交差点の約束、屋敷の夜に咲く ~突然始まる婿決定戦???~

naomikoryo

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本章:杉田敦史ルート

Ep16:真実の婿殿

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―「ようやく、真実の婿殿が現れたようじゃな……」
 部屋の空気が、音もなく変わった。

 何かが終わろうとしていて、
 それと同時に、何かが今まさに始まろうとしている。

 

 麗華と敦史は、同じソファに座っていた。
 指を繋いだまま、言葉もなく――ただ、静かに呼吸を揃えていた。

 

 「……ねえ、敦史くん」

 

 「はい」

 

 「ここまで来て、後悔はしてない?」

 

 敦史は、小さく首を横に振る。

 

 「むしろ……この屋敷で過ごした時間が、全部、俺の“答え”に繋がってた気がします」

 

 麗華はうっすらと笑った。

 

 「あなたって、本当に不器用よね。
  でも、その不器用さが――あの頃と、やっぱり変わってなかった」

 

 「麗華さんも。ずっと、“変わらない本質”を持ってる人だと思います」

 

 麗華の肩が、少しだけ揺れた。
 そして、そっと身を寄せてくる。

 

 「……今夜だけは、“変わらないままでいたい”って思うの。
  綺麗な姿でも、立派な令嬢でもない、ただの“麗華”で、あなたといたい」

 

 敦史は、彼女の頭をやさしく抱いた。
 そしてそのまま、しばらくの間、言葉を失ったままの静寂が流れる。

 

 けれど――その沈黙は、心地よかった。

 

 互いの鼓動が、熱が、呼吸が、確かに響いていた。
 何も言わずとも、言葉以上の想いが、指先を伝って交わっていた。

 

 やがて――

 部屋の四隅で、静かに“カチリ”と音が鳴った。

 

 麗華が目を細める。

 

 「……開いたわね」

 

 「……はい」

 

 ふたりは、ゆっくりと立ち上がった。
 そのまま、部屋の奥にある重厚な扉の前へと進む。

 

 ドアのノブに手をかけようとした瞬間――

 

 部屋の天井に設置されたスピーカーから、あの声が響いた。

 

 「……ほほほ。よくぞ、最後まで辿り着いたのう、敦史や」

 

 老婆――伍城院家の主の、含み笑いが部屋全体に滲む。

 

 「この試練は、我が家が代々続けてきた“婿選び”の儀式じゃ。
  しかし、単に肉欲や頭の良さ、財力や社交性を測るためのものではない」

 

 老婆の声は、そこで一呼吸置き――やや厳かになる。

 

 「真に求められておるのは、“心の在処”。
  己を偽らず、他者に触れ、傷つくことを恐れずに進み続ける者。
  そして、何より――“誰かひとり”を真に選べる者じゃ」

 

 その言葉に、敦史は自然と麗華の手を強く握る。

 

 「……敦史くん。
  あなたが私を選んだんじゃなくて、きっと――私があなたを選んだんだと思うの」

 

 「違います。……お互いが、選び合ったんですよ」

 

 ふたりの間に言葉が重なった瞬間、老婆の声が微笑ましそうに転がる。

 

 「ようやく、真実の婿殿が現れたようじゃな……」

 

 そして――

 重々しい音を立てて、最後の扉が開いた。

 

 その先にあったのは、屋敷の広大な庭。
 朝焼けが差し始めた空の下、木々の隙間から光が降り注いでいる。

 

 ブランコがひとつ、静かに揺れていた。

 

 麗華が、そっとその前まで歩く。
 敦史も隣に並ぶ。

 

 「……ここ、覚えてる」

 

 「うん。小さい頃、ふたりで取り合いして、泣いたり笑ったりしてたブランコ」

 

 ふたりは、無言のまま隣り合って座る。

 

 風が、ふわりと髪を揺らす。
 鳥のさえずりがどこかから響く。

 

 「敦史」

 

 「はい」

 

 「私ね――この瞬間を、きっと一生、忘れない」

 

 「俺もです。……俺、昔のことは曖昧だけど、今のことだけは、絶対に忘れない」

 

 麗華は、ふっと笑い、手を差し出す。

 

 「じゃあ、約束。これからは、ふたりで“ちゃんと覚えていく”って」

 

 敦史は、その手を強く握った。

 

 ――夜が終わり、ふたりの物語がようやく、静かに、ゆっくりと幕を開けた。
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