ちょこっとLoveStory

naomikoryo

文字の大きさ
6 / 18

第六話:『三秒ルールの距離』

しおりを挟む
小学校の卒業式の日、僕たちは「手をつなぐ練習」をした。
それは、未来のためでも、冗談でも、なんでもない。
ただ、あの時の僕たちにとっては、必要なことだった。

「いい? 3秒以上はナシだよ」
「わかってるって」
「だって、3秒超えると、恋になっちゃうんだから」
「……うん。そうなったら、困るもんな」

校庭の片隅、鉄棒のそば。
少し砂が湿った地面の上で、僕と彼女は、お互いの手をそっと重ねた。
ぎこちない、小さな手と手。

「いち……に……さん、はい、終了~!」
「……早くない?」
「早くていいの。練習なんだから」
「ふふ、そっか」

彼女――綾乃とは、クラスで一番仲が良かった。
でも“好き”と言うには、まだどこか曖昧で、
手をつなぐだけで、どうにかなってしまいそうな、そんな距離感だった。

その日、彼女は言った。
「もし10年後、また会って、手を3秒以上つなげたら――そのときは、ちゃんと恋しよう」って。

冗談のようで、本気だった。

僕は、笑ってうなずいた。
それが子供のくせに、人生で一番まっすぐな約束だったかもしれない。



それから10年が経った。
僕は大学を卒業して、都内の広告会社に就職し、あわただしく日々をこなしていた。
小学校のことなんて、もう思い出す暇もなかった。

綾乃のことも、時々ふと思い出しては、思い出の中に沈めてきた。
あれは、少年時代の儚い記憶。
現実にはなりえない、ただの約束。

そう思っていた。

それなのに、ある日の帰り道、乗り換え駅の改札を抜けようとしたそのとき――

「……優太、だよね?」

声がした。
驚いて振り向くと、そこにいたのは――

「……え、綾乃?」

10年ぶりの再会だった。

セミロングの髪。
ベージュのトレンチコートに、ヒールの音が控えめに響いている。
大人になった彼女は、でも確かにあのときの綾乃の目をしていた。

「びっくりした……どうしてここに?」
「こっちこそ。会社、近くなんだ。たまたま寄り道してたら……」

それは、偶然というには出来すぎていて。
でも、そんなことよりも――胸がいっぱいだった。



「……で、3秒って覚えてる?」

再会から2時間後。
喫茶店でお互いの近況を話したあと、綾乃は、ふいにその言葉を口にした。

「え、まさか、あの約束?」
「うん。あの日、ちゃんと数えたよ。いち、に、さんって。あれから10年。ちゃんと、覚えてた」

僕は笑ってしまった。
嬉しくて、照れくさくて、でも嬉しくて。

「綾乃、マジで律儀だな」
「律儀って言うなぁ。でも……気になってた。ちゃんと“3秒”の先に行けるのかどうか。優太が、覚えててくれてるかどうかも」
「正直、忘れかけてた。でも、今は……めちゃくちゃ思い出してる」
「そっか。じゃあ、試してみる?」
「……なにを?」
「3秒。越えるかどうか、もう一度」

彼女が、そっと手を差し出す。
その指先は、かすかに震えていた。
たぶん、僕も。

喫茶店のテーブルの下で、僕たちは静かに手をつないだ。

小さな手。
でも、あの頃よりずっとあたたかくて、ずっと柔らかくて。
それだけで、時間が逆流しそうだった。

「いち……に……」

彼女が数えた。
指先が、きゅっと力を込める。

「……さん」

誰も離さなかった。
誰も、やめようとしなかった。
そして、何秒経っても、僕たちは、手をつないだままだった。

「……あの頃は、3秒でやめなきゃいけなかった」
「うん」
「でも、今は――」
「何秒でも、つないでたい」

目が合う。
綾乃が、そっと微笑む。

「10年かかったけど、ちゃんと恋になったね」

静かな夜の街。
ガラス越しに、店のライトがゆれていた。

その中で、僕たちはずっと、手をつないでいた。

3秒どころじゃなく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

同居人の一輝くんは、ちょっぴり不器用でちょっぴり危険⁉

朝陽七彩
恋愛
突然。 同居することになった。 幼なじみの一輝くんと。 一輝くんは大人しくて子羊みたいな子。 ……だったはず。 なのに。 「結菜ちゃん、一緒に寝よ」 えっ⁉ 「結菜ちゃん、こっちにおいで」 そんなの恥ずかしいよっ。 「結菜ちゃんのこと、どうしようもなく、 ほしくてほしくてたまらない」 そんなにドキドキさせないでっ‼ 今までの子羊のような一輝くん。 そうではなく。 オオカミになってしまっているっ⁉ 。・.・*.・*・*.・。*・.・*・*.・* 如月結菜(きさらぎ ゆな) 高校三年生 恋愛に鈍感 椎名一輝(しいな いつき) 高校一年生 本当は恋愛に慣れていない 。・.・*.・*・*.・。*・.・*・*.・* オオカミになっている。 そのときの一輝くんは。 「一緒にお風呂に入ったら教えてあげる」 一緒にっ⁉ そんなの恥ずかしいよっ。 恥ずかしくなる。 そんな言葉をサラッと言ったり。 それに。 少しイジワル。 だけど。 一輝くんは。 不器用なところもある。 そして一生懸命。 優しいところもたくさんある。 そんな一輝くんが。 「僕は結菜ちゃんのこと誰にも渡したくない」 「そんなに可愛いと理性が破壊寸前になる」 なんて言うから。 余計に恥ずかしくなるし緊張してしまう。 子羊の部分とオオカミの部分。 それらにはギャップがある。 だから戸惑ってしまう。 それだけではない。 そのギャップが。 ドキドキさせる。 虜にさせる。 それは一輝くんの魅力。 そんな一輝くんの魅力。 それに溺れてしまう。 もう一輝くんの魅力から……? ♡何が起こるかわからない⁉♡

貴方を愛することできますか?

詩織
恋愛
中学生の時にある出来事がおき、そのことで心に傷がある結乃。 大人になっても、そのことが忘れられず今も考えてしまいながら、日々生活を送る

離れて後悔するのは、あなたの方

翠月るるな
恋愛
順風満帆だったはずの凛子の人生。それがいつしか狂い始める──緩やかに、転がるように。 岡本財閥が経営する会社グループのひとつに、 医療に長けた会社があった。その中の遺伝子調査部門でコウノトリプロジェクトが始まる。 財閥の跡取り息子である岡本省吾は、いち早くそのプロジェクトを利用し、もっとも遺伝的に相性の良いとされた日和凛子を妻とした。 だが、その結婚は彼女にとって良い選択ではなかった。 結婚してから粗雑な扱いを受ける凛子。夫の省吾に見え隠れする女の気配……相手が分かっていながら、我慢する日々。 しかしそれは、一つの計画の為だった。 そう。彼女が残した最後の贈り物(プレゼント)、それを知った省吾の後悔とは──とあるプロジェクトに翻弄された人々のストーリー。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

思い込みの恋

秋月朔夕
恋愛
サッカー部のエースである葉山くんに告白された。けれどこれは罰ゲームでしょう。だって彼の友達二人が植え込みでコッチをニヤニヤしながら見ているのだから。 ムーンライトノベル にも掲載中。 おかげさまでムーンライトノベル では 2020年3月14日、2020年3月15日、日間ランキング1位。 2020年3月18日、週間ランキング1位。 2020年3月19日、週間ランキング1位。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

私の大好きな彼氏はみんなに優しい

hayama_25
恋愛
柊先輩は私の自慢の彼氏だ。 柊先輩の好きなところは、誰にでも優しく出来るところ。 そして… 柊先輩の嫌いなところは、誰にでも優しくするところ。

処理中です...