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第13話「婚活やめたくなる夜もある」
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「……もう、わかんないわ」
ポツリと声がこぼれたのは、深夜2時、布団の中。
薄暗い部屋の天井を見つめながら、スマホを握りしめていた。
婚活を始めて3ヶ月。
出会った人数は15人以上。
アプリ、パーティー、紹介、模擬デートまでやった。
――でも、“これだ”って思えた人はいない。
誰かを好きになるって、もっと自然にできるものじゃなかったっけ。
「考えすぎなのかな……」
でも、考えなきゃ結婚できない。
考えなきゃ選べないし、選ばれない。
“普通の人”は、みんなもっと上手にやってる気がする。
私だけが、“何かを間違えてる”気がした。
翌日、仕事中もどこか上の空だった。
接客の笑顔が引きつる。
ドライヤーを持つ手に力が入らない。
会話もよそよそしい。
「ひかりちゃん、今日どしたの?珍しく元気ないじゃん」
常連のマダムにそう聞かれて、苦笑いでごまかす。
「……寝不足でさ。ちょっと」
「恋?」
「ちがいますって」
マダムの笑い声が、なぜか遠く感じた。
仕事終わり、私は無意識のように婚活エージェンシーのオフィスへ向かっていた。
川原に何か相談しようと思っていたわけじゃない。
ただ――顔を見たら、少し楽になれる気がした。
「……おう」
「……よ」
言葉少なに入ると、川原はデスクから顔を上げ、私を見た。
「疲れてんな。顔が“やめたい”って書いてあるぞ」
「書いてんの?」
「フォントで。メイリオくらいの太さで」
私は苦笑いしながら、椅子に腰を下ろす。
「……もうダメかも」
「ダメって?」
「わたし、婚活に向いてないのかもって」
それを聞いても、川原は「そんなことないよ」とは言わなかった。
ただ、コーヒーを2つ淹れてきて、ひとつを私の前に置いた。
「ちょっと散歩でもするか」
「……え?」
「息詰まったときは、無理して言葉にすんな。歩くだけでも気がまぎれるぞ」
「……おまえ、どこの仏かよ」
「拝んどけ」
そう言って笑った彼に、私はつい肩を預けるような気持ちで立ち上がった。
オフィス近くの川沿い。
前にも歩いたことがある場所。
けれど、今日はなんだか違って見えた。
冬の空気は冷たくて、でも、それが心地よかった。
「……なあ、川原」
「うん?」
「結婚ってさ、“したいからする”もんじゃないの?」
「本来は、そうだろうな」
「でも婚活やってると、“しなきゃいけない”気がしてくるんだよ」
「うん」
「それが、しんどい」
川原は少しだけ黙って、口を開いた。
「俺もさ、前の婚約のとき、ずっとそうだったよ。“結婚しなきゃ”ってずっと思ってた。周囲もそうだったし、年齢的にもタイミングだったし」
「……うん」
「でも、やっぱどこかで“気持ち”が置き去りになってた。理屈だけで進めても、続かないんだよな」
「そう、なんだよな……」
私はベンチに腰を下ろして、川原の横顔をちらりと見た。
彼は目を細めて、遠くのビルの明かりを見ていた。
「でもな」
「ん?」
「俺はひかりが、ちゃんと迷ってるのがいいと思うけどな」
「は?」
「なんも考えず結婚するより、ずっと真剣ってことだろ」
「……フォロー下手くそか」
「事実やろ」
私は、ちょっとだけ笑った。
「……なあ、川原」
「うん」
「おまえって、結婚……したいって思ってんの?」
少しの間。
「……まだわかんねぇけど」
「けど?」
「“誰かと一緒に笑ってたい”とは思うよ」
その言葉が、じんわりと胸に沁みた。
たぶん、私も同じだ。
結婚じゃなくてもいい。形にこだわらなくてもいい。
ただ、誰かと並んで歩ける関係がほしいだけなのかもしれない。
「……ありがと」
「なんもしてねぇよ」
「ちょっとしてたよ」
「気のせいじゃね?」
「違う。あたし、今ちょっとだけマシになったもん」
ふたりの間に流れた空気が、すごくやわらかかった。
ああ――こういう時間を、求めてたのかもしれない。
好きとか、恋とかじゃなくて。
ちゃんと、自分でいられる時間。
その夜、私はスマホのアプリをそっと閉じた。
いったん、婚活から離れてみよう。
無理に探すの、やめてみよう。
もしかしたら、探さなくても、そばにいる人が答えかもしれないから。
ポツリと声がこぼれたのは、深夜2時、布団の中。
薄暗い部屋の天井を見つめながら、スマホを握りしめていた。
婚活を始めて3ヶ月。
出会った人数は15人以上。
アプリ、パーティー、紹介、模擬デートまでやった。
――でも、“これだ”って思えた人はいない。
誰かを好きになるって、もっと自然にできるものじゃなかったっけ。
「考えすぎなのかな……」
でも、考えなきゃ結婚できない。
考えなきゃ選べないし、選ばれない。
“普通の人”は、みんなもっと上手にやってる気がする。
私だけが、“何かを間違えてる”気がした。
翌日、仕事中もどこか上の空だった。
接客の笑顔が引きつる。
ドライヤーを持つ手に力が入らない。
会話もよそよそしい。
「ひかりちゃん、今日どしたの?珍しく元気ないじゃん」
常連のマダムにそう聞かれて、苦笑いでごまかす。
「……寝不足でさ。ちょっと」
「恋?」
「ちがいますって」
マダムの笑い声が、なぜか遠く感じた。
仕事終わり、私は無意識のように婚活エージェンシーのオフィスへ向かっていた。
川原に何か相談しようと思っていたわけじゃない。
ただ――顔を見たら、少し楽になれる気がした。
「……おう」
「……よ」
言葉少なに入ると、川原はデスクから顔を上げ、私を見た。
「疲れてんな。顔が“やめたい”って書いてあるぞ」
「書いてんの?」
「フォントで。メイリオくらいの太さで」
私は苦笑いしながら、椅子に腰を下ろす。
「……もうダメかも」
「ダメって?」
「わたし、婚活に向いてないのかもって」
それを聞いても、川原は「そんなことないよ」とは言わなかった。
ただ、コーヒーを2つ淹れてきて、ひとつを私の前に置いた。
「ちょっと散歩でもするか」
「……え?」
「息詰まったときは、無理して言葉にすんな。歩くだけでも気がまぎれるぞ」
「……おまえ、どこの仏かよ」
「拝んどけ」
そう言って笑った彼に、私はつい肩を預けるような気持ちで立ち上がった。
オフィス近くの川沿い。
前にも歩いたことがある場所。
けれど、今日はなんだか違って見えた。
冬の空気は冷たくて、でも、それが心地よかった。
「……なあ、川原」
「うん?」
「結婚ってさ、“したいからする”もんじゃないの?」
「本来は、そうだろうな」
「でも婚活やってると、“しなきゃいけない”気がしてくるんだよ」
「うん」
「それが、しんどい」
川原は少しだけ黙って、口を開いた。
「俺もさ、前の婚約のとき、ずっとそうだったよ。“結婚しなきゃ”ってずっと思ってた。周囲もそうだったし、年齢的にもタイミングだったし」
「……うん」
「でも、やっぱどこかで“気持ち”が置き去りになってた。理屈だけで進めても、続かないんだよな」
「そう、なんだよな……」
私はベンチに腰を下ろして、川原の横顔をちらりと見た。
彼は目を細めて、遠くのビルの明かりを見ていた。
「でもな」
「ん?」
「俺はひかりが、ちゃんと迷ってるのがいいと思うけどな」
「は?」
「なんも考えず結婚するより、ずっと真剣ってことだろ」
「……フォロー下手くそか」
「事実やろ」
私は、ちょっとだけ笑った。
「……なあ、川原」
「うん」
「おまえって、結婚……したいって思ってんの?」
少しの間。
「……まだわかんねぇけど」
「けど?」
「“誰かと一緒に笑ってたい”とは思うよ」
その言葉が、じんわりと胸に沁みた。
たぶん、私も同じだ。
結婚じゃなくてもいい。形にこだわらなくてもいい。
ただ、誰かと並んで歩ける関係がほしいだけなのかもしれない。
「……ありがと」
「なんもしてねぇよ」
「ちょっとしてたよ」
「気のせいじゃね?」
「違う。あたし、今ちょっとだけマシになったもん」
ふたりの間に流れた空気が、すごくやわらかかった。
ああ――こういう時間を、求めてたのかもしれない。
好きとか、恋とかじゃなくて。
ちゃんと、自分でいられる時間。
その夜、私はスマホのアプリをそっと閉じた。
いったん、婚活から離れてみよう。
無理に探すの、やめてみよう。
もしかしたら、探さなくても、そばにいる人が答えかもしれないから。
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