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第八話:サンタクロースは君だった
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12月24日、クリスマス・イブの夜。
私は、小さな町の保育園で慌ただしく走り回っていた。
「ありさ先生~! ぼくのプレゼント、ちゃんと来るのー?」
「だいじょうぶ、サンタさんはちゃーんと来るって約束してたよ」
そう答えながら、子どもたちの頭を撫でてまわる。心の中では、**(どうしよう、肝心の“サンタ”が来てない……!)**と叫んでいた。
今年も恒例のクリスマス会。子どもたちは数週間も前から、手紙を書いたり、飾りを作ったりして、ずっとこの日を楽しみにしていた。
問題は、毎年登場する“サンタクロース”役の地域ボランティアの男性が、インフルエンザで急遽来られなくなったことだ。
「サンタ、まだかな?」
「くるよね?」
今にも泣き出しそうな声に、私は青くなる。
職員の誰かが代役を……とも思ったけど、誰がやってもバレてしまう年齢の子もいる。
なんとかしなきゃ。でも、誰に頼めば……
そのときだった。
「すみません、配達の者ですけど……この荷物、こちらで合ってますか?」
玄関から聞こえたその声に、私は走って向かった。
ドアを開けると、そこには見覚えのある顔があった。
「……えっ?」
「こんにちは、ありさ先生。覚えてます? 春斗(はると)です。えっと……息子の青翔(あおと)、この保育園に通ってます」
「えっ、ええっ……! え、春斗さん……?」
驚いて言葉が詰まる。
目の前に立っていたのは、今年から園に通い始めた青翔くんのお父さんだった。
数回しか顔を合わせたことはないけれど、物腰が柔らかく、保護者の中でも特に感じのいい人だったのを覚えている。
「あの、急にすみません。たまたま荷物の仕事でこっちに来てて……先生、困ってる顔してたので、なんかあったのかなって」
その言葉に、私は思わずため息をついた。
「じ、じつは……サンタさんが来れなくなっちゃって。代役もいなくて、どうしようって思ってたんです」
春斗さんは、ふっと笑った。
「それなら……俺でよかったら、やりますよ?」
「えっ……ほんとに?」
「うちの青翔にも、サンタの夢は壊してほしくないですからね。衣装があれば、なんとか演じますよ」
私は何度もうなずいた。
「あります! 衣装あります! ほんとに助かります、ありがとうございます!」
30分後。
園内の電気がふっと消え、子どもたちが「えっ?」「どうしたの?」とざわついたところに、鈴の音が鳴った。
「メリークリスマース!」
サンタクロースの登場に、子どもたちは一斉に歓声を上げる。
白いひげに赤い服、ずっしりとした袋。
どこから見ても、完璧なサンタだった。
プレゼントを一人ひとりに手渡しながら、優しく声をかける春斗さん。子どもたちはみんな、信じきった目で彼を見ていた。
青翔くんだけは「なんか、ちょっとだけ……パパの声に似てる気がする」と首をかしげていたけれど、それ以上は何も言わなかった。
サンタの出番が終わると、春斗さんは裏口からそっと園を抜けた。
私はそのあとを追いかける。
「ほんとに……ありがとうございました。完璧でした、みんな信じてました」
「いえ、俺の方こそ……なんか、楽しかったです」
少し照れたように笑う彼を見て、私は心のどこかがふわっと温かくなるのを感じた。
雪が、静かに舞い始めていた。
ふたりの間に沈黙が落ちる。
私は迷ったけど、ふと口を開いた。
「あの……春斗さん、奥さまは……?」
その質問が無神経だったかと、言ってから後悔した。でも彼は、静かに首を振った。
「……3年前に病気で亡くなりました。青翔が2歳のときでした」
「……ごめんなさい、知らなくて……」
「いえ、もう大丈夫です。むしろ、今日みたいな時間、久しぶりで。自分も誰かの役に立てたんだなって……」
そう言って彼は、空を見上げた。
「でも、今は青翔の笑顔が、俺のクリスマスプレゼントですから」
その言葉に、胸がきゅっと締め付けられた。
こんなふうに、誰かを想える人がいるんだ。
それが、子どもへの想いであっても、そこにある優しさに私は惹かれていた。
「……先生は? 今夜は予定、あったり?」
「えっ、私? ないですよ。子どもたちの笑顔がプレゼント……って、私も同じようなこと言ってますね」
「ふふ、似てますね、俺たち」
冗談交じりに言った彼に、私は思い切って言った。
「よかったら……このあと、ちょっとだけ、コーヒーでもどうですか?」
春斗さんは、少し驚いたように私を見て、それからやさしく微笑んだ。
「……ぜひ、先生のおごりで」
「そこは私、保育士なんで、あんまり余裕ないですけど……」
ふたりして笑った。
雪の中に、笑い声が溶けていった。
その夜、サンタクロースは子どもだけじゃなく、私にも小さな奇跡をくれた。
それは、思いがけず訪れた出会いのチャンスであり、
心の奥にそっと火を灯すような、優しい恋の始まりだった。
私は、小さな町の保育園で慌ただしく走り回っていた。
「ありさ先生~! ぼくのプレゼント、ちゃんと来るのー?」
「だいじょうぶ、サンタさんはちゃーんと来るって約束してたよ」
そう答えながら、子どもたちの頭を撫でてまわる。心の中では、**(どうしよう、肝心の“サンタ”が来てない……!)**と叫んでいた。
今年も恒例のクリスマス会。子どもたちは数週間も前から、手紙を書いたり、飾りを作ったりして、ずっとこの日を楽しみにしていた。
問題は、毎年登場する“サンタクロース”役の地域ボランティアの男性が、インフルエンザで急遽来られなくなったことだ。
「サンタ、まだかな?」
「くるよね?」
今にも泣き出しそうな声に、私は青くなる。
職員の誰かが代役を……とも思ったけど、誰がやってもバレてしまう年齢の子もいる。
なんとかしなきゃ。でも、誰に頼めば……
そのときだった。
「すみません、配達の者ですけど……この荷物、こちらで合ってますか?」
玄関から聞こえたその声に、私は走って向かった。
ドアを開けると、そこには見覚えのある顔があった。
「……えっ?」
「こんにちは、ありさ先生。覚えてます? 春斗(はると)です。えっと……息子の青翔(あおと)、この保育園に通ってます」
「えっ、ええっ……! え、春斗さん……?」
驚いて言葉が詰まる。
目の前に立っていたのは、今年から園に通い始めた青翔くんのお父さんだった。
数回しか顔を合わせたことはないけれど、物腰が柔らかく、保護者の中でも特に感じのいい人だったのを覚えている。
「あの、急にすみません。たまたま荷物の仕事でこっちに来てて……先生、困ってる顔してたので、なんかあったのかなって」
その言葉に、私は思わずため息をついた。
「じ、じつは……サンタさんが来れなくなっちゃって。代役もいなくて、どうしようって思ってたんです」
春斗さんは、ふっと笑った。
「それなら……俺でよかったら、やりますよ?」
「えっ……ほんとに?」
「うちの青翔にも、サンタの夢は壊してほしくないですからね。衣装があれば、なんとか演じますよ」
私は何度もうなずいた。
「あります! 衣装あります! ほんとに助かります、ありがとうございます!」
30分後。
園内の電気がふっと消え、子どもたちが「えっ?」「どうしたの?」とざわついたところに、鈴の音が鳴った。
「メリークリスマース!」
サンタクロースの登場に、子どもたちは一斉に歓声を上げる。
白いひげに赤い服、ずっしりとした袋。
どこから見ても、完璧なサンタだった。
プレゼントを一人ひとりに手渡しながら、優しく声をかける春斗さん。子どもたちはみんな、信じきった目で彼を見ていた。
青翔くんだけは「なんか、ちょっとだけ……パパの声に似てる気がする」と首をかしげていたけれど、それ以上は何も言わなかった。
サンタの出番が終わると、春斗さんは裏口からそっと園を抜けた。
私はそのあとを追いかける。
「ほんとに……ありがとうございました。完璧でした、みんな信じてました」
「いえ、俺の方こそ……なんか、楽しかったです」
少し照れたように笑う彼を見て、私は心のどこかがふわっと温かくなるのを感じた。
雪が、静かに舞い始めていた。
ふたりの間に沈黙が落ちる。
私は迷ったけど、ふと口を開いた。
「あの……春斗さん、奥さまは……?」
その質問が無神経だったかと、言ってから後悔した。でも彼は、静かに首を振った。
「……3年前に病気で亡くなりました。青翔が2歳のときでした」
「……ごめんなさい、知らなくて……」
「いえ、もう大丈夫です。むしろ、今日みたいな時間、久しぶりで。自分も誰かの役に立てたんだなって……」
そう言って彼は、空を見上げた。
「でも、今は青翔の笑顔が、俺のクリスマスプレゼントですから」
その言葉に、胸がきゅっと締め付けられた。
こんなふうに、誰かを想える人がいるんだ。
それが、子どもへの想いであっても、そこにある優しさに私は惹かれていた。
「……先生は? 今夜は予定、あったり?」
「えっ、私? ないですよ。子どもたちの笑顔がプレゼント……って、私も同じようなこと言ってますね」
「ふふ、似てますね、俺たち」
冗談交じりに言った彼に、私は思い切って言った。
「よかったら……このあと、ちょっとだけ、コーヒーでもどうですか?」
春斗さんは、少し驚いたように私を見て、それからやさしく微笑んだ。
「……ぜひ、先生のおごりで」
「そこは私、保育士なんで、あんまり余裕ないですけど……」
ふたりして笑った。
雪の中に、笑い声が溶けていった。
その夜、サンタクロースは子どもだけじゃなく、私にも小さな奇跡をくれた。
それは、思いがけず訪れた出会いのチャンスであり、
心の奥にそっと火を灯すような、優しい恋の始まりだった。
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