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第十二話:天女、五寸釘を打つ
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夜明け前の学校は、ひどく静かだった。
部活動の声もなく、
チャイムも鳴らず、
ただ、建物が呼吸する音だけが残っている。
◆
旧校舎の地下。
そこには、まだ“残り”があった。
形になりきれなかった感情。
出口を選ばなかった影。
そして――
集まること自体をやめなかった中心。
それは、魍魎の核だった。
人の姿を、かろうじて保っている。
だが、顔はない。
声は、いくつも重なっている。
『ここにいれば』
『誰も、いなくならない』
『全部、守れる』
零子は、その前に立っていた。
「……それは、守るって言いません」
声は、静かだった。
「閉じ込める、ですぅ」
白装束が、闇の中で揺れる。
赤いハチマキが、額を締める。
赤い羽衣が、背中でゆっくりと広がった。
地下の空気が、ぴんと張りつめる。
◆
階段の上。
三杉麗子は、祈るように手を握っていた。
(……また、この姿)
何度見ても、
現実から切り離されたような存在。
(……天女)
もう、その言葉に迷いはなかった。
魍魎が、腕を伸ばす。
影が、零子を包もうとする。
『一緒にいれば』
『あなたも』
『孤独じゃない』
零子は、立ち止まらない。
「私はぁ……」
一歩、前へ。
「孤独を、
悪いものだとは思ってません」
五寸釘を、取り出す。
一本。
一本。
一本。
それは、呪いの道具。
だが、零子の手の中では、
区切りのための杭だった。
「あなたたちは、
ここに来るまで、
ちゃんと生きてましたぁ」
影が、揺れる。
「でも、
ここから先は――」
一拍。
「選ばせません」
――カン。
最初の一本が、
魍魎の“足元”に打ち込まれる。
影が、止まる。
――カン。
二本目が、
中心に打ち込まれる。
声が、重なるのをやめる。
――カン。
三本目が、
天井へ向けて、
結界として打ち上げられる。
地下に、光が満ちる。
影は、散らばる。
泣き声。
ため息。
名残。
だが、もう、集まらない。
零子は、最後に言った。
「ここは、
通り道ですぅ」
「居場所じゃ、ありません」
魍魎は、
形を保てなくなり、
ゆっくりと霧のようにほどけていった。
静寂。
地下には、
何も残らなかった。
◆
夜明け。
校舎に、朝の光が差し込む。
階段を上がってきた零子は、
ふっと肩の力を抜いた。
「……終わりましたぁ」
麗子は、思わず駆け寄った。
「……戻ってきた」
その声は、
泣いているようでも、
笑っているようでもあった。
零子は、少し困ったように笑った。
「戻る、というより……」
「まだ、いますぅ」
朱音は、遠くから二人を見ていた。
(……この学校は、救われた)
だが同時に、
確信していた。
(彼女は、
ここだけの存在じゃない)
◆
数日後。
学校は、いつもの日常を取り戻した。
怪談は、噂に戻り、
旧校舎は、静かに朽ちていく。
放課後。
生徒会室。
零子は、窓際で、ぼんやりと外を見ていた。
「……零子」
麗子が、声をかける。
「あなた、
呪いを受け入れないのよね」
零子は、少し考えてから答えた。
「受け入れますよぉ」
「でも……」
一拍。
「居場所には、しません」
夕陽が、二人を照らす。
今日も、どこかで、
呪いは生まれている。
そして、
それを“途中で止める者”が、
ここにいる。
五寸釘零子は、呪いを受け入れない。
――第二部・完――
部活動の声もなく、
チャイムも鳴らず、
ただ、建物が呼吸する音だけが残っている。
◆
旧校舎の地下。
そこには、まだ“残り”があった。
形になりきれなかった感情。
出口を選ばなかった影。
そして――
集まること自体をやめなかった中心。
それは、魍魎の核だった。
人の姿を、かろうじて保っている。
だが、顔はない。
声は、いくつも重なっている。
『ここにいれば』
『誰も、いなくならない』
『全部、守れる』
零子は、その前に立っていた。
「……それは、守るって言いません」
声は、静かだった。
「閉じ込める、ですぅ」
白装束が、闇の中で揺れる。
赤いハチマキが、額を締める。
赤い羽衣が、背中でゆっくりと広がった。
地下の空気が、ぴんと張りつめる。
◆
階段の上。
三杉麗子は、祈るように手を握っていた。
(……また、この姿)
何度見ても、
現実から切り離されたような存在。
(……天女)
もう、その言葉に迷いはなかった。
魍魎が、腕を伸ばす。
影が、零子を包もうとする。
『一緒にいれば』
『あなたも』
『孤独じゃない』
零子は、立ち止まらない。
「私はぁ……」
一歩、前へ。
「孤独を、
悪いものだとは思ってません」
五寸釘を、取り出す。
一本。
一本。
一本。
それは、呪いの道具。
だが、零子の手の中では、
区切りのための杭だった。
「あなたたちは、
ここに来るまで、
ちゃんと生きてましたぁ」
影が、揺れる。
「でも、
ここから先は――」
一拍。
「選ばせません」
――カン。
最初の一本が、
魍魎の“足元”に打ち込まれる。
影が、止まる。
――カン。
二本目が、
中心に打ち込まれる。
声が、重なるのをやめる。
――カン。
三本目が、
天井へ向けて、
結界として打ち上げられる。
地下に、光が満ちる。
影は、散らばる。
泣き声。
ため息。
名残。
だが、もう、集まらない。
零子は、最後に言った。
「ここは、
通り道ですぅ」
「居場所じゃ、ありません」
魍魎は、
形を保てなくなり、
ゆっくりと霧のようにほどけていった。
静寂。
地下には、
何も残らなかった。
◆
夜明け。
校舎に、朝の光が差し込む。
階段を上がってきた零子は、
ふっと肩の力を抜いた。
「……終わりましたぁ」
麗子は、思わず駆け寄った。
「……戻ってきた」
その声は、
泣いているようでも、
笑っているようでもあった。
零子は、少し困ったように笑った。
「戻る、というより……」
「まだ、いますぅ」
朱音は、遠くから二人を見ていた。
(……この学校は、救われた)
だが同時に、
確信していた。
(彼女は、
ここだけの存在じゃない)
◆
数日後。
学校は、いつもの日常を取り戻した。
怪談は、噂に戻り、
旧校舎は、静かに朽ちていく。
放課後。
生徒会室。
零子は、窓際で、ぼんやりと外を見ていた。
「……零子」
麗子が、声をかける。
「あなた、
呪いを受け入れないのよね」
零子は、少し考えてから答えた。
「受け入れますよぉ」
「でも……」
一拍。
「居場所には、しません」
夕陽が、二人を照らす。
今日も、どこかで、
呪いは生まれている。
そして、
それを“途中で止める者”が、
ここにいる。
五寸釘零子は、呪いを受け入れない。
――第二部・完――
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