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第六話:『三秒ルールの距離』
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小学校の卒業式の日、僕たちは「手をつなぐ練習」をした。
それは、未来のためでも、冗談でも、なんでもない。
ただ、あの時の僕たちにとっては、必要なことだった。
「いい? 3秒以上はナシだよ」
「わかってるって」
「だって、3秒超えると、恋になっちゃうんだから」
「……うん。そうなったら、困るもんな」
校庭の片隅、鉄棒のそば。
少し砂が湿った地面の上で、僕と彼女は、お互いの手をそっと重ねた。
ぎこちない、小さな手と手。
「いち……に……さん、はい、終了~!」
「……早くない?」
「早くていいの。練習なんだから」
「ふふ、そっか」
彼女――綾乃とは、クラスで一番仲が良かった。
でも“好き”と言うには、まだどこか曖昧で、
手をつなぐだけで、どうにかなってしまいそうな、そんな距離感だった。
その日、彼女は言った。
「もし10年後、また会って、手を3秒以上つなげたら――そのときは、ちゃんと恋しよう」って。
冗談のようで、本気だった。
僕は、笑ってうなずいた。
それが子供のくせに、人生で一番まっすぐな約束だったかもしれない。
◇
それから10年が経った。
僕は大学を卒業して、都内の広告会社に就職し、あわただしく日々をこなしていた。
小学校のことなんて、もう思い出す暇もなかった。
綾乃のことも、時々ふと思い出しては、思い出の中に沈めてきた。
あれは、少年時代の儚い記憶。
現実にはなりえない、ただの約束。
そう思っていた。
それなのに、ある日の帰り道、乗り換え駅の改札を抜けようとしたそのとき――
「……優太、だよね?」
声がした。
驚いて振り向くと、そこにいたのは――
「……え、綾乃?」
10年ぶりの再会だった。
セミロングの髪。
ベージュのトレンチコートに、ヒールの音が控えめに響いている。
大人になった彼女は、でも確かにあのときの綾乃の目をしていた。
「びっくりした……どうしてここに?」
「こっちこそ。会社、近くなんだ。たまたま寄り道してたら……」
それは、偶然というには出来すぎていて。
でも、そんなことよりも――胸がいっぱいだった。
◇
「……で、3秒って覚えてる?」
再会から2時間後。
喫茶店でお互いの近況を話したあと、綾乃は、ふいにその言葉を口にした。
「え、まさか、あの約束?」
「うん。あの日、ちゃんと数えたよ。いち、に、さんって。あれから10年。ちゃんと、覚えてた」
僕は笑ってしまった。
嬉しくて、照れくさくて、でも嬉しくて。
「綾乃、マジで律儀だな」
「律儀って言うなぁ。でも……気になってた。ちゃんと“3秒”の先に行けるのかどうか。優太が、覚えててくれてるかどうかも」
「正直、忘れかけてた。でも、今は……めちゃくちゃ思い出してる」
「そっか。じゃあ、試してみる?」
「……なにを?」
「3秒。越えるかどうか、もう一度」
彼女が、そっと手を差し出す。
その指先は、かすかに震えていた。
たぶん、僕も。
喫茶店のテーブルの下で、僕たちは静かに手をつないだ。
小さな手。
でも、あの頃よりずっとあたたかくて、ずっと柔らかくて。
それだけで、時間が逆流しそうだった。
「いち……に……」
彼女が数えた。
指先が、きゅっと力を込める。
「……さん」
誰も離さなかった。
誰も、やめようとしなかった。
そして、何秒経っても、僕たちは、手をつないだままだった。
「……あの頃は、3秒でやめなきゃいけなかった」
「うん」
「でも、今は――」
「何秒でも、つないでたい」
目が合う。
綾乃が、そっと微笑む。
「10年かかったけど、ちゃんと恋になったね」
静かな夜の街。
ガラス越しに、店のライトがゆれていた。
その中で、僕たちはずっと、手をつないでいた。
3秒どころじゃなく。
それは、未来のためでも、冗談でも、なんでもない。
ただ、あの時の僕たちにとっては、必要なことだった。
「いい? 3秒以上はナシだよ」
「わかってるって」
「だって、3秒超えると、恋になっちゃうんだから」
「……うん。そうなったら、困るもんな」
校庭の片隅、鉄棒のそば。
少し砂が湿った地面の上で、僕と彼女は、お互いの手をそっと重ねた。
ぎこちない、小さな手と手。
「いち……に……さん、はい、終了~!」
「……早くない?」
「早くていいの。練習なんだから」
「ふふ、そっか」
彼女――綾乃とは、クラスで一番仲が良かった。
でも“好き”と言うには、まだどこか曖昧で、
手をつなぐだけで、どうにかなってしまいそうな、そんな距離感だった。
その日、彼女は言った。
「もし10年後、また会って、手を3秒以上つなげたら――そのときは、ちゃんと恋しよう」って。
冗談のようで、本気だった。
僕は、笑ってうなずいた。
それが子供のくせに、人生で一番まっすぐな約束だったかもしれない。
◇
それから10年が経った。
僕は大学を卒業して、都内の広告会社に就職し、あわただしく日々をこなしていた。
小学校のことなんて、もう思い出す暇もなかった。
綾乃のことも、時々ふと思い出しては、思い出の中に沈めてきた。
あれは、少年時代の儚い記憶。
現実にはなりえない、ただの約束。
そう思っていた。
それなのに、ある日の帰り道、乗り換え駅の改札を抜けようとしたそのとき――
「……優太、だよね?」
声がした。
驚いて振り向くと、そこにいたのは――
「……え、綾乃?」
10年ぶりの再会だった。
セミロングの髪。
ベージュのトレンチコートに、ヒールの音が控えめに響いている。
大人になった彼女は、でも確かにあのときの綾乃の目をしていた。
「びっくりした……どうしてここに?」
「こっちこそ。会社、近くなんだ。たまたま寄り道してたら……」
それは、偶然というには出来すぎていて。
でも、そんなことよりも――胸がいっぱいだった。
◇
「……で、3秒って覚えてる?」
再会から2時間後。
喫茶店でお互いの近況を話したあと、綾乃は、ふいにその言葉を口にした。
「え、まさか、あの約束?」
「うん。あの日、ちゃんと数えたよ。いち、に、さんって。あれから10年。ちゃんと、覚えてた」
僕は笑ってしまった。
嬉しくて、照れくさくて、でも嬉しくて。
「綾乃、マジで律儀だな」
「律儀って言うなぁ。でも……気になってた。ちゃんと“3秒”の先に行けるのかどうか。優太が、覚えててくれてるかどうかも」
「正直、忘れかけてた。でも、今は……めちゃくちゃ思い出してる」
「そっか。じゃあ、試してみる?」
「……なにを?」
「3秒。越えるかどうか、もう一度」
彼女が、そっと手を差し出す。
その指先は、かすかに震えていた。
たぶん、僕も。
喫茶店のテーブルの下で、僕たちは静かに手をつないだ。
小さな手。
でも、あの頃よりずっとあたたかくて、ずっと柔らかくて。
それだけで、時間が逆流しそうだった。
「いち……に……」
彼女が数えた。
指先が、きゅっと力を込める。
「……さん」
誰も離さなかった。
誰も、やめようとしなかった。
そして、何秒経っても、僕たちは、手をつないだままだった。
「……あの頃は、3秒でやめなきゃいけなかった」
「うん」
「でも、今は――」
「何秒でも、つないでたい」
目が合う。
綾乃が、そっと微笑む。
「10年かかったけど、ちゃんと恋になったね」
静かな夜の街。
ガラス越しに、店のライトがゆれていた。
その中で、僕たちはずっと、手をつないでいた。
3秒どころじゃなく。
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