IQ150のぼく、ただいま自治会活動中!

naomikoryo

文字の大きさ
12 / 31

第12話『たっくん、こえのないこえをさがす』

しおりを挟む
火曜日の午後、空はくすんだ灰色だった。

 湿気を含んだ風が団地のベランダを抜けて、布団の端をぺろんとめくる。
たっくんは登校途中、ふとポストの様子が気になって、
回覧誌の受け取りがてら寄り道していた。
 
「たぬき、湿気に弱くないかな……」
 
(カビとか……もし口の中に入ったら“たぬきのカビ相談”とか来るかも)
 
不安に駆られて、ポストの鍵を差し込み、蓋を開ける。
 
中に入っていたのは、一枚だけのメモ用紙。
 
白地の角が丸まった、小さな切れ端。
 
そこに、こう書かれていた。
 

【投稿:名無し】
“こえがないとき、どうしたらいいですか”

「……こえがない?」
 
たっくんは読みながら、眉をひそめた。

(どういう意味だ……“声が出ない”ってこと?)
 
(それとも、“自分の言いたいことが言えない”ってこと?)
 
(それとも、“声をかけられない”とか……)
 
紙には、それ以外何も書かれていなかった。
 
名前も、年齢も、なにかのヒントもない。
 
ただ、「こえがない」とだけ、ぽつんとある。
 

***
 

「“こえがないとき”って、どういう意味だと思う?」
 
その日の昼休み、たっくんは校舎裏のベンチで、のぞみに問いかけていた。
 
「文字通りだったら、声帯のトラブルかもね」
 
「それだと病院行ってって話だし」
 
「うーん……心の声が出ないとか?」
 
「それっぽいけど……でも、“どうしたらいいか”って聞かれてるから、本人も悩んでるんだよ」
 
のぞみは、目を細めて空を見上げた。
 
「“こえがない”って、たぶん、“なにも言えないとき”って意味なんじゃないかな」
 
「言いたいけど、どう言えばいいか分からないってこと?」
 
「うん。大人って、そういうときあるでしょ。“こんなこと言っていいのかな”って、モヤモヤするやつ」
 
(なるほど……のぞみ、たまにすごい)
 
「じゃあ、“こえにならない気持ち”をどうやって見つけるかが、今回の課題ってわけか……」
 
たっくんは、うーんと首をひねりながら、ランドセルからいつものスケッチブックを取り出した。
 
その紙に、でかでかと一行。
 

『こえのないこえ=?』

 
その下に、線を引いていく。

 
・声が出せない人
・気持ちが言葉にならない人
・言葉にしたら否定されそうで怖い人
・誰にも聞いてもらえないと思ってる人
 
「……あ」
 
「なに?」
 
「この中に“聞いてくれる相手がいない人”って書いてない」
 
「それだ!」
 
のぞみが立ち上がって両手をバッと広げる。
 
「つまり、必要なのは“声を届ける仕組み”じゃなくて、“聞いてくれる誰か”だ!」
 
「……今ちょっとカッコよかった」
 
「でしょ?」
 
たっくんはページの端に、ふと書き添えた。

『こえは出すものじゃなくて、拾われるもの』

 
***

 
その夜。
 
たっくんは、部屋の机の上に無記名の投稿メモを置いて、じっと見つめていた。
 
(たぬきは、声を“受け取る”存在だ)
 
(でも、たぬきは“相手に歩み寄る”ことはできない)
 
(じゃあ……今回必要なのは、“歩み寄る役”だ)
 
(町の中に、“拾う人”がもっと増えれば、“こえのない人”も少しだけ、言えるようになるかもしれない)
 
「うん……よし」
 
たっくんは、手帳を取り出した。
 
表紙にこう書いた。

『こえのパトロールノート』
 

***

 
翌朝。
 
団地の掲示板に新しく貼り出されたポスターには、ちびたぬきが赤い帽子をかぶり、
メガホンを持って叫んでいた。
 

**『たぬきのこえパトロール』はじまります!**

団地の中で、“なんか元気なさそうな人”を見かけたら、
そっと教えてください。

「こえを出せない人」って、
「声を聞いてほしい人」の裏返しかもしれません。

聞く役のたぬきが行けない場所には、
ぼくたち“こえパトロール”が目と耳を貸します。

ちょっとした声を、拾いにいこう。

書記・たっくん

 
「こえパトロールって……なんかカッコいいな」
「ちょっと探偵チックじゃない?」
「いや、むしろ“たぬきの忍者部隊”っぽくない?」
 
(忍者にすると棟梁がノリノリで木刀作り出すからやめて)
 
ポスターの下には、ちょっとした報告メモが貼れるようになっていた。
 
「今日、4号棟のエレベーター前で、ずっと下を向いてるおじいちゃんがいたよ」
「にじやで、あまり元気なさそうなおばちゃんがいたかも」
 
小さな気づきが、紙になって重なっていく。
 
(これが“町の感度”ってやつか)
 

***
 

そして、土曜日。
 
たっくんは、にじやのパートリーダーであるのぞみのお母さんに事情を話し、
こっそりリストを作ってもらっていた。
 
「最近、元気がなさそうだった常連さん」リストだ。
 
「おばちゃんが気づく“変化”って、侮れないのよ」と笑うのぞみママのメモには、
 
「いつもは笑ってくれるのに最近無表情な人」
「トマトを買いに来てたけど最近見ない人」

など、“声にならないサイン”が丁寧に書き出されていた。
 
「なるほど……言葉じゃなくて、動きでわかるんだ」
 
「そ。言葉は出せなくても、“気配”はにじむのよ」
 
(この人、名探偵すぎる)

 
***
 

日曜の夕方。
 
たっくんは、公民館の掲示板に新たな便りを貼った。
 

今週の“こえのないこえ”たちへ。

誰にも言ってないけど、
さびしい。

笑ってるけど、ちょっとだけ苦しい。

だれにも気づかれたくないけど、
だれかに気づいてほしかった。

そんなときは、
たぬきに黙って話しかけてください。

そして、あなたの“気配”を覚えてくれた人が、
この町にひとりでも増えたら。

それは、きっと“声”になるはずです。

書記・たっくん(8)

 
それを見ていた田村さんが、ぼそっとつぶやいた。
 
「……“聞く耳”のある町ってのは、ありがたいもんだな」
 
たっくんは、ポストにそっと手を添えた。
 
「ぼくも、町の耳のひとつですから」
 
(たぬきも、耳は小さいけどちゃんとある)
 
公民館前に風が吹いて、掲示板の紙がかさりと鳴った。
 
それがまるで、誰かの“ありがとう”のように聞こえて、
たっくんは、少し照れくさそうに笑った。
 

―――つづく
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...