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第12話『たっくん、こえのないこえをさがす』
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火曜日の午後、空はくすんだ灰色だった。
湿気を含んだ風が団地のベランダを抜けて、布団の端をぺろんとめくる。
たっくんは登校途中、ふとポストの様子が気になって、
回覧誌の受け取りがてら寄り道していた。
「たぬき、湿気に弱くないかな……」
(カビとか……もし口の中に入ったら“たぬきのカビ相談”とか来るかも)
不安に駆られて、ポストの鍵を差し込み、蓋を開ける。
中に入っていたのは、一枚だけのメモ用紙。
白地の角が丸まった、小さな切れ端。
そこに、こう書かれていた。
【投稿:名無し】
“こえがないとき、どうしたらいいですか”
「……こえがない?」
たっくんは読みながら、眉をひそめた。
(どういう意味だ……“声が出ない”ってこと?)
(それとも、“自分の言いたいことが言えない”ってこと?)
(それとも、“声をかけられない”とか……)
紙には、それ以外何も書かれていなかった。
名前も、年齢も、なにかのヒントもない。
ただ、「こえがない」とだけ、ぽつんとある。
***
「“こえがないとき”って、どういう意味だと思う?」
その日の昼休み、たっくんは校舎裏のベンチで、のぞみに問いかけていた。
「文字通りだったら、声帯のトラブルかもね」
「それだと病院行ってって話だし」
「うーん……心の声が出ないとか?」
「それっぽいけど……でも、“どうしたらいいか”って聞かれてるから、本人も悩んでるんだよ」
のぞみは、目を細めて空を見上げた。
「“こえがない”って、たぶん、“なにも言えないとき”って意味なんじゃないかな」
「言いたいけど、どう言えばいいか分からないってこと?」
「うん。大人って、そういうときあるでしょ。“こんなこと言っていいのかな”って、モヤモヤするやつ」
(なるほど……のぞみ、たまにすごい)
「じゃあ、“こえにならない気持ち”をどうやって見つけるかが、今回の課題ってわけか……」
たっくんは、うーんと首をひねりながら、ランドセルからいつものスケッチブックを取り出した。
その紙に、でかでかと一行。
『こえのないこえ=?』
その下に、線を引いていく。
・声が出せない人
・気持ちが言葉にならない人
・言葉にしたら否定されそうで怖い人
・誰にも聞いてもらえないと思ってる人
「……あ」
「なに?」
「この中に“聞いてくれる相手がいない人”って書いてない」
「それだ!」
のぞみが立ち上がって両手をバッと広げる。
「つまり、必要なのは“声を届ける仕組み”じゃなくて、“聞いてくれる誰か”だ!」
「……今ちょっとカッコよかった」
「でしょ?」
たっくんはページの端に、ふと書き添えた。
『こえは出すものじゃなくて、拾われるもの』
***
その夜。
たっくんは、部屋の机の上に無記名の投稿メモを置いて、じっと見つめていた。
(たぬきは、声を“受け取る”存在だ)
(でも、たぬきは“相手に歩み寄る”ことはできない)
(じゃあ……今回必要なのは、“歩み寄る役”だ)
(町の中に、“拾う人”がもっと増えれば、“こえのない人”も少しだけ、言えるようになるかもしれない)
「うん……よし」
たっくんは、手帳を取り出した。
表紙にこう書いた。
『こえのパトロールノート』
***
翌朝。
団地の掲示板に新しく貼り出されたポスターには、ちびたぬきが赤い帽子をかぶり、
メガホンを持って叫んでいた。
**『たぬきのこえパトロール』はじまります!**
団地の中で、“なんか元気なさそうな人”を見かけたら、
そっと教えてください。
「こえを出せない人」って、
「声を聞いてほしい人」の裏返しかもしれません。
聞く役のたぬきが行けない場所には、
ぼくたち“こえパトロール”が目と耳を貸します。
ちょっとした声を、拾いにいこう。
書記・たっくん
「こえパトロールって……なんかカッコいいな」
「ちょっと探偵チックじゃない?」
「いや、むしろ“たぬきの忍者部隊”っぽくない?」
(忍者にすると棟梁がノリノリで木刀作り出すからやめて)
ポスターの下には、ちょっとした報告メモが貼れるようになっていた。
「今日、4号棟のエレベーター前で、ずっと下を向いてるおじいちゃんがいたよ」
「にじやで、あまり元気なさそうなおばちゃんがいたかも」
小さな気づきが、紙になって重なっていく。
(これが“町の感度”ってやつか)
***
そして、土曜日。
たっくんは、にじやのパートリーダーであるのぞみのお母さんに事情を話し、
こっそりリストを作ってもらっていた。
「最近、元気がなさそうだった常連さん」リストだ。
「おばちゃんが気づく“変化”って、侮れないのよ」と笑うのぞみママのメモには、
「いつもは笑ってくれるのに最近無表情な人」
「トマトを買いに来てたけど最近見ない人」
など、“声にならないサイン”が丁寧に書き出されていた。
「なるほど……言葉じゃなくて、動きでわかるんだ」
「そ。言葉は出せなくても、“気配”はにじむのよ」
(この人、名探偵すぎる)
***
日曜の夕方。
たっくんは、公民館の掲示板に新たな便りを貼った。
今週の“こえのないこえ”たちへ。
誰にも言ってないけど、
さびしい。
笑ってるけど、ちょっとだけ苦しい。
だれにも気づかれたくないけど、
だれかに気づいてほしかった。
そんなときは、
たぬきに黙って話しかけてください。
そして、あなたの“気配”を覚えてくれた人が、
この町にひとりでも増えたら。
それは、きっと“声”になるはずです。
書記・たっくん(8)
それを見ていた田村さんが、ぼそっとつぶやいた。
「……“聞く耳”のある町ってのは、ありがたいもんだな」
たっくんは、ポストにそっと手を添えた。
「ぼくも、町の耳のひとつですから」
(たぬきも、耳は小さいけどちゃんとある)
公民館前に風が吹いて、掲示板の紙がかさりと鳴った。
それがまるで、誰かの“ありがとう”のように聞こえて、
たっくんは、少し照れくさそうに笑った。
―――つづく
湿気を含んだ風が団地のベランダを抜けて、布団の端をぺろんとめくる。
たっくんは登校途中、ふとポストの様子が気になって、
回覧誌の受け取りがてら寄り道していた。
「たぬき、湿気に弱くないかな……」
(カビとか……もし口の中に入ったら“たぬきのカビ相談”とか来るかも)
不安に駆られて、ポストの鍵を差し込み、蓋を開ける。
中に入っていたのは、一枚だけのメモ用紙。
白地の角が丸まった、小さな切れ端。
そこに、こう書かれていた。
【投稿:名無し】
“こえがないとき、どうしたらいいですか”
「……こえがない?」
たっくんは読みながら、眉をひそめた。
(どういう意味だ……“声が出ない”ってこと?)
(それとも、“自分の言いたいことが言えない”ってこと?)
(それとも、“声をかけられない”とか……)
紙には、それ以外何も書かれていなかった。
名前も、年齢も、なにかのヒントもない。
ただ、「こえがない」とだけ、ぽつんとある。
***
「“こえがないとき”って、どういう意味だと思う?」
その日の昼休み、たっくんは校舎裏のベンチで、のぞみに問いかけていた。
「文字通りだったら、声帯のトラブルかもね」
「それだと病院行ってって話だし」
「うーん……心の声が出ないとか?」
「それっぽいけど……でも、“どうしたらいいか”って聞かれてるから、本人も悩んでるんだよ」
のぞみは、目を細めて空を見上げた。
「“こえがない”って、たぶん、“なにも言えないとき”って意味なんじゃないかな」
「言いたいけど、どう言えばいいか分からないってこと?」
「うん。大人って、そういうときあるでしょ。“こんなこと言っていいのかな”って、モヤモヤするやつ」
(なるほど……のぞみ、たまにすごい)
「じゃあ、“こえにならない気持ち”をどうやって見つけるかが、今回の課題ってわけか……」
たっくんは、うーんと首をひねりながら、ランドセルからいつものスケッチブックを取り出した。
その紙に、でかでかと一行。
『こえのないこえ=?』
その下に、線を引いていく。
・声が出せない人
・気持ちが言葉にならない人
・言葉にしたら否定されそうで怖い人
・誰にも聞いてもらえないと思ってる人
「……あ」
「なに?」
「この中に“聞いてくれる相手がいない人”って書いてない」
「それだ!」
のぞみが立ち上がって両手をバッと広げる。
「つまり、必要なのは“声を届ける仕組み”じゃなくて、“聞いてくれる誰か”だ!」
「……今ちょっとカッコよかった」
「でしょ?」
たっくんはページの端に、ふと書き添えた。
『こえは出すものじゃなくて、拾われるもの』
***
その夜。
たっくんは、部屋の机の上に無記名の投稿メモを置いて、じっと見つめていた。
(たぬきは、声を“受け取る”存在だ)
(でも、たぬきは“相手に歩み寄る”ことはできない)
(じゃあ……今回必要なのは、“歩み寄る役”だ)
(町の中に、“拾う人”がもっと増えれば、“こえのない人”も少しだけ、言えるようになるかもしれない)
「うん……よし」
たっくんは、手帳を取り出した。
表紙にこう書いた。
『こえのパトロールノート』
***
翌朝。
団地の掲示板に新しく貼り出されたポスターには、ちびたぬきが赤い帽子をかぶり、
メガホンを持って叫んでいた。
**『たぬきのこえパトロール』はじまります!**
団地の中で、“なんか元気なさそうな人”を見かけたら、
そっと教えてください。
「こえを出せない人」って、
「声を聞いてほしい人」の裏返しかもしれません。
聞く役のたぬきが行けない場所には、
ぼくたち“こえパトロール”が目と耳を貸します。
ちょっとした声を、拾いにいこう。
書記・たっくん
「こえパトロールって……なんかカッコいいな」
「ちょっと探偵チックじゃない?」
「いや、むしろ“たぬきの忍者部隊”っぽくない?」
(忍者にすると棟梁がノリノリで木刀作り出すからやめて)
ポスターの下には、ちょっとした報告メモが貼れるようになっていた。
「今日、4号棟のエレベーター前で、ずっと下を向いてるおじいちゃんがいたよ」
「にじやで、あまり元気なさそうなおばちゃんがいたかも」
小さな気づきが、紙になって重なっていく。
(これが“町の感度”ってやつか)
***
そして、土曜日。
たっくんは、にじやのパートリーダーであるのぞみのお母さんに事情を話し、
こっそりリストを作ってもらっていた。
「最近、元気がなさそうだった常連さん」リストだ。
「おばちゃんが気づく“変化”って、侮れないのよ」と笑うのぞみママのメモには、
「いつもは笑ってくれるのに最近無表情な人」
「トマトを買いに来てたけど最近見ない人」
など、“声にならないサイン”が丁寧に書き出されていた。
「なるほど……言葉じゃなくて、動きでわかるんだ」
「そ。言葉は出せなくても、“気配”はにじむのよ」
(この人、名探偵すぎる)
***
日曜の夕方。
たっくんは、公民館の掲示板に新たな便りを貼った。
今週の“こえのないこえ”たちへ。
誰にも言ってないけど、
さびしい。
笑ってるけど、ちょっとだけ苦しい。
だれにも気づかれたくないけど、
だれかに気づいてほしかった。
そんなときは、
たぬきに黙って話しかけてください。
そして、あなたの“気配”を覚えてくれた人が、
この町にひとりでも増えたら。
それは、きっと“声”になるはずです。
書記・たっくん(8)
それを見ていた田村さんが、ぼそっとつぶやいた。
「……“聞く耳”のある町ってのは、ありがたいもんだな」
たっくんは、ポストにそっと手を添えた。
「ぼくも、町の耳のひとつですから」
(たぬきも、耳は小さいけどちゃんとある)
公民館前に風が吹いて、掲示板の紙がかさりと鳴った。
それがまるで、誰かの“ありがとう”のように聞こえて、
たっくんは、少し照れくさそうに笑った。
―――つづく
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