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第11話(番外編)『たっくん、あの日の桜を思い出す』

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日曜日の午後。
団地のベランダからは、すこし乾いた風と、どこかで誰かが干した布団の匂いが流れてくる。

たっくんは、居間のちゃぶ台にあごをのせて、ぼんやりとテレビを見ていた。
けれど、内容はまったく頭に入っていない。

(お腹、空いたな……)

お昼に食べた焼きそばパンは、すでに胃の記憶から消えていた。
そのとき、カチャリと玄関の鍵の音。

「ただいまー」

「あっ、パパ帰ってきた」

玄関から上がってきた父親の手には、コンビニの袋。
その奥から、もうひとつ、小さな和菓子屋さんの白い紙袋が覗いていた。

「ほい、おやつな。たっくんの好きな豆大福」

「えっ、ほんと!?」

たっくんは思わず立ち上がって袋を覗き込んだ。

「あ、ほんとだ! しかも、草もちと桜もちまで!」

「全部で三つ。お母さんがよく買ってた和菓子屋さんのやつだよ。
駅前に用事があってさ。ついでに寄ったんだ」

父の声は、いつもより少しだけ柔らかい。

たっくんは、手の中の桜もちをじっと見つめた。

薄い桜色のもちに、くるまれた塩漬けの葉。
あの頃と、まったく同じ見た目だった。

(あれ……この匂い……)

 
心の奥で、ふわりと何かがほどけた気がした。

 
***
 

それは、まだたっくんが幼稚園の年長だった春。

団地の桜が満開になったある日。
お母さんは、小さな籐のかごにお弁当と和菓子を入れて、
団地裏のちいさな公園まで連れて行ってくれた。

「今日は、たっくんとお花見ピクニックだよ」

「やったー!」

「ほら、これ桜もち。甘くて、しょっぱくて、春の味だよ」

お母さんはそう言って、たっくんの頬に葉っぱの先でチョン、とつついてきた。

「うわー、しょっぱいのが変!」

「でしょ? でも、桜もちってそういうものなのよ」

「変なのー!」

「そういう“変なの”が、春を連れてくるのよ」

そう言って笑ったお母さんの横顔が、
たっくんの頭の中にふいに浮かんだ。

(……そうだ)

(あのとき、ぼく、桜もち食べて……)

(すごく風が気持ちよくて、お母さんの髪がふわふわしてて……)

(それで……)

 
***
 

「ねえ、パパ」

「ん?」

「これ、桜もち。お母さんが一番好きだったよね?」

「そうだな。たっくんが幼稚園のときも、一緒に食べたっけ」

「うん。覚えてる。お母さん、葉っぱごと食べてたよね」

「そうそう。あれ最初は驚いたよな」

「ぼく、最初“枯れ葉が乗ってる!”って叫んだ」

「言ってた言ってた!」

父とたっくんは顔を見合わせて笑った。
その笑いの中には、懐かしさと、ちょっとだけ切なさが混じっていた。

(お母さん、あのときと同じ春の匂い、覚えてる?)

(今もこの団地で、ぼくたち、元気にやってるよ)

 
***
 

夜、たっくんは自分の部屋でノートを広げていた。

書記の仕事用じゃない。
これは、「たっくんのひみつノート」。

時々、なにか思いついたときや、感じたことを書く、誰にも見せないページ。

今日のページには、こう書かれていた。

【今日の記憶】

・桜もちを食べた
・お母さんの笑顔を思い出した
・お母さんの声が、ちょっとだけ聞こえた気がした

→春は、記憶が風に乗ってくる

たっくんは書き終えると、ノートをそっと閉じた。

そして、机の上に残っていた最後の桜もちを、お皿の上から見上げるように見つめた。

「ねぇ、お母さん」

「ぼく、ちゃんと書記やってるよ。回覧板も、掲示板も、たぬきポストも好評だよ」

「あと、パパもがんばってる。ごはんも洗濯も、だいたい完璧」

「でもね、たまに、夜になるとすごく静かで……」

「……声、聴きたくなるよ」

部屋の外からは、テレビの音。
パパがソファでウトウトしているのがなんとなく伝わってくる。

「お母さん、あのとき言ってたよね」

『たっくんは、“風の音を覚えてる子”だね』って。

「……たぶん、ほんとに、そうかも」

「だって、今も……」

ふっと、窓から風が入ってきた。

その風に乗って、桜もちのあの香りが部屋に満ちた気がした。

たっくんは、葉っぱをそっとはがして、もちをひとくち食べた。

甘くて、しょっぱくて、やさしい味。

涙が出るほど懐かしいのに、なぜか少し笑ってしまう。

(お母さんの声、たしかに聴こえた気がした)

(“たっくん、よくやってるね”って)

 
***
 

翌朝。

団地の掲示板に、たっくんが貼った新しいお知らせがあった。

🌸【書記より】🌸

春の味、もう食べましたか?
この季節の風は、ちょっとだけ昔のことを思い出させてくれます。

団地のベンチで、ひとくちだけ春を味わってみてください。
そして、だれかと話してみてください。

きっと、もっと風が気持ちよくなるから。

書記・柊拓斗

掲示板を見た田所さんが、目を細めてつぶやいた。

「……たっくんって、ほんとに、風を聴いてる子ねぇ」

 
***

 
夜、寝る前。

ベランダから外を眺めていたたっくんの肩に、
パパがふわっと上着をかけてくれた。

「たっくん、寒いぞ」

「うん、ありがと」

「お母さん、きっと“今日の桜もち、合格”って言ってくれてるよ」

「ふふ、うん。そう思う」

「……なあ」

「ん?」

「たまにさ、たっくんがふっと黙ると、
お母さんがそこにいるんじゃないかって、思うんだよ」

たっくんは、うなずいた。

「いるよ。ちゃんといるよ。……“ぼくの中”にね」

父とたっくんは、しばらく無言で夜風を受けていた。

そこに桜はなかったけれど、
あのときの春は、たしかに、もう一度そこにあった。

 

―――おわり(番外編)
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