた。
「先生、最近なんか雰囲気変わりましたよね~。
文章のテンポが優しくなったっていうか、
キャラの心情がすごく繊細になってて」
「……そう、ですかね」
「あ! ていうか、前に比べて先生、
“誰かのために書いてる”って感じがするんですよ」
誰かのために――
その言葉に、胸がふっと締め付けられる。
私の知らないところで、
彼はちゃんと前に進んでいる。
私の存在が、彼の支えになっているとしたら……
私の想いが、彼の言葉に力を与えているとしたら――
それは、
どんな贈り物よりも嬉しい。
(彼のためにできることを、
もっと探したい)
その気持ちが、
もう“恋”であることは、否定できなかった。
**
夕方。
彼が帰る間際、ふと私のデスクに近づいた。
「……あの、理奈さん」
「ええ、何かしら?」
「今日はありがとうございました。
みなさん、あたたかくて……
なんというか、すごく安心しました」
「それは……あなたの人柄よ。
皆、あなたを見てる。
そして信じてるわ」
彼は少しだけ目を伏せて、
それから、はにかむように微笑んだ。
「……僕も、ちゃんと信じられるようになってきました。
人の優しさとか、言葉のあたたかさとか。
……理奈さんが、教えてくれたんです」
その瞬間だった。
胸の奥に、
ぱっと火がついたような衝撃。
理屈なんかじゃない。
仕事でも、義務でもない。
この人が誰かに優しくされて、
それを喜んでくれていることが、
こんなにも愛おしい。
それだけで、もう十分だった。
(“恋じゃなくてもいい”なんて、嘘だった)
私は、
間違いなくこの子に――
この人に、恋をしている。
**
夜、自宅。
ワイングラスを傾けながら、
静かに窓の外の月を眺める。
今夜の月は、少しだけ丸くなっていた。
次の満月には、何が変わっているだろう。
私は、変われるだろうか。
年齢も、立場も、過去もすべて。
恋を言い訳にせず、
誰かを愛することを肯定できる自分に――
**
スマホを開いて、
ふとLINEのメッセージ画面を見る。
“ありがとう”
そのたった一言が、
彼との新しい扉を静かに開いてくれた。
今度は私が――
彼の未来に、優しさで灯りを点してあげたい。
そう思った。
そう思っていた。
思い込もうとしていた。
彼の隣に立つ理由は、もっと建設的で、
もっと理性的で、
仕事を通じた信頼や、才能への敬意からだと。
けれど、それは全部、
ただの“言い訳”だったのかもしれない。
(……私は、あの子に恋をしている)
はっきりとそう思ったのは、
今日、ほんの些細な出来事がきっかけだった。
**
朝、社内。
「理奈さん、おはようございます」
ドアを開けてすぐのその声に、
思わず目を見張った。
そこには、新田くんがいた。
少しだけ髪が伸びていて、
柔らかな表情を浮かべて立っていた。
季節に合わせた薄手のコート。
下にはラフなシャツと黒いパンツ。
決して華美ではないのに、
ひと目で“見惚れる”と感じてしまった。
「おはよう……今日はオフィスに?」
「はい。今月の販促資料、手渡ししたほうがいいと思って……」
ほんの一言交わしただけなのに、
胸の奥が、じんわりと熱を持つ。
(……なんなの、この気持ち)
自分でも戸惑うほど、
彼の言葉や表情ひとつひとつが、
心の奥に染み込んでくる。
**
午前中は会議続きだった。
頭ではずっと仕事のことを考えているのに、
ふと気を抜いた瞬間、彼の横顔が思い浮かぶ。
コピー機の前で清美と笑い合っていたあの顔。
資料を片手に、真剣な眼差しを向けていたあの横顔。
(……好きになってしまったんだわ、きっと)
今さらそんなことを実感するなんて、
なんて手遅れで、
なんて可笑しいのだろう。
けれど、止めようとしていた感情が、
今日の彼の姿を見ただけで、
溢れてしまった。
**
お昼過ぎ。
ふと、彼と清美が話しているのが聞こえてきた。
「先生、最近なんか雰囲気変わりましたよね~。
文章のテンポが優しくなったっていうか、
キャラの心情がすごく繊細になってて」
「……そう、ですかね」
「あ! ていうか、前に比べて先生、
“誰かのために書いてる”って感じがするんですよ」
誰かのために――
その言葉に、胸がふっと締め付けられる。
私の知らないところで、
彼はちゃんと前に進んでいる。
私の存在が、彼の支えになっているとしたら……
私の想いが、彼の言葉に力を与えているとしたら――
それは、
どんな贈り物よりも嬉しい。
(彼のためにできることを、
もっと探したい)
その気持ちが、
もう“恋”であることは、否定できなかった。
**
夕方。
彼が帰る間際、ふと私のデスクに近づいた。
「……あの、理奈さん」
「ええ、何かしら?」
「今日はありがとうございました。
みなさん、あたたかくて……
なんというか、すごく安心しました」
「それは……あなたの人柄よ。
皆、あなたを見てる。
そして信じてるわ」
彼は少しだけ目を伏せて、
それから、はにかむように微笑んだ。
「……僕も、ちゃんと信じられるようになってきました。
人の優しさとか、言葉のあたたかさとか。
……理奈さんが、教えてくれたんです」
その瞬間だった。
胸の奥に、
ぱっと火がついたような衝撃。
理屈なんかじゃない。
仕事でも、義務でもない。
この人が誰かに優しくされて、
それを喜んでくれていることが、
こんなにも愛おしい。
それだけで、もう十分だった。
(“恋じゃなくてもいい”なんて、嘘だった)
私は、
間違いなくこの子に――
この人に、恋をしている。
**
夜、自宅。
ワイングラスを傾けながら、
静かに窓の外の月を眺める。
今夜の月は、少しだけ丸くなっていた。
次の満月には、何が変わっているだろう。
私は、変われるだろうか。
年齢も、立場も、過去もすべて。
恋を言い訳にせず、
誰かを愛することを肯定できる自分に――
**
スマホを開いて、
ふとLINEのメッセージ画面を見る。
“ありがとう”
そのたった一言が、
彼との新しい扉を静かに開いてくれた。
今度は私が――
彼の未来に、優しさで灯りを点してあげたい。
そう思った。
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