交差点の約束、屋敷の夜に咲く ~突然始まる婿決定戦???~

naomikoryo

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本章:杉田敦史ルート

Ep11:優しい未来像

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―「誰かを選ぶって、きっと“怖いこと”なんだよね」
 次の部屋へと入った瞬間、敦史の全身からふっと力が抜けた。

 

 ほのかに甘いハーブティーのような香り。
 照明は柔らかく、天井から下がる布地がふんわりと風を受けて揺れている。
 床は無垢材のような木の温かみがあり、空間全体が「優しい」。

 

 「……ようこそ、敦史くん」

 

 声がした。
 癒しを帯びた音色。包まれるような声音。

 

 その声の主は、部屋の奥のソファに腰掛けていた。

 白いカーディガンに、淡いラベンダーのロングスカート。
 まるで図書館や子ども園にいる保育士のような装い。

 

 「……佐伯、恵さん……ですよね?」

 

 「うん。覚えててくれて、嬉しいな」

 

 彼女はそっと立ち上がる。
 足音を立てずに近づいてくるその仕草さえ、どこか安心感があった。

 

 「中学のとき、同じクラスだったよね。直接話すのは、はじめてかもだけど」

 

 「……恵さん、あの頃から雰囲気変わらないですね」

 

 「ふふ、そう?
  私は敦史くんのこと、たまに図書室にいるの見てたよ。静かにしてるけど、すごく落ち着いてるって思ってた」

 

 敦史は思わず笑ってしまう。

 

 「……内心、いつも焦ってばっかでしたけどね」

 

 恵は敦史の横にそっと座り、テーブルに置かれたポットからティーカップにハーブティーを注いだ。

 

 「ねえ、敦史くん。
  ここに来てから、いろんな人と話してるんでしょ?」

 

 「……はい。会うたびに、すごく揺さぶられます」

 

 「うん、わかるよ。みんな、それぞれ“自分の形”で向き合ってるからね」

 

 敦史は、湯気の立つティーカップを見つめながら、そっと問う。

 

 「恵さんは……なんでここに?」

 

 彼女は、一拍置いて答えた。

 

 「“この先の未来で、誰かを選ぶ側の人になりたい”って思ったから」

 

 「選ぶ、側?」

 

 「うん。保育士って、毎日子どもに囲まれる仕事だけど、意外と孤独なんだよ。
  “優しさ”が当たり前に求められて、“寄りかかること”は許されない。
  私、自分が“支える人”ばっかりやってきて……正直、少し疲れちゃってたのかも」

 

 その言葉には、彼女の笑顔とは違う小さな痛みがあった。

 

 「だから、“選ばれたい”って、思った。
  ちゃんと、自分のことを見てくれる人に、必要とされたいって。
  たった一晩でも、それが叶うかもしれないって言われて……ここに来たの」

 

 敦史は、ティーカップを手にしたまま、口を開いた。

 

 「恵さんって、すごく優しい。
  でも、優しい人ほど、そういうことを言い出しにくいんじゃないかって、思ってました」

 

 「うん、そうだよ。……でも、それじゃダメだって思ったの。
  ちゃんと“求めてる”って伝えるのも、勇気だって知ったから」

 

 そのとき、恵は少しだけ身を寄せた。

 頬が触れそうな距離で、囁くように言う。

 

 「敦史くんって、たぶん“誰かに寄りかかられる”ことには慣れてるけど、
  “甘えられる”ことは慣れてないんじゃないかな」

 

 「……え?」

 

 「だって、いつも構えてるもん。相手の気持ちに先回りして、丁寧に接して……
  “誰かに甘えて、委ねる”っていうこと、してこなかったでしょ?」

 

 図星だった。

 敦史は、本能的に“自分が崩れる”ことを怖れていた。
 誰かに預けることで、心の奥まで覗かれるような気がしていた。

 

 「だから、今日はちょっとだけ……“私に甘えて”みない?」

 

 恵は、そっと彼の肩に頭を預けた。
 柔らかな重みと、体温。

 そこには性的な匂いはなく、ただひたすらに“包まれる”ような感覚があった。

 

 「……あったかい」

 

 敦史が漏らすと、恵はくすっと笑った。

 

 「でしょ?
  あのね、敦史くん。
  “誰かを選ぶ”って、きっと怖いことなんだよ。
  でも、逃げずに選ぼうとしてるあなたの姿、私はちゃんと見てるよ」

 

 その言葉に、敦史の目の奥が、少し熱くなる。

 

 「……恵さん、今まで出会った誰よりも、すごくやさしい。
  でも、同時に……一番、“自分の言葉”で話してる人かもしれない」

 

 「それは、敦史くんが、ちゃんと耳を傾けてくれたからだよ」

 

 カチッ――

 静かに、ロックの音が鳴る。

 恵は、顔を上げた。

 

 「……開いたね」

 

 「……はい」

 

 「そろそろ、行かないと。きっと、この先にも“あなたが会うべき人”がいるから」

 

 敦史は立ち上がると、そっと恵の手を取った。

 

 「……甘えそうになったの、ほんとです。
  でも、恵さんが“甘えていい”って言ってくれたから、俺……今ちょっとだけ、ちゃんと立てる気がする」

 

 「ふふ。じゃあ、次は誰かを“支えてあげられる人”になれるといいね」

 

 恵は、そのまま手を離さず、最後にひとことだけ囁いた。

 

 「あなたが、誰かに選ばれるんじゃない。
  あなたが“誰かを選ぶ覚悟”を持った時、きっとそれは恋になるよ」

 

 ドアの先、淡い香りの中を、敦史は歩いていった。
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