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第五十四話:「“その目で、私を見つめないで”と言われたとき、僕は初めて、彼女が女として揺れていることに気づいた」
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それは、ほんの一瞬の出来事だった。
言葉ではなかった。
声でも、動作でもなかった。
ただ、
彼女の“目”が――
僕を見た、その目が、
何かを伝えようとしていた。
**
月灯社の会議室。
販促企画の打ち合わせ。
理奈さんと、営業の佐久間さん、編集の吉田さん。
小さな丸テーブルを囲んで、
来月に向けたプロモーション戦略を話し合っていた。
僕はその席に、あくまで“著者”として同席していたけれど、
空気はどこか穏やかで、柔らかかった。
吉田さんが冗談交じりにこう言った。
「理奈さん、最近先生への言葉、めちゃくちゃ優しくないです?
いや、前から優しいけど……なんか“温度”が違うっていうか」
理奈さんは一瞬、微笑んだ。
でも次の瞬間、
ふと僕の方を見たその“目”に――
息が詰まった。
そこには確かに、
彼女自身でも抑えきれなかった“何か”があった。
戸惑い?
躊躇い?
それとも――
女として、僕に向けられた感情。
**
会議の後、僕はたまたま理奈さんと二人きりになる時間があった。
資料を戻しに行く途中、
給湯室の前ですれ違いざま、
少しだけ距離が近づいた。
「……あの、さっきの……目、」
思わず言いかけて、口を噤んだ。
彼女は、静かに息を吸って、
そしてごく小さな声で言った。
「……その目で、私を見つめないで」
それは拒絶じゃなかった。
責めるようなトーンでもなかった。
ただ、
どうしようもなく“揺れている”ことを、
隠しきれない人間の、本音のようだった。
僕は、ただ立ち尽くした。
(……理奈さん)
**
(彼女は今、何を怖がっている?)
(何に、躊躇っている?)
恋をしていることはわかっている。
言葉にせずとも、
僕に向けられる視線の温度で、それは伝わってくる。
だけど、
彼女自身がその気持ちを“受け止めること”を、
まだ迷っているのだ。
“年齢差”――
“過去の喪失”――
“会社の顔”――
彼女が背負っているすべてが、
その気持ちを素直に言わせてくれない。
(それでも)
僕は、彼女が揺れていることに気づいた。
そして、
その揺れを責めたくないと思った。
どんなに遠回りしてもいい。
どんなに言葉にされなくても構わない。
ただ、
僕はその“目”を、
これからも見つめていたい。
**
帰宅してからも、
彼女の視線が頭から離れなかった。
あの瞬間、
僕の心の中に、小さな確信が生まれていた。
“彼女は、僕のことを見ている”
まだ“恋人”ではない。
それどころか、“手をつなぐ”ことすらできていない。
だけど、
気持ちは確かに通い始めている。
心の奥で、静かに、優しく。
でも、間違いなく。
**
夜、ノートを開いて、今日のことを少しだけ書き留めた。
彼女の目が揺れていた
自分を抑えようとしていた
でも、その中に“愛しさ”があった
(恋って、言葉じゃないんだ)
そう気づいた。
触れなくても、口にしなくても、
“目”が語るものがある。
彼女は僕の言葉を受け取ってくれた。
そして僕も、彼女の沈黙を受け取る番だ。
**
明日も、会う。
たぶん、また仕事の顔で接する。
でも――
その奥にあるものを、
僕はもう見逃さない。
そしていつか、
彼女の目が“揺れ”ではなく、“確信”を宿すその日まで。
僕は待つ。
この恋を、大切に育てながら。
言葉ではなかった。
声でも、動作でもなかった。
ただ、
彼女の“目”が――
僕を見た、その目が、
何かを伝えようとしていた。
**
月灯社の会議室。
販促企画の打ち合わせ。
理奈さんと、営業の佐久間さん、編集の吉田さん。
小さな丸テーブルを囲んで、
来月に向けたプロモーション戦略を話し合っていた。
僕はその席に、あくまで“著者”として同席していたけれど、
空気はどこか穏やかで、柔らかかった。
吉田さんが冗談交じりにこう言った。
「理奈さん、最近先生への言葉、めちゃくちゃ優しくないです?
いや、前から優しいけど……なんか“温度”が違うっていうか」
理奈さんは一瞬、微笑んだ。
でも次の瞬間、
ふと僕の方を見たその“目”に――
息が詰まった。
そこには確かに、
彼女自身でも抑えきれなかった“何か”があった。
戸惑い?
躊躇い?
それとも――
女として、僕に向けられた感情。
**
会議の後、僕はたまたま理奈さんと二人きりになる時間があった。
資料を戻しに行く途中、
給湯室の前ですれ違いざま、
少しだけ距離が近づいた。
「……あの、さっきの……目、」
思わず言いかけて、口を噤んだ。
彼女は、静かに息を吸って、
そしてごく小さな声で言った。
「……その目で、私を見つめないで」
それは拒絶じゃなかった。
責めるようなトーンでもなかった。
ただ、
どうしようもなく“揺れている”ことを、
隠しきれない人間の、本音のようだった。
僕は、ただ立ち尽くした。
(……理奈さん)
**
(彼女は今、何を怖がっている?)
(何に、躊躇っている?)
恋をしていることはわかっている。
言葉にせずとも、
僕に向けられる視線の温度で、それは伝わってくる。
だけど、
彼女自身がその気持ちを“受け止めること”を、
まだ迷っているのだ。
“年齢差”――
“過去の喪失”――
“会社の顔”――
彼女が背負っているすべてが、
その気持ちを素直に言わせてくれない。
(それでも)
僕は、彼女が揺れていることに気づいた。
そして、
その揺れを責めたくないと思った。
どんなに遠回りしてもいい。
どんなに言葉にされなくても構わない。
ただ、
僕はその“目”を、
これからも見つめていたい。
**
帰宅してからも、
彼女の視線が頭から離れなかった。
あの瞬間、
僕の心の中に、小さな確信が生まれていた。
“彼女は、僕のことを見ている”
まだ“恋人”ではない。
それどころか、“手をつなぐ”ことすらできていない。
だけど、
気持ちは確かに通い始めている。
心の奥で、静かに、優しく。
でも、間違いなく。
**
夜、ノートを開いて、今日のことを少しだけ書き留めた。
彼女の目が揺れていた
自分を抑えようとしていた
でも、その中に“愛しさ”があった
(恋って、言葉じゃないんだ)
そう気づいた。
触れなくても、口にしなくても、
“目”が語るものがある。
彼女は僕の言葉を受け取ってくれた。
そして僕も、彼女の沈黙を受け取る番だ。
**
明日も、会う。
たぶん、また仕事の顔で接する。
でも――
その奥にあるものを、
僕はもう見逃さない。
そしていつか、
彼女の目が“揺れ”ではなく、“確信”を宿すその日まで。
僕は待つ。
この恋を、大切に育てながら。
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