氷の上司に、好きがバレたら終わりや

naomikoryo

文字の大きさ
29 / 42

特別編4話「じいじ、社内で覚醒する」

しおりを挟む
▶1. 「おい、徹さん、なんか顔ニヤけてへん?」
大阪・堺にある老舗の金属加工会社「岸本精工」。
その2階にある溶接工場は、朝からいつも通り、火花と機械音でにぎやかだった。

その中で、ひときわ異様な空気を放つ男が一人。

――宮本徹(60)。
寡黙、頑固、仕事一筋。口癖は「やることやっとけ」。
職人中の職人、社内でも誰もが一目置く存在。

……だった。

「おい徹さん、なんか顔ニヤけてへん?」
「うっわ……スマホ持って、ニヤァって……怖ッ」
「溶接の次は、デレ溶けてんで……」

周囲の社員たちはひそひそ声でざわついていた。

それもそのはず――

いつもポケットに入れっぱなしのスマホを、
今朝からずっと片手に持って笑っているのだ。

しかも。

「これや、これ。見てみい、ウチの孫や」

「えっ!?」

「これは……生後5日。名前は“悠真”や」

「おじ……じいじ……?」

徹は、まごうことなき“デレ顔”でスマホを掲げた。

 

▶2. 「この写真がな、ええんやまた……」
社内食堂でも異変は続いた。

昼休み、弁当を食べる社員たちのもとへ、無言で近づく影。
徹である。

「……飯中すまん。ちょっとこれ見てくれへんか」

「(ひぇっ!徹さんが話しかけてきた!?)」

テーブルに置かれたスマホ画面には――

赤ちゃん。満面の笑みでタオルにくるまれた悠真の写真。

「これな、初めて笑った瞬間や。千代が“撮れたで!”言うて送ってきよった」

「は、はぁ……」

「この写真がな、ええんやまた。なんかこう……見てるだけでな、心がな、溶けるちゅうか……」

「(職人気質どこいったんや……)」

その場の全員が、仕事道具を置いて「うんうん」と頷いた。
もはや誰も逆らえない、“じいじパワー”である。

 

▶3. 「この角度がまた天才やねん」
午後の現場。

ふだんは「作業中に私語禁止やろがい」と一喝する徹が、なぜか立ち話をしている。

しかもスマホ片手。

「これ見てみ?目が開き始めてな。こっち見てるように見えるやろ?」

「う、うっすらと……!」

「この角度がまた天才やねん。千代、よう撮ったわこれ。
写真の才能あるんちゃうか、あいつ……いや悠真が被写体として天才なんかもな……」

「徹さん、まじで語ってる……」

誰もが心の中でそっと手を合わせた。
(誰か……誰かこの人を、いつもの“無口キャラ”に戻してくれ……!)

 

▶4. 社長室にて
午後3時。

なんと徹は、社長室に現れていた。

「おぉ……徹さん、何か問題でも?」

「いや……社長にも見せとこう思てな。これや」

スマホを掲げる。

「……どちら様?」

「孫や。“悠真”やで。もう5日やけど、こないに成長しとるんや。
顔の骨格がワシに似てきとる。千代が言うには、耳もワシそっくりやって」

社長、戦慄。

(この男が!俺の前で“骨格が似てる”とか言う!?)
(普段“無駄な会話禁止”って顔しとるのに!?)

「う、うん……立派な赤ちゃんやなぁ……」

徹は満足げに頷き、帰っていった。

社長はその背中に、社員一同の涙を重ねた。

 

▶5. まさかの社内掲示板ジャック
事件は翌朝、起こった。

社内掲示板に掲示された「安全目標週間」の横に――
カラーコピーされた悠真の写真が、A4で貼られていた。

「『安全第一。孫の顔を見るまで、家に帰れ』」

「徹さん……」

「座右の銘変わってるやん……」

「いやむしろ説得力あるけどな……」

もはや社内で“悠真くんファンクラブ”ができかけていた。
現場女子たちが勝手に「1日1悠真」と称して写真を回し始める始末。

 

▶6. ついに千代から電話が
その日の午後。

徹のスマホに千代からの電話が入る。

「アンタ!会社でまた悠真の写真ばらまいてるやろ!」

「……いや。ばらまいてへん。見せただけや」

「“見せる”ちゅうのは、社長からわたしんとこ連絡が来るくらい知ってる状況のこと言うんか!?」

「……いや、それはちゃうな」

「ちゃうなやない!ほな次の写真、もっとええやつ送ったるさかい、今度は壁に貼るのはやめてや!」

「……わかった」

 

▶7. その夜、居間での一言
大阪の宮本家。

夕食後、ソファに座る徹が、画面をじっと見つめている。

そこには、舞子から送られてきた「悠真のあくび動画」。

帰りに買ってきたたこ焼きをつまみながら、ビールを飲む。

徹:「……あの“はぁぁ”って声が、ええねん」

何度も同じ場面を見ている。

徹:「……明日、現場に動画見せんとな」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

ワンナイトLOVE男を退治せよ

鳴宮鶉子
恋愛
ワンナイトLOVE男を退治せよ

誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には "恋"も"愛"も存在しない。 高校の同級生が上司となって 私の前に現れただけの話。 .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ Иatural+ 企画開発部部長 日下部 郁弥(30) × 転職したてのエリアマネージャー 佐藤 琴葉(30) .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ 偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の 貴方を見つけて… 高校時代の面影がない私は… 弱っていそうな貴方を誘惑した。 : : ♡o。+..:* : 「本当は大好きだった……」 ───そんな気持ちを隠したままに 欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。 【誘惑の延長線上、君を囲う。】

一夜限りのお相手は

栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月

苺の誘惑 ~御曹司副社長の甘い計略~

泉南佳那
恋愛
来栖エリカ26歳✖️芹澤宗太27歳 売れないタレントのエリカのもとに 破格のギャラの依頼が…… ちょっと怪しげな黒の高級国産車に乗せられて ついた先は、巷で話題のニュースポット サニーヒルズビレッジ! そこでエリカを待ちうけていたのは 極上イケメン御曹司の副社長。 彼からの依頼はなんと『偽装恋人』! そして、これから2カ月あまり サニーヒルズレジデンスの彼の家で ルームシェアをしてほしいというものだった! 一緒に暮らすうちに、エリカは本気で彼に恋をしてしまい とうとう苦しい胸の内を告げることに…… *** ラグジュアリーな再開発都市を舞台に繰り広げられる 御曹司と売れないタレントの恋 はたして、その結末は⁉︎

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

Cinderella story 〜天涯孤独なわたしの王子様〜

鳴宮鶉子
恋愛
Cinderella story 〜天涯孤独なわたしの王子様〜

お前が欲しくて堪らない〜年下御曹司との政略結婚

ラヴ KAZU
恋愛
忌まわしい過去から抜けられず、恋愛に臆病になっているアラフォー葉村美鈴。 五歳の時の初恋相手との結婚を願っている若き御曹司戸倉慶。 ある日美鈴の父親の会社の借金を支払う代わりに美鈴との政略結婚を申し出た慶。 年下御曹司との政略結婚に幸せを感じることが出来ず、諦めていたが、信じられない慶の愛情に困惑する美鈴。 慶に惹かれる気持ちと過去のトラウマから男性を拒否してしまう身体。 二人の恋の行方は……

処理中です...