交差点の約束、屋敷の夜に咲く ~突然始まる婿決定戦???~

naomikoryo

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本章:神崎尚樹ルート

Ep6:教えてくれた優しさ

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―「先生の優しさ、あたしは今でも嫌いじゃないよ。でも…それって、ずっと“誰のため”だったの?」
 ドアが閉まる音がした。

 尚樹は、目の前の空間に、どこか不思議な居心地を覚えていた。

 

 懐かしい香り――柑橘系の柔軟剤と、ほんのりとしたインクのにおい。
 小さな本棚に、問題集やペン立て、そしてデスクライト。
 整えられた机と椅子の並びは、かつて何度も見た風景だった。

 

 (……この部屋、もしかして)

 

 「神崎先生、来てくれると思ってた」

 

 その声は、ドアの横から。
 少し低めで、落ち着きのある少女の声だった。

 

 振り返ると、そこにいたのは――

 

 「……麻耶……?」

 

 整えられた黒髪に、控えめな化粧。
 高校の制服に身を包んだ少女は、あの頃よりも少し背が伸び、雰囲気も大人びていた。

 

 「びっくりした? でも私、先生の顔はずっと覚えてたよ。
  中学の頃、一年間だけ教えてくれた“優しい先生”。」

 

 仁科麻耶。
 尚樹が高校に上がる直前に、短期の家庭教師として教えていた女の子だった。

 

 当時は中1で、数学が苦手で、でも頑張り屋だった。

 

 「……なんで、ここに?」

 

 「おばあさまにスカウトされたの。
  “特別な夜に、先生と再会してもらいたい子がいる”って」

 

 微笑みながら言う麻耶の目は、どこか“先生を見る目”ではなかった。

 

 「……あの頃の先生、優しかったよ。
  答えが間違ってても怒らないし、遅れてもちゃんと待ってくれたし……
  でも、今考えるとね、あの優しさって――全部、“相手のため”だったのかな?」

 

 尚樹は言葉に詰まった。

 

 「……麻耶」

 

 「違うの。責めてるわけじゃないよ。
  私ね、あの頃、ほんとに学校行くのが嫌で、塾も嫌で……
  でも先生の授業だけは、なんか、気持ちが楽だった」

 

 彼女はソファに腰を下ろし、目を細めた。

 

 「だから思ったの。“先生の優しさって、ほんとは自分が傷つかないための盾だったんじゃないか”って」

 

 その言葉に、尚樹の胸がドクンと鳴った。

 

 麻耶の言う通りだった。
 彼の“優しさ”はいつも、安全地帯を守るための戦略だった。

 

 「……優しくしてたつもりだった。
  少しでも、あの時間が楽になるようにって……」

 

 「うん。でも先生――
  誰かの心を癒すって、時には“ぶつかること”も必要なんだよ」

 

 麻耶は笑った。
 でもその笑みは、あの頃の子どもではなく、“今を生きる一人の少女”の顔だった。

 

 「今の先生の目、あの頃よりまっすぐになったと思う。
  でも、まだちょっとだけ……“逃げてる”」

 

 尚樹は小さくうなずいた。

 

 「……そうかもしれない。
  “優しさ”で自分を隠してるって、自覚したのは、最近だよ。
  でも、それでも――やっと、ほんとに人と話したいって思えるようになってきた」

 

 「それなら大丈夫。
  先生、ちゃんと変わってきてるよ」

 

 彼女は立ち上がって、尚樹の手を取った。

 

 「今度は、あたしが先生に“優しさ”を返す番。
  これは、その一歩だよ」

 

 その瞬間――

 部屋のロックが、“カチリ”と音を立てて外れた。

 

 尚樹は、彼女に向かって頭を下げた。

 

 「ありがとう、麻耶。……おかげで、自分のことが少しわかった気がする」

 

 「うん。じゃあ、次に誰かと出会うときは、自分のための優しさじゃなくて、
  “その人とちゃんとぶつかる覚悟”を持ってね」

 

 尚樹は、静かに扉を開いた。

 

 胸の奥に、新しい“痛み”と“強さ”を携えて。
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