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第一話:白銀の駅、君と再会
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長い間、東京で暮らしていた僕は、十年ぶりに故郷へと戻ってきた。年の瀬が迫る十二月の終わり、会社の年末休暇に合わせた帰省だった。新幹線を降りてから乗り継いだローカル線の車内は、僕以外に数人しかいない。窓の外に広がるのは、どこまでも続く白い風景。雪の重みでたわむ電線、粉砂糖をかけたような木々、静けさに包まれた田畑。こんな景色の中を、僕は十年前にも一度だけ、同じように帰ってきたことがある。
終点一つ手前の駅、「栞(しおり)駅」で降りる。周囲に人家はほとんどない。古びた木造の待合室と、さびついた看板。駅前の通りには、雪がしんしんと降り積もっていた。
電車が走り去ったあと、僕の足音だけが雪を踏みしめる音として残る。
……寒いな、とつぶやいた瞬間だった。
「――ひさしぶりだね、成海くん」
振り返った僕の視界に、白い息とともに現れたのは、懐かしい声の主だった。
そこに立っていたのは、高校時代の初恋の人、**宮沢 沙耶(みやざわ さや)**だった。
彼女は薄手のベージュのコートを着て、ニット帽を被っていた。落ち着いた色のマフラーが、彼女の柔らかな黒髪とよく似合っている。頬が少し赤くなっているのは、寒さのせいか、それとも――。
「……沙耶?」
「うん、わたし。びっくりした? こんなところで」
彼女ははにかむように笑った。
僕が声を出すまでに数秒かかった。何か言葉を探したけれど、うまく出てこなかった。ただ、あのときの記憶――高校三年の冬、卒業を前に告白できなかった後悔が、胸の奥でそっと疼いた。
「……元気、だった?」
「うん。成海くんこそ、東京で頑張ってるって聞いたよ」
彼女の言葉に、思わず笑ってしまった。
「誰から聞いたの、それ?」
「うちの母がね。あなたのお母さんと今でも文通してるの。たまに私のことも書いてくれてたみたい」
沙耶は照れくさそうに目をそらした。そういえば、彼女の家は町の書道教室を営んでいて、僕の母もよく通っていたっけ。
「それより、なんでこんな駅に?」
「こっちこそ訊きたい。まさか、成海くんに会えるなんて思わなかった」
ふたりして笑った。まるで十年前に戻ったような感覚。会話のリズムも、空気の温度も、すぐに馴染んでしまうのが不思議だった。
沙耶は、手に持っていた紙袋を見せながら言った。
「実家がこっち方面でね。今日は買い出しの帰り。次の電車まで、まだだいぶ時間あるみたい」
僕も次の便は二時間後だと確認していた。田舎の冬は、時間の流れがゆっくりだ。
「よかったら、駅の待合室で少し話さない? ストーブ、まだ動いてるかな」
「うん。話したいこと、いっぱいある気がする」
待合室の木製ベンチにふたり並んで座る。真ん中に置かれただるま型の石油ストーブが、わずかに部屋を温めていた。窓からは雪が舞う景色が見え、外の世界が音を消していく。
「この駅、懐かしいね」
「うん。あのときと、全然変わってない」
「『あのとき』って、どのとき?」
沙耶はいたずらっぽく笑った。
僕は少し黙ったあと、口を開いた。
「……卒業式のあと、ここのベンチで、君を待ってたんだ。話したいことがあって。でも、君は来なかった」
沙耶の目が驚きに揺れる。
「……そうだったんだ。知らなかった」
「いや、知らなくて当然だよ。言わなかったから。でも……」
「でも?」
「ずっと伝えたかった。好きだったよ、沙耶。あのころから、ずっと」
雪の降る音しか聞こえない静寂の中で、僕の言葉がはっきりと響いた。
沙耶は唇を結び、しばらく何も言わなかった。そしてゆっくりと息を吐いてから、こう言った。
「わたしも、あのとき、成海くんに言いたかった。でも、怖くて言えなかったの」
「……え?」
「卒業式の日、ちゃんと制服の第二ボタンをもらいに行こうって思ってた。でも、結局行けなかった。すれ違いだったんだね、私たち」
不意に笑い合う。こんなに時間が経ってから、ようやく伝え合った気持ち。でも、どうしようもなく愛おしい。
ストーブの火が少し揺れて、沙耶の顔が赤く照らされた。僕は気づいた。彼女の目元が、ほんの少し潤んでいることに。
「……ねえ、成海くん。私たち、もしも時間が巻き戻せたら、どうなってたかな」
「それでも、たぶんまた同じようにすれ違ってたかもしれない。でも――」
僕はそっと、彼女の手を取った。指先が冷たく、でもそれが今の冬を確かに感じさせた。
「こうしてまた出会えたなら、それでいいと思うよ」
外は雪が深々と降り続いている。まるで、過去の時間をゆっくりと覆い隠してくれるように。
しばらくして、遠くから電車の音が聞こえてきた。
「……そろそろ来るね」
「うん」
「次は、また十年後じゃなくて、来週くらいに会えるといいな」
僕がそう言うと、沙耶はくすっと笑ってうなずいた。
「来週、駅前のカフェでどう? 新しくできたお店があるの」
「いいね。連絡先、交換しとこうか」
スマホを取り出して、連絡先を交換する。その動作が、未来を結ぶ合図のように思えた。
電車のライトがホームを照らす。ドアが開いて、乗り込む前にもう一度、彼女と目を合わせた。
「じゃあ、また」
「うん。またね」
電車がゆっくりと走り出す。窓越しに手を振る沙耶の姿が、白銀の世界に小さくなっていく。
この再会が奇跡か偶然かなんて、どうでもよかった。ただ――
この冬、もう一度、恋を始めようと思った。
終点一つ手前の駅、「栞(しおり)駅」で降りる。周囲に人家はほとんどない。古びた木造の待合室と、さびついた看板。駅前の通りには、雪がしんしんと降り積もっていた。
電車が走り去ったあと、僕の足音だけが雪を踏みしめる音として残る。
……寒いな、とつぶやいた瞬間だった。
「――ひさしぶりだね、成海くん」
振り返った僕の視界に、白い息とともに現れたのは、懐かしい声の主だった。
そこに立っていたのは、高校時代の初恋の人、**宮沢 沙耶(みやざわ さや)**だった。
彼女は薄手のベージュのコートを着て、ニット帽を被っていた。落ち着いた色のマフラーが、彼女の柔らかな黒髪とよく似合っている。頬が少し赤くなっているのは、寒さのせいか、それとも――。
「……沙耶?」
「うん、わたし。びっくりした? こんなところで」
彼女ははにかむように笑った。
僕が声を出すまでに数秒かかった。何か言葉を探したけれど、うまく出てこなかった。ただ、あのときの記憶――高校三年の冬、卒業を前に告白できなかった後悔が、胸の奥でそっと疼いた。
「……元気、だった?」
「うん。成海くんこそ、東京で頑張ってるって聞いたよ」
彼女の言葉に、思わず笑ってしまった。
「誰から聞いたの、それ?」
「うちの母がね。あなたのお母さんと今でも文通してるの。たまに私のことも書いてくれてたみたい」
沙耶は照れくさそうに目をそらした。そういえば、彼女の家は町の書道教室を営んでいて、僕の母もよく通っていたっけ。
「それより、なんでこんな駅に?」
「こっちこそ訊きたい。まさか、成海くんに会えるなんて思わなかった」
ふたりして笑った。まるで十年前に戻ったような感覚。会話のリズムも、空気の温度も、すぐに馴染んでしまうのが不思議だった。
沙耶は、手に持っていた紙袋を見せながら言った。
「実家がこっち方面でね。今日は買い出しの帰り。次の電車まで、まだだいぶ時間あるみたい」
僕も次の便は二時間後だと確認していた。田舎の冬は、時間の流れがゆっくりだ。
「よかったら、駅の待合室で少し話さない? ストーブ、まだ動いてるかな」
「うん。話したいこと、いっぱいある気がする」
待合室の木製ベンチにふたり並んで座る。真ん中に置かれただるま型の石油ストーブが、わずかに部屋を温めていた。窓からは雪が舞う景色が見え、外の世界が音を消していく。
「この駅、懐かしいね」
「うん。あのときと、全然変わってない」
「『あのとき』って、どのとき?」
沙耶はいたずらっぽく笑った。
僕は少し黙ったあと、口を開いた。
「……卒業式のあと、ここのベンチで、君を待ってたんだ。話したいことがあって。でも、君は来なかった」
沙耶の目が驚きに揺れる。
「……そうだったんだ。知らなかった」
「いや、知らなくて当然だよ。言わなかったから。でも……」
「でも?」
「ずっと伝えたかった。好きだったよ、沙耶。あのころから、ずっと」
雪の降る音しか聞こえない静寂の中で、僕の言葉がはっきりと響いた。
沙耶は唇を結び、しばらく何も言わなかった。そしてゆっくりと息を吐いてから、こう言った。
「わたしも、あのとき、成海くんに言いたかった。でも、怖くて言えなかったの」
「……え?」
「卒業式の日、ちゃんと制服の第二ボタンをもらいに行こうって思ってた。でも、結局行けなかった。すれ違いだったんだね、私たち」
不意に笑い合う。こんなに時間が経ってから、ようやく伝え合った気持ち。でも、どうしようもなく愛おしい。
ストーブの火が少し揺れて、沙耶の顔が赤く照らされた。僕は気づいた。彼女の目元が、ほんの少し潤んでいることに。
「……ねえ、成海くん。私たち、もしも時間が巻き戻せたら、どうなってたかな」
「それでも、たぶんまた同じようにすれ違ってたかもしれない。でも――」
僕はそっと、彼女の手を取った。指先が冷たく、でもそれが今の冬を確かに感じさせた。
「こうしてまた出会えたなら、それでいいと思うよ」
外は雪が深々と降り続いている。まるで、過去の時間をゆっくりと覆い隠してくれるように。
しばらくして、遠くから電車の音が聞こえてきた。
「……そろそろ来るね」
「うん」
「次は、また十年後じゃなくて、来週くらいに会えるといいな」
僕がそう言うと、沙耶はくすっと笑ってうなずいた。
「来週、駅前のカフェでどう? 新しくできたお店があるの」
「いいね。連絡先、交換しとこうか」
スマホを取り出して、連絡先を交換する。その動作が、未来を結ぶ合図のように思えた。
電車のライトがホームを照らす。ドアが開いて、乗り込む前にもう一度、彼女と目を合わせた。
「じゃあ、また」
「うん。またね」
電車がゆっくりと走り出す。窓越しに手を振る沙耶の姿が、白銀の世界に小さくなっていく。
この再会が奇跡か偶然かなんて、どうでもよかった。ただ――
この冬、もう一度、恋を始めようと思った。
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