五寸釘零子は、呪いを受け入れない2

naomikoryo

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第十二話:天女、五寸釘を打つ

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 夜明け前の学校は、ひどく静かだった。

 部活動の声もなく、
 チャイムも鳴らず、
 ただ、建物が呼吸する音だけが残っている。

 



 

 旧校舎の地下。

 そこには、まだ“残り”があった。

 

 形になりきれなかった感情。
 出口を選ばなかった影。
 そして――
 集まること自体をやめなかった中心。


 

 それは、魍魎の核だった。

 

 人の姿を、かろうじて保っている。

 だが、顔はない。
 声は、いくつも重なっている。

 

『ここにいれば』
『誰も、いなくならない』
『全部、守れる』

  

 零子は、その前に立っていた。

 

「……それは、守るって言いません」

 

 声は、静かだった。

 

「閉じ込める、ですぅ」

 


 白装束が、闇の中で揺れる。

 赤いハチマキが、額を締める。

 赤い羽衣が、背中でゆっくりと広がった。

 

 地下の空気が、ぴんと張りつめる。

 



 

 階段の上。

 三杉麗子は、祈るように手を握っていた。

 

(……また、この姿)

 

 何度見ても、
 現実から切り離されたような存在。

 

(……天女)

 

 もう、その言葉に迷いはなかった。

  

 魍魎が、腕を伸ばす。

 影が、零子を包もうとする。

 

『一緒にいれば』
『あなたも』
『孤独じゃない』

  

 零子は、立ち止まらない。

 

「私はぁ……」

 

 一歩、前へ。

 

「孤独を、
 悪いものだとは思ってません」

  

 五寸釘を、取り出す。

 

 一本。
 一本。
 一本。

 

 それは、呪いの道具。

 だが、零子の手の中では、
 区切りのための杭だった。

 
 

「あなたたちは、
 ここに来るまで、
 ちゃんと生きてましたぁ」

 

 影が、揺れる。

 

「でも、
 ここから先は――」

 

 一拍。

 

「選ばせません」

 

 ――カン。

 

 最初の一本が、
 魍魎の“足元”に打ち込まれる。

 

 影が、止まる。

 

 ――カン。

 

 二本目が、
 中心に打ち込まれる。

 

 声が、重なるのをやめる。

 

 ――カン。

 

 三本目が、
 天井へ向けて、
 結界として打ち上げられる。

 

 地下に、光が満ちる。

 

 影は、散らばる。

 泣き声。
 ため息。
 名残。

 

 だが、もう、集まらない。

 

 零子は、最後に言った。

 

「ここは、
 通り道ですぅ」

 

「居場所じゃ、ありません」

  

 魍魎は、
 形を保てなくなり、
 ゆっくりと霧のようにほどけていった。

 

 静寂。

 

 地下には、
 何も残らなかった。

 



 

 夜明け。

 校舎に、朝の光が差し込む。

 

 階段を上がってきた零子は、
 ふっと肩の力を抜いた。

 

「……終わりましたぁ」

 

 麗子は、思わず駆け寄った。

 

「……戻ってきた」

 

 その声は、
 泣いているようでも、
 笑っているようでもあった。

  

 零子は、少し困ったように笑った。

 

「戻る、というより……」

 

「まだ、いますぅ」

 
 

 朱音は、遠くから二人を見ていた。

 

(……この学校は、救われた)

 

 だが同時に、
 確信していた。

 

(彼女は、
 ここだけの存在じゃない)

 



 

 数日後。

 学校は、いつもの日常を取り戻した。

 怪談は、噂に戻り、
 旧校舎は、静かに朽ちていく。

 

 放課後。

 生徒会室。

 

 零子は、窓際で、ぼんやりと外を見ていた。

 

「……零子」

 

 麗子が、声をかける。

 

「あなた、
 呪いを受け入れないのよね」

 

 零子は、少し考えてから答えた。

 

「受け入れますよぉ」

 

「でも……」

 

 一拍。

 

「居場所には、しません」

 

 夕陽が、二人を照らす。

 

 今日も、どこかで、
 呪いは生まれている。

 

 そして、
 それを“途中で止める者”が、
 ここにいる。

 

 

 五寸釘零子は、呪いを受け入れない。

 

 

――第二部・完――
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