25歳差の恋愛指南、それは人生最大の不覚でした

naomikoryo

文字の大きさ
57 / 75

第五十七話:「あなたに触れられた唇が、こんなにも生きていると感じたのは、久しぶりだった」

しおりを挟む
唇が、熱を持っていた。

触れたのは、ほんの数秒。
それなのに――
私の身体はまるで、
心臓のすぐ隣に“記憶”が埋め込まれたように、ざわめいていた。

(あなたに触れられた唇が、
こんなにも生きていると感じたのは、久しぶりだった)

そして今もまだ、
少しだけ震えている。

**

部屋の空気が、変わっていた。
ふたりきりの会議室。
誰もいない。
けれど、たしかにそこには“何か”があった。

静寂という名の、感情の余韻。
重ねた唇の温もりは、
まだ私の唇に、きちんと残っていた。

**

キスをしたあと、彼は何も言わなかった。
ただ、そっと隣にいてくれた。

“もっと触れていいですか”とも言わなかったし、
“好きです”とも言わなかった。
言葉よりも、そばにいてくれることで、
彼は今の私を肯定してくれた。

(それが、何よりも――愛しかった)

**

オフィスを出たあとの夜風が、心地よかった。

肌寒いはずなのに、
私はなぜか、コートの前を閉じようと思えなかった。

(まだ、残ってるからかしら……)
唇の感触。
あの一瞬の体温。
彼のまっすぐな想い。

ふいに手が、唇に触れた。
まるで確かめるように、そっとなぞる。

私は今――
まちがいなく、恋をしている。
そして、それを“生きている”と実感している。

**

帰宅後、ダイニングに腰を下ろして、
グラスに注いだ赤ワインが、
今夜はやけに甘く感じた。

「……何やってるのよ、私」

ぽつりと声が漏れる。

49歳。
会社の社長。
未亡人。
年下の男の子にキスされて、
顔を赤らめてる。

そんな自分が、
可笑しくて、そして――愛おしかった。

**

もう、抗うのをやめてもいいのかもしれない。
“年齢差”なんて、もうどうでもいい。
彼は私を見ている。
“49歳の女”としてじゃない。
“私”という人間そのものとして。

(こんなふうに想われることが、
こんなにも幸せだなんて……)

涙が出そうになった。

だけど泣かなかった。
それは悲しみじゃない。
どこまでもあたたかくて、
胸の奥が、じんわりと満たされていく感情。

これはたぶん――
再生。

**

私は、もう一度恋をしている。
そして、その恋はもう
“理性で抑える”べきものじゃなくなっている。

心が求めている。
身体が、そっと目覚めていく。

あのキスは、ただ唇を重ねただけじゃない。
“過去”に閉じ込めていた女の私を、
彼が“今”に連れ戻してくれた。

それだけで、どれほどの奇跡だろう。

**

スマホが震えた。
画面には、彼からのメッセージ。

『今日、ありがとうございました。
あの時間が、僕にとって一生ものの記憶になりました。
理奈さんに触れられて、ようやく“今”を生きてる気がしました。』

私も、そっと返信を打つ。

『私も……同じです。
あなたがくれたあのキスは、
私の人生に、新しい始まりをくれました』

**

送信ボタンを押したあと、
私はそっと目を閉じる。

明日、また彼と会う。
いつものように、仕事をする。

でももう、“いつも通り”には戻れない。
そう思ったら、
ふっと、笑みがこぼれた。

(それでいいのよ、きっと)

私たちはもう、ただの作家と編集じゃない。
ただの社長と社員でもない。

“ふたりで歩いていく関係”に、
足を踏み入れたのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

処理中です...