交差点の約束、屋敷の夜に咲く ~突然始まる婿決定戦???~

naomikoryo

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本章:矢沢瞬ルート

Ep8:好きという痛み

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―「私、ずっと……瞬くんのこと、好きだったんだよ」
 肌に感じるぬくもりというものが、こんなにも安心できるものだと、矢沢瞬は初めて知った。

 

 小鳥遊麗奈の肩に、額を預けているだけ。
 指先は、彼女の手の甲にそっと触れているだけ。
 それなのに――体の奥がじんわりと温かくなっていく。

 

 まるで、そこが自分の“居場所”かのような感覚だった。

 

 「瞬くん」

 

 麗奈が、囁くように声をかける。

 

 「私、ちょっと……ずるいこと、言ってもいい?」

 

 瞬は顔を上げ、彼女を見た。
 怖さはもう、なかった。ただ、その目に映るものを、ちゃんと受け止めたいと願っていた。

 

 「ずっとね、言いたかったのに言えなかったの。
  でも、今なら……ちゃんと伝えられるかもしれない」

 

 麗奈は、自分の手を胸元に置き、少し目を伏せる。

 

 「瞬くんのこと……中学のときから、好きだったよ」

 

 瞬の心臓が、大きく跳ねた。

 

 「保健室でね。毎週のように来るでしょ? お腹痛いって。
  でも、そのたびに、ほんとはどこも悪くないの、私には分かってた。
  ただ、あの場所にいれば、誰にも見られずに、“普通でいられる”瞬くんがいた」

 

 彼女の声は、震えていた。

 

 「だから、私……瞬くんが帰ったあと、いつも心配で仕方なかった。
  “あの子、また明日、ちゃんと来られるかな”って」

 

 瞬は、何も言えなかった。

 

 胸の奥が、ぎゅうっと締めつけられて、言葉にできない感情でいっぱいだった。

 

 「私ね……この屋敷に来るとき、他の人に選ばれてもいいと思ってた。
  でも……“もし、瞬くんが来るなら”って、それだけで、心が決まった」

 

 麗奈が、涙を浮かべたまま、微笑んだ。

 

 「それでも、最初は言えなかった。
  だって、そんなの重いって思われたらどうしようって……
  ずっと怖かった。ずっと、ずっと……」

 

 そのとき――

 

 瞬の手が、そっと麗奈の頬に触れた。

 

 彼女の涙を、指先で拭うように。

 

 そして――ゆっくりと、彼女を抱きしめた。

 

 「……俺も、怖かったです。ずっと」

 

 「……うん」

 

 「誰かに“見られる”のが怖くて。
  “好き”って言われることが、重くて。
  “男の子として見られる”ことが、何より怖くて……」

 

 瞬の声が震える。

 

 それでも、彼の腕は、麗奈をしっかりと抱きしめていた。

 

 「でも、麗奈さんになら……
  俺、“見られたい”って、初めて思ったんです」

 

 麗奈が、小さく啜り泣く。

 

 「こわい。でも、それでも……俺、この人と一緒にいたいって、心から思ったんです」

 

 そして――

 

 瞬は、彼女の顔をそっと持ち上げて、目を見た。

 

 「俺から、キスしていいですか」

 

 麗奈は、涙を浮かべながら、静かに頷いた。

 

 「……うん」

 

 そして、ふたりの唇が、そっと重なる。

 

 甘くも、激しくもなく。
 ただ、やさしくて、涙が混じるような――
 “確かに心を繋ぐ”キスだった。

 

 その瞬間――

 

 部屋の四隅から、“カチリ”と、ロック解除の音が鳴った。

 

 ふたりは顔を離し、自然と笑い合った。

 

 「……開いたね」

 

 「うん」

 

 麗奈が、そっと瞬の手を取る。

 

 「でも、この扉は、誰かに“開けてもらう”ものじゃなくて……
  “自分で開ける”ものなんだよ」

 

 瞬は、その言葉を胸に刻むように頷いた。

 

 「……開けます。自分の手で。
  そして――麗奈さんと一緒に、ここから出たいです」

 

 ふたりで、扉の前へと進む。

 

 瞬がノブに手をかけ、ゆっくりと、開いた。

 

 眩しい光が差し込む。

 

 その先にあったのは――中学校の校庭のような、懐かしい風景だった。

 

 風が吹き、鳥がさえずり、
 花壇にはパンジーが揺れている。

 

 ブランコのそばに並んで座るふたり。
 手を繋いだまま、微笑み合う。

 

 「麗奈さん」

 

 「うん?」

 

 「俺、怖がりなままでもいいですか?」

 

 「もちろん。
  私が一緒にいるから、“怖がるあなた”を好きでいさせてね」

 

 瞬は、力強く頷いた。

 

 「……じゃあ、俺、もう逃げません。
  ここから、“誰かのために”ちゃんと、歩いていきます」

 

 ふたりの手が、静かに強く繋がれる。

 

 ――そして、矢沢瞬の長い夜が、ようやく明けた。
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