らくご奇譚帖

naomikoryo

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14:【スマホ長屋(すまほながや)】

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◆◆◆(まくら)

えー、最近の若い衆は、何でもかんでもスマホに頼りすぎだと言われますがね。
“誰が一番近くにいるか”すら地図で調べてる始末。

だけどよく考えたら、江戸時代だって「みんなで共有」ってのはよくあったもんで。

井戸、火鉢、布団、果ては酒瓶まで「回し使い」。

そんな長屋に、ある日**スマホが一台だけあったらどうなるか?**ってのが、今日のお噺でございます。

◆◆◆(本編・序)

舞台は江戸・本所の貧乏長屋。

ある日、大雨の後、裏の川から変な箱が流れてくる。

「なんだぁこれ、漆塗りか? いや、木じゃねぇな……つるつるしてるぞ……」

長屋の住人・熊吉が拾い上げると、ぴかっ。

「ピロリン♪」

「喋ったァ!? 妖怪か!? 火の玉か!?」

画面にはひとこと。

【こんにちは。私はスマホです】

「すまほ? なんだそりゃ」

恐る恐る触ってみると、また文字が出る。

【何でも調べられますよ】

「……なんでも?」

◆◆◆(本編・破)

「すまほ」の威力はすさまじかった。

「明日の天気は?」

【晴れ時々にわか雨。傘を忘れずに】

「おぉっ、天気がわかるのか!」

「じゃあ芝居の演目は?」

【市川団十郎・忠臣蔵 第四幕】

「すっげぇ!!」

「じゃあ、好きな娘の心は?」

【“おにぎりの方が好き”と呟いています】

「……ぐはっ!」

いつしか長屋の住人が順番に使うようになる。

・おかみさん:レシピ検索
・八五郎:恋文の添削
・熊吉:馬券(の代わりに博打)の予想
・大家:町内会議の議事録を取らせる

やがて貼り紙が出る。

【スマホ 使用時間:一人一日 三文分まで】
※三文=およそ15分の感覚で

しかし、問題は起きる。

「おい、清太が15分以上スマホいじってるぞ!」

「いやこれは“天気見てたら落語の動画に飛んだだけ”だ!」

「ルール違反だ! スマホ奉行に言いつけてやる!」

ついに「スマホ奉行」なる役職が生まれ、長屋の小さな自治が成立。

「お前は検索内容が多すぎる」「入力に時間がかかりすぎる」

争いは絶えない。

◆◆◆(本編・急)

「貸し借りタイマー」「使用許可札」「検索順番籤」などが導入されるも、
ある晩、若い娘・おみつが泣きながら帰ってくる。

「お、おみつちゃん、どうした!?」

「スマホが……“あなたには適切な恋人が見つかりません”って……!」

その言葉に、長屋全体がざわつく。

「スマホにそんなこと言われたら、誰だって落ち込むぞ!」

「オレなんか“あなたの将来は曇りです”って言われたぞ!」

「なんでこんなもんに振り回されてんだ、俺たちゃ!」

その瞬間。

【再起動中……】

ぴ……ぽん……

【エラー:故障しました】

スマホが、沈黙した。

◆◆◆(オチ)

初めは騒然とした長屋も、次第に落ち着く。

「なぁ……今日は何の芝居がかかってるか知らねぇけどさ、
 たまには聞きに行こうぜ、木戸番のとこに」

「明日の天気は空見りゃわかる」

「飯はおかみさんの“勘”でうまいんだよ」

その日から、長屋には再び“無駄話”と“自力”が戻ってくる。

スマホは押し入れにしまわれ、誰も開かなくなった。

ただ一人、与太郎だけが言った。

「でもよぉ……“おにぎりの方が好き”っての、俺に直接言ってくれたらもっと泣けたのにな」



――便利もいいが、不便の中にも人情があるってぇもんで。

お後がよろしいようで!
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