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本章:杉田敦史ルート
Ep15:素顔のあなたに触れたくて
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―「あなたは、私に“なりたい”じゃなくて、“なってしまった”の」
部屋の灯りが、さらに一段階、落とされた。
壁に取り付けられた間接照明が、琥珀色の光を投げかけ、室内を夕暮れのように染めていた。
まるで、“告白の前の静寂”を演出する舞台装置のようだった。
麗華は、ソファの端に腰掛けたまま、窓のない壁を見つめていた。
その横顔はどこか――寂しさを帯びていた。
「ねえ、敦史くん」
「はい」
「私……やっぱり、この“家”がずっと怖かった」
その言葉に、敦史はそっと彼女の横に座る。
「小さい頃から、誰かに“良く見せること”を求められて、
笑顔も、声の高さも、身のこなしも――全部、“家のため”だった」
「……うん」
「でも、今日あなたに会って、わかったの。
私、ずっと“誰かのために”じゃなく、“自分のために誰かに好きになってもらいたかった”んだって」
彼女の手が、敦史のシャツの袖を軽く握った。
「ねぇ、敦史くん。
あなた、私のこと“完璧な令嬢”だと思ってた?」
「……少しだけ。最初は」
「ふふ、やっぱり。
でもね、実際はお菓子の袋も上手く開けられないし、
ベッドの上でぐるぐるになって起きるし、
好きな食べ物はハンバーグだし、子どもっぽい漫画だって好きよ」
敦史は、思わず吹き出しそうになった。
「それ、ぜんぜん“完璧なお嬢様”じゃないですね」
「でしょ?」
麗華は、ふわりと微笑んだ。
その笑顔は、“伍城院家の麗華”ではなく、
ただのひとりの女の子の、素直な笑顔だった。
「でも、そういう私も、ちゃんと知ってほしいって思ってる」
「うん。もっと、知りたいです。
知った上で、“好きになれたら”じゃなくて、“好きになってる”って思えたら、それが本当だと思うから」
その瞬間――
麗華は、目を丸くした。
「……今、なんて言った?」
敦史は、気づいた。
自分が、“言ってしまった”ことに。
けれど、それを取り繕う気持ちは、不思議と湧いてこなかった。
「俺、たぶんもう、好きになってます」
「……まだ、何もしてないのに?」
「ううん。むしろ、“何もしてないのに”好きになれるって、すごいことだと思う」
麗華は、ほんの少しだけ唇を噛んだ。
そして――そっと、体を寄せる。
「……じゃあ、“何かして”しまったら、どうなると思う?」
「……分からない。でも、俺、もう逃げません」
彼女の肩が、すっと敦史の胸にあたる。
触れ合うのは、ほんのわずか。けれど、その体温がしっかりと伝わってくる。
「……敦史って、不器用よね。
でも、その不器用さで、私の中にある“見せたくなかった部分”まで、あっさり届いてくる」
「それは……悪いことですか?」
「ううん、むしろ……“ずるい”」
麗華は、片手で敦史の頬に触れる。
その指先が震えていた。
「怖いの。
今、ここで心を預けたら、きっと私はあなたのこと、本当に――」
彼女の言葉が、喉の奥で止まった。
代わりに、小さな吐息とともに、額が敦史の肩に預けられる。
「ねえ、お願い。
“好きになってくれてありがとう”って、もう一度、ちゃんと言わせて」
「……好きになってくれて、ありがとう」
その言葉が、静かに、しかし深く、部屋の空気に染み込んでいった。
しばらく、ふたりはそのまま動かなかった。
何もせず、何も求めず、ただ――“一緒にいる”という時間だけを分け合っていた。
麗華が顔を上げたのは、それから何分か経ってからだった。
「……ねえ、敦史くん。
そろそろ、この部屋のドア、開くかもしれないね」
「……たぶん、開くと思います」
「でも、私は今のまま、もう少しだけ……“女の子でいたい”から」
彼女は、そっと指を絡めた。
「あと一歩。ちゃんとあなたの隣に行けるように、あと一話だけ、待ってくれる?」
敦史は、そっとその手を握り返した。
「はい。あと一話、ちゃんと待ちます。
そしてそのあと――全部、受け止めさせてください」
部屋の灯りが、さらに一段階、落とされた。
壁に取り付けられた間接照明が、琥珀色の光を投げかけ、室内を夕暮れのように染めていた。
まるで、“告白の前の静寂”を演出する舞台装置のようだった。
麗華は、ソファの端に腰掛けたまま、窓のない壁を見つめていた。
その横顔はどこか――寂しさを帯びていた。
「ねえ、敦史くん」
「はい」
「私……やっぱり、この“家”がずっと怖かった」
その言葉に、敦史はそっと彼女の横に座る。
「小さい頃から、誰かに“良く見せること”を求められて、
笑顔も、声の高さも、身のこなしも――全部、“家のため”だった」
「……うん」
「でも、今日あなたに会って、わかったの。
私、ずっと“誰かのために”じゃなく、“自分のために誰かに好きになってもらいたかった”んだって」
彼女の手が、敦史のシャツの袖を軽く握った。
「ねぇ、敦史くん。
あなた、私のこと“完璧な令嬢”だと思ってた?」
「……少しだけ。最初は」
「ふふ、やっぱり。
でもね、実際はお菓子の袋も上手く開けられないし、
ベッドの上でぐるぐるになって起きるし、
好きな食べ物はハンバーグだし、子どもっぽい漫画だって好きよ」
敦史は、思わず吹き出しそうになった。
「それ、ぜんぜん“完璧なお嬢様”じゃないですね」
「でしょ?」
麗華は、ふわりと微笑んだ。
その笑顔は、“伍城院家の麗華”ではなく、
ただのひとりの女の子の、素直な笑顔だった。
「でも、そういう私も、ちゃんと知ってほしいって思ってる」
「うん。もっと、知りたいです。
知った上で、“好きになれたら”じゃなくて、“好きになってる”って思えたら、それが本当だと思うから」
その瞬間――
麗華は、目を丸くした。
「……今、なんて言った?」
敦史は、気づいた。
自分が、“言ってしまった”ことに。
けれど、それを取り繕う気持ちは、不思議と湧いてこなかった。
「俺、たぶんもう、好きになってます」
「……まだ、何もしてないのに?」
「ううん。むしろ、“何もしてないのに”好きになれるって、すごいことだと思う」
麗華は、ほんの少しだけ唇を噛んだ。
そして――そっと、体を寄せる。
「……じゃあ、“何かして”しまったら、どうなると思う?」
「……分からない。でも、俺、もう逃げません」
彼女の肩が、すっと敦史の胸にあたる。
触れ合うのは、ほんのわずか。けれど、その体温がしっかりと伝わってくる。
「……敦史って、不器用よね。
でも、その不器用さで、私の中にある“見せたくなかった部分”まで、あっさり届いてくる」
「それは……悪いことですか?」
「ううん、むしろ……“ずるい”」
麗華は、片手で敦史の頬に触れる。
その指先が震えていた。
「怖いの。
今、ここで心を預けたら、きっと私はあなたのこと、本当に――」
彼女の言葉が、喉の奥で止まった。
代わりに、小さな吐息とともに、額が敦史の肩に預けられる。
「ねえ、お願い。
“好きになってくれてありがとう”って、もう一度、ちゃんと言わせて」
「……好きになってくれて、ありがとう」
その言葉が、静かに、しかし深く、部屋の空気に染み込んでいった。
しばらく、ふたりはそのまま動かなかった。
何もせず、何も求めず、ただ――“一緒にいる”という時間だけを分け合っていた。
麗華が顔を上げたのは、それから何分か経ってからだった。
「……ねえ、敦史くん。
そろそろ、この部屋のドア、開くかもしれないね」
「……たぶん、開くと思います」
「でも、私は今のまま、もう少しだけ……“女の子でいたい”から」
彼女は、そっと指を絡めた。
「あと一歩。ちゃんとあなたの隣に行けるように、あと一話だけ、待ってくれる?」
敦史は、そっとその手を握り返した。
「はい。あと一話、ちゃんと待ちます。
そしてそのあと――全部、受け止めさせてください」
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