交差点の約束、屋敷の夜に咲く ~突然始まる婿決定戦???~

naomikoryo

文字の大きさ
26 / 36
本章:矢沢瞬ルート

Ep7:逃げない優しさ

しおりを挟む
―「触れてもいいよ。……でも、“逃げても”いいからね?」
 “手を繋いだまま、何も言わずに過ごす時間”というのが、
 こんなにもあたたかく、こんなにも優しくて、
 こんなにも涙が出そうになるものだなんて、瞬は知らなかった。

 

 小鳥遊麗奈の手は、相変わらず柔らかく、じんわりとした温もりを宿していた。
 けれど、その手は握り締められるでもなく、支配的でもなく、ただ“そばにいる”という事実だけを伝えてくるようだった。

 

 「ねぇ、瞬くん」

 

 隣から、小さく、けれど芯のある声がした。

 

 「私ね……今日、ここに来たとき、すごく迷ったの」

 

 「……迷った?」

 

 「うん。“この屋敷のルール”を聞いて、最初に浮かんだのが、“瞬くんがここに来てるのかも”ってことだったから。
  だから、もしほんとに会えたら、私、どうするべきか分かんなくなっちゃって」

 

 瞬は、俯いた。

 

 「ごめんなさい……俺、情けなくて……
  女性のこと、ちゃんと向き合えなくて、怖がって、逃げてばっかで……」

 

 麗奈は、それを遮らなかった。
 ただ、少しだけ身体を寄せてから、そっと言葉を重ねた。

 

 「怖がってもいいよ。
  逃げてもいい。泣いても、うずくまっても、手を震わせてもいい。
  でも、“そのままの瞬くん”といたいって思ってる。……ダメかな?」

 

 瞬の喉が詰まった。

 

 涙が出そうだった。
 でも泣いたら、また“弱い自分”になってしまいそうで、それを必死で堪えていた。

 

 けれど、麗奈の手が――背中に回ったとき。

 

 その手が、ゆっくりと背中をなぞるように添えられたとき。

 

 瞬の中で、何かが、崩れた。

 

 「……こわい、です……」

 

 それは、やっと吐き出せた本音だった。

 

 「今も……こわくて、どこかに逃げたいって思ってて……
  でも、麗奈さんが“ここにいていい”って言ってくれるから……まだここにいます」

 

 麗奈は、そっと微笑んで言った。

 

 「ありがとう。ちゃんと怖いって言ってくれて。
  それだけで、私はすごく……安心した」

 

 瞬の身体が、ゆっくりと、彼女の肩に寄りかかる。

 

 彼女の肩に、自分の頭を預けるようにして。

 

 麗奈は、何も言わず、ただ静かにその重みを受け止めた。

 

 「触れてもいいよ」

 

 その囁きは、甘くなく、挑発的でもなく。
 ただ“許し”に満ちていた。

 

 「でも、“逃げても”いいからね?」

 

 瞬の手が、彼女の指先に、そっと触れる。

 

 それは触れ合いというよりも、“心が震えながら差し出したサイン”だった。

 

 麗奈は、その指に自分の指を絡める。

 

 「ほら、ちゃんとできてる。大丈夫。
  瞬くんは、もう“ここにいること”を、自分で選んだんだよ」

 

 瞬は、額を彼女の肩に押し当てながら、小さく笑った。

 

 「……初めて、自分から動けたかもしれない。
  触れるのも、寄りかかるのも。全部、今、俺が“したい”って思って……動けた」

 

 「うん。そのまま、少しずつでいい。
  でも、“逃げない瞬くん”って、ほんとに素敵だよ」

 

 ロックはまだ解除されていない。
 でも、瞬はもう“ここから逃げたい”とは思っていなかった。

 

 彼の中にある怖さと、優しさと、温もり。
 すべてを、小鳥遊麗奈という人が丸ごと包んでくれている。
 そう思えることが、何よりの救いだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

処理中です...