交差点の約束、屋敷の夜に咲く ~突然始まる婿決定戦???~

naomikoryo

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本章:神崎尚樹ルート

Ep1:嘘の笑顔、あの頃の影

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―「逃げたままで、終われるわけないだろ」
 《ようこそ、婿殿候補の皆様。これより、伍城院家が定める“婿選抜の儀”を開始いたします》

 
 無機質なアナウンスのあと、尚樹の目の前で、分厚い木製の扉が音もなく閉じた。

 
 これが、“最初の部屋”。

 
 神崎尚樹の喉が、乾いていた。

 
 事態をまったく飲み込めていない。
 ルールは聞かされた。“部屋ごとに女性がいて、次の扉を開けるには、その女性の“許し”が要る”。
 でも、それがどれほど異常で、馬鹿げた状況なのか、改めて現実になって目の前に突きつけられると、笑うしかなかった。

 
 (これはゲームだ。全部嘘っぱちだ。そう思わなきゃ、やってられない)

 
 そう、自分に言い聞かせながら、尚樹は部屋を見渡す。
 カジュアルなワンルーム風。ウッドテーブルに、ベージュのソファ。
 そのソファの肘掛けに座って、ガムをくちゃくちゃ噛んでいた女がいた。

 
 「……ん? お、来た来た。やっと来たか~」
 

 尚樹は一歩後ずさった。

 
 (この顔……)
 

 「マジで? 尚樹?」

 
 金髪混じりの茶髪に、きつめのメイク。黒のタンクトップにデニムのショーパン。
 見た目はすっかり“ギャル”だが――中里あすかだ。
 間違いない。尚樹の**小学校時代の“恩人”**だった。

 
 「え……中里、さん……?」

 
 「うわ、尚樹、マジじゃん。ちょ、なにその顔。うける」

 
 あすかは笑った。昔と同じ、無邪気な笑い方。でも、どこか無理をしているようにも見えた。

 
 「久しぶり? てか、小6ぶり? つか、今どき“神崎尚樹”ってフルネームで覚えてる奴、あたしぐらいだと思うよ?」

 
 尚樹は言葉を返せなかった。
 あの頃、あすかは――いじめられていた自分を、ただ一人だけ助けてくれた存在だった。

 
 「おぼえて……る。すごく、はっきり」
 

 あすかは、視線を伏せて笑った。
 

 「へぇ。あんたが“覚えてる”とか言うの、ちょっと意外。……あのとき、目も合わせてくれなかったのに」

 
 尚樹は、喉が詰まったようになった。

 
 (あれは……)

 
 「こっちが“助けたい”って思ってノート差し出してんのに、無視して逃げたよね。尚樹」

 
 「……違う」

 
 声が掠れた。

 
 「違うんだ……俺、あの時……嬉しかった。
  でも、怖くて……助けてくれたあすかさんまで、巻き込むんじゃないかって……
  そう思って……だから……」

 
 手が震えていた。
 いまだに、あの時の自分を思い出すと、情けなさで胸が苦しくなる。
 

 だけど、尚樹は――ここで、逃げたくなかった。

 
 「……あすかさん。
  あの時、“ありがとう”って言えなかった俺を……もう一度、見てくれますか」

 
 長い沈黙。
 そのあと――

 
 「……言えんじゃん、ちゃんと」

 
 あすかが、笑った。
 でもそれは、さっきまでの“軽い笑い”とは、少しだけ違っていた。

 
 「いいよ。見てあげる。尚樹のこと。
  だってあたしも、ちょっとぐらい……ずっと見てほしかったし」

 
 尚樹の胸に、あの頃とはまるで違う何かが灯った。

 
 これは――“始まり”なんだ。

 
 自分の過去に、言えなかった本音に、そして本当に向き合える相手との再会。
 この部屋は、地獄じゃない。
 逃げ続けた自分が、ようやく立ち止まって向き合うための、“最初の扉”だ。

 
 尚樹は、自然と笑った。
 嘘の笑顔ではなく――本当の、照れくさい笑みで。
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