冬、瞬く恋の灯

naomikoryo

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第九話:雪の中に書いたラブレター

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雪は、いつから降り始めていたのだろう。

 グラウンドはすっかり真っ白に染まり、教室の窓から見える景色はまるで別世界みたいだった。
 高校生活最後の冬。受験もほぼ終わり、どこか気が抜けた空気の中で、私は自分の心の整理ができないままでいた。

「……ねえ、真帆(まほ)、本当にやるの?」

 親友の沙良が、不安そうな顔で私を見ている。

「うん。もう、これが最後だから」

 そう答えた私の手には、一枚の画用紙。太めのマジックペン。
 これから私は、その画用紙に「ラブレター」を書こうとしていた。――雪の上に置くために。

 好きな人がいる。
 名前は蒼空(そら)くん。同じクラスの男の子で、ずっとずっと前から、私は彼のことが気になっていた。

 きっかけは些細なこと。
 一年生のとき、掃除当番が同じ班で、彼がほうきを貸してくれたあの瞬間。
 それ以来、彼の笑顔や、ノートをとる真剣な横顔、友達と話すときの屈託のなさ……全部が少しずつ、私の中に積もっていった。

 でも、私は何も言えなかった。

 彼の周りには、いつも人がいた。
 華やかな女の子たち、スポーツ推薦の友達、明るい雰囲気。
 静かで目立たない私とは、違う世界の人のように見えていた。

 だから――ずっと、見ているだけだった。

「ねえ、ラブレターって言っても、名前は書くの?」

「書かないよ。恥ずかしいし、たぶん読んでも誰にもわからないくらい、曖昧にする」

「じゃあ、なんでそんなことするの……?」

 沙良の声は、本気で心配していた。
 でも、私には答えがあった。

「――ちゃんと気持ちを終わらせたいから」

 自分の想いを、ただの憧れのままじゃ終わらせたくなかった。
 届けるためじゃない。手放すためのラブレター。

 放課後、誰もいないグラウンドの隅。
 私は画用紙に、ゆっくりとペンを走らせた。

 あなたの笑顔が、私の高校生活の光でした。
 話すことも、触れることもできなかったけど、ずっとあなたが好きでした。
 ありがとう。さようなら。

 真っ白な雪の上に、ラブレターをそっと置く。
 風に飛ばされないよう、小さな石を端にのせて。

 誰にも気づかれないように。けれど、誰かがふと目に留めてくれたらいい。
 そんな、淡い期待と祈りを込めて。

「……よし、終わり!」

 心の中で区切りをつけて、私は背中を向けた。
 もうこれでいい。これで、大丈夫――

「真帆?」

 その声が、私を凍らせた。

 振り返ると、そこにいたのは――蒼空くんだった。

 白い吐息。制服のままの姿。少し驚いたような表情。

「いまの、なに?」

 私は一瞬、頭が真っ白になった。

「えっ……ち、ちがうの! これは、あの、誰かのための、じゃなくて、ただの……」

 焦って言い訳を口走る私を見て、彼は静かに歩み寄ってきた。

 足元のラブレターを、じっと見下ろす。

 風が吹いて、紙がひらりと舞った。
 蒼空くんはそれを拾い、もう一度、文字を目で追った。

 私は、もうダメだと思った。
 逃げたい。なかったことにしたい。

 でも次の瞬間、彼は言った。

「……これ、俺のことだよね?」

 私は、震える声で言った。

「……どうしてそう思うの?」

「だって、“笑顔が光でした”って、言われたことある。前、校外学習のとき。班が一緒だった日、バスの中で」

 ――そんなこと、覚えてるの……?

 あのとき私が、何気なく言った一言。
 「蒼空くんって、いつも笑っててすごいね」って、照れ隠しのようにつぶやいた言葉。

「……あのとき、ちょっと嬉しかったんだよ。だから、名前なくてもわかった」

 私は、その場に立ち尽くしたまま、何も言えなかった。

「ねえ、真帆」

 彼が私の名前を呼んだ。

 「ずっと言おうと思ってた。……たぶん、俺も、君のこと、けっこう前から気になってた」

 鼓動が跳ね上がる。

「でも、声をかけたら逃げられそうで、タイミングわかんなくて。卒業前に、一回くらい話してみたかったんだ」

「……そんなの、ずるい」

「ずるいよね。でも、雪の上にラブレター置く方が、ちょっとずるいと思うけど」

 ふたりして、ふっと笑った。

 そのあと、私たちは雪が積もったグラウンドをゆっくり歩いた。
 風の音と、雪を踏みしめる音だけが静かに響いていた。

 言葉は少なかった。でも、心の奥では、なにかが確かに動いていた。

 春はもうすぐ。
 制服の季節が終わっても、きっとこの日のことは忘れない。

雪の中に書いたラブレターは、風に舞う前に、ちゃんと届いた。
それは偶然じゃなく、きっと、奇跡でもない。
ただ、恋が静かに動き出した、ひとつの冬の結末だった。
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