逢魔ヶ刻の迷い子2

naomikoryo

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静寂に潜む囁き

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六人は慎重に旧校舎の中へ足を踏み入れた。
 扉の向こうは想像以上に暗く、月明かりすら届かない。
 壁際には古びたロッカーが並び、廊下には埃が積もっている。

「……懐中電灯、持ってきてよかったな」

 陽介が小声で言いながら、ポケットからLEDの懐中電灯を取り出した。
 他の皆もそれにならい、それぞれが持ってきた光源を点けた。
 小さな灯りが廊下の先を照らすと、そこには黒板の掲示物が風に揺れてカサカサと音を立てていた。

「ここ、本当に使われてないんだな……」

 隼人が壁を軽く指でなぞると、灰色の埃がべったりとついた。

「当たり前じゃん。旧校舎はずっと閉鎖されてるし、先生たちも立ち入り禁止って言ってたでしょ?」

 美咲が呆れたように言う。

「でもさ、じゃあなんで鍵が落ちてたんだ?」

 その言葉に、全員が沈黙した。

 確かに、校舎の裏口を開ける鍵がなぜ校庭の倉庫の前に落ちていたのか。
 まるで誰かが意図的に仕掛けたかのようだった。

「……あんまり考えたくないけどさ」

 大輝が眼鏡を直しながら言う。

「ここって、学校の七不思議のうち、**『音楽室の夜の囁き』**と『旧校舎の人影』の噂があるだろ?」

 七不思議——それこそが、彼らが今夜ここに来た理由だった。
 学校にはいくつもの怪談が語り継がれていたが、その中でも旧校舎にまつわる話は特に有名だった。

「旧校舎の人影ってさ、夜に窓から誰かが覗いてるってやつだろ?」

 由香が小さな声で言った。

「うん。でも、もっとやばいのが音楽室の夜の囁き……
 誰もいないはずの音楽室から、子供の声で“助けて”って囁きが聞こえるってやつ」

 紗奈が少し楽しそうに話す。

「マジでやめろよ、その話」

 隼人が少し不機嫌そうに口を挟んだ。

「でも、せっかく来たんだし、音楽室まで行ってみる?」

 陽介が提案すると、全員が顔を見合わせる。

「まあ、来たからにはやるしかないでしょ」

 紗奈が腕を組んで言った。

「……行こう」

 意を決して、六人は歩き出した。

 キィ……キィ……

 歩くたびに、床が軋む。
 古びた廊下には、至る所に張られた蜘蛛の巣が残されていた。
 天井の一部は剥がれ、ところどころ崩れかけた木材が剥き出しになっている。

 音楽室は、旧校舎の一番奥にある。

「ねえ、誰かが掃除しに来たりしてないのかな?」

 由香が不安そうに言う。

「こんなに埃だらけなら、それはないでしょ」

 大輝が冷静に答える。

 すると——。

パタン……

 突如として、教室のドアが閉まる音がした。

「……え?」

 全員が立ち止まる。

「風……?」

 美咲が囁く。しかし、校舎内には風が吹くような隙間はない。

「……誰かいる?」

 陽介が声を潜めながら懐中電灯を向ける。

 すると、廊下の奥——音楽室の前のガラス窓に何かが映った。

 それは、小さな人影だった。

「……子供?」

 紗奈が震える声で呟く。

 影はじっとこちらを見つめた後——

スッ……

 音もなく、窓の向こうへ消えた。

「やばい……やばいよこれ……」

 由香が泣きそうな声で言った。

「でも、確かに何かがいた……」

 美咲が息をのむ。

「行くの、やめた方がいいんじゃ……」

 大輝が提案しかけたが、隼人がかぶりを振る。

「ここで帰ったら、せっかく来た意味がない」

「……そうだね」

 陽介が深呼吸し、扉に手をかける。

ガタッ……

 扉が少しだけ揺れた。

 鍵はかかっていない。

 だが——。

「……おかしいな」

 陽介が眉をひそめる。

「え?」

「押しても引いても、開かない」

 彼は扉をぐっと押したり引いたりしてみるが、まるで見えない力が押さえつけているかのように、ピクリとも動かない。

「そんなはず……」

 美咲が手を伸ばし、一緒に引こうとした。

コン……コン……

 扉の向こうから——誰かがノックした。

「……っ!!」

 全員の心臓が止まりそうになる。

コン……コン……

 今度は、もっと強く。

「……誰か、いるの……?」

 陽介が震える声で言った。

 その瞬間——。

バン!!

 扉が突然、大きな音を立てて揺れた。

「うわあああ!!」

 全員が飛び退る。

 そして——。

 扉の下の隙間から、白い手がゆっくりと這い出てきた。

 まるで、助けを求めるように、薄く透けた指が廊下をひっかいている。

「嘘だろ……」

 紗奈が息を呑んだ。

「逃げるぞ!!」

 陽介の叫び声と共に、六人は一斉に音楽室から離れた。

 しかし——。

 旧校舎の出口が、消えていた。

 六人の背筋に、氷のような恐怖が這い登る。

 この夜、彼らはまたしても「何か」に囚われたのだった。
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