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第七十一話:「“彼と過ごす未来”と、“亡き夫との過去”が、心の中で並んだ夜」
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その夜、私は眠れなかった。
原因はわかっていた。
純くんと過ごした時間が――
あまりに静かで、あたたかくて、
「これが未来だ」と思ってしまったから。
私が49歳になって、
もう一度“こんな夜”を迎えることになるなんて、
26歳で結婚したあの日には、思ってもみなかった。
そして今夜、
“初めて”の違和感が、指に現れた。
左手薬指の、結婚指輪。
――夫のもの。
もう19年、ずっと外したことがなかったそれが、
今日に限って、少しだけ“重たく”感じた。
(どうして……今、こんな風に思ってしまうのかしら)
ソファに座り、
ワインも手に取らず、
ただ指先を見つめていた。
**
純くんと“恋人”になってから、まだ数日。
何も変わっていないのに、
確実に変わってしまったものがある。
私の“心”だった。
彼といると、過去の孤独が癒える気がした。
あの夜、腕の中で名前を呼ばれたとき、
自分がようやく“生き直してもいい”と許された気がした。
でも――
亡き夫のことを、忘れたわけじゃない。
いまも夢に見ることがある。
笑って、照れくさそうに「お前は真面目すぎ」って言う声が、
ふとした拍子に耳の奥で再生される。
彼は、30歳で亡くなった。
そして私は、49歳になった。
人生を倍近く生きた私が、
もう一度誰かの隣に立つことに、
どこかで“罪悪感”のようなものを抱いていた。
(でも……違うわね)
胸の内側で、静かに声がした。
(私は、もう“亡くした人の人生”じゃなくて、
“いま、隣にいてくれる人の人生”に、向き合っていきたい)
**
夜中、クローゼットを開けた。
ずっと仕舞っていた、小さな箱がある。
夫との婚約指輪。
結婚前に、彼がくれたものだ。
私は、その箱を開いて、
中のリングにそっと指を添えた。
「ねえ……あなたなら、許してくれるかしら」
独り言のように、
でも確かに、そうつぶやいた。
過去を捨てたいんじゃない。
過去に恥じないように、生き直したいだけ。
そう――
“亡き夫を置いていく”のではなく、
“彼に背中を押されて進む”ように。
**
そして私は、ゆっくりと左手の指輪を外した。
抵抗はなかった。
ただ、自然に。
そして、代わりに、
小さな棚の引き出しに、それを大切に仕舞った。
「ありがとう。
あなたと過ごした時間が、
私を強くしてくれたの」
静かな夜だった。
けれど、涙が一滴、頬を伝った。
**
翌朝、
私は初めて、薬指に“何もない”まま出社した。
誰も気づかなかった。
でも、純くんは気づいた。
廊下ですれ違った瞬間、
彼の視線が、私の左手をすっと見て、
ほんのわずかに瞳が揺れた。
それでも、何も言わず、
ただ一度、小さく頷いてくれた。
(あなたは、何も聞かなくていいのよ)
(ただ、そのまなざしだけで、私はもう救われてる)
**
夜、帰宅してすぐ、彼にだけメッセージを送った。
『今日から、指輪を外してみました。
まだ少し心細いけど――もう、前を向いてもいいと思えたの。』
『あの人に背中を押された気がする。
そして、あなたがその背中を、ちゃんと受け止めてくれるって信じられるから。』
すぐに返事が来た。
『僕は、過去のあなたごと、好きです。
思い出や傷や時間ごと、全部引き受けたい。
だから、これからは――未来を、ください。』
その言葉を読んで、
私はそっと画面に指を滑らせた。
(この人と、歩いていこう)
ようやく、
本当の意味で“過去”に別れを告げ、
“未来”を迎え入れる準備ができた気がした。
原因はわかっていた。
純くんと過ごした時間が――
あまりに静かで、あたたかくて、
「これが未来だ」と思ってしまったから。
私が49歳になって、
もう一度“こんな夜”を迎えることになるなんて、
26歳で結婚したあの日には、思ってもみなかった。
そして今夜、
“初めて”の違和感が、指に現れた。
左手薬指の、結婚指輪。
――夫のもの。
もう19年、ずっと外したことがなかったそれが、
今日に限って、少しだけ“重たく”感じた。
(どうして……今、こんな風に思ってしまうのかしら)
ソファに座り、
ワインも手に取らず、
ただ指先を見つめていた。
**
純くんと“恋人”になってから、まだ数日。
何も変わっていないのに、
確実に変わってしまったものがある。
私の“心”だった。
彼といると、過去の孤独が癒える気がした。
あの夜、腕の中で名前を呼ばれたとき、
自分がようやく“生き直してもいい”と許された気がした。
でも――
亡き夫のことを、忘れたわけじゃない。
いまも夢に見ることがある。
笑って、照れくさそうに「お前は真面目すぎ」って言う声が、
ふとした拍子に耳の奥で再生される。
彼は、30歳で亡くなった。
そして私は、49歳になった。
人生を倍近く生きた私が、
もう一度誰かの隣に立つことに、
どこかで“罪悪感”のようなものを抱いていた。
(でも……違うわね)
胸の内側で、静かに声がした。
(私は、もう“亡くした人の人生”じゃなくて、
“いま、隣にいてくれる人の人生”に、向き合っていきたい)
**
夜中、クローゼットを開けた。
ずっと仕舞っていた、小さな箱がある。
夫との婚約指輪。
結婚前に、彼がくれたものだ。
私は、その箱を開いて、
中のリングにそっと指を添えた。
「ねえ……あなたなら、許してくれるかしら」
独り言のように、
でも確かに、そうつぶやいた。
過去を捨てたいんじゃない。
過去に恥じないように、生き直したいだけ。
そう――
“亡き夫を置いていく”のではなく、
“彼に背中を押されて進む”ように。
**
そして私は、ゆっくりと左手の指輪を外した。
抵抗はなかった。
ただ、自然に。
そして、代わりに、
小さな棚の引き出しに、それを大切に仕舞った。
「ありがとう。
あなたと過ごした時間が、
私を強くしてくれたの」
静かな夜だった。
けれど、涙が一滴、頬を伝った。
**
翌朝、
私は初めて、薬指に“何もない”まま出社した。
誰も気づかなかった。
でも、純くんは気づいた。
廊下ですれ違った瞬間、
彼の視線が、私の左手をすっと見て、
ほんのわずかに瞳が揺れた。
それでも、何も言わず、
ただ一度、小さく頷いてくれた。
(あなたは、何も聞かなくていいのよ)
(ただ、そのまなざしだけで、私はもう救われてる)
**
夜、帰宅してすぐ、彼にだけメッセージを送った。
『今日から、指輪を外してみました。
まだ少し心細いけど――もう、前を向いてもいいと思えたの。』
『あの人に背中を押された気がする。
そして、あなたがその背中を、ちゃんと受け止めてくれるって信じられるから。』
すぐに返事が来た。
『僕は、過去のあなたごと、好きです。
思い出や傷や時間ごと、全部引き受けたい。
だから、これからは――未来を、ください。』
その言葉を読んで、
私はそっと画面に指を滑らせた。
(この人と、歩いていこう)
ようやく、
本当の意味で“過去”に別れを告げ、
“未来”を迎え入れる準備ができた気がした。
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