魔法少女は会社員

naomikoryo

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第2章:魔法のある日常

第1話:朝会と魔物退治

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午前5時16分。
アラーム音ではなく、ユリの声で目を覚ましたのは、これが初めてだった。

「起きろ、ミユキ。異界の気配がある」

その声は、耳ではなく頭の中に響く。

「……5時すぎ……」

枕に顔をうずめたまま、ミユキはうめく。

「まだ始発も動いてないのよ……」

「始発は関係ない。異界は“人の感情”で目覚める。
この時間帯、通勤への絶望感とストレスが都市に満ち始める。
“魔”がもっとも濃くなる時間帯だ」

「通勤恐怖で魔物が出るとか、いよいよこの社会終わってるわね」

それでも、ミユキは起き上がる。
洗顔、最低限の化粧。ストレッチ。
そして、鞄の中に“光刃”の核を忍ばせたポーチを入れ、スーツに袖を通す。

朝の静けさの中、マンションの裏手にある川沿いの遊歩道へと向かう。

午前5時47分。
空はまだ薄暗く、空気には冬の冷たさが残っていた。

ユリが指し示したのは、地下鉄の通気口の上――そこに、見慣れた「揺らぎ」があった。

空気の膜が歪み、闇が染み出すようにゆらめいている。

「この裂け目、深い?」

「中級レベル。だが、注意しろ。周囲の“気”が非常に悪い」

ミユキは、光刃の核を手に取った。

指先がそれに触れた瞬間、**“熱”と“意思”**が溢れ出す。

彼女はそのまま、冷たい歩道の上に片膝をつき、目を閉じる。

「――変身」

彼女のスーツの上に、光の衣が一瞬だけ走る。
それはかつての“魔法少女”の変身ではない。
煌びやかさも装飾もない、必要最低限の“戦闘服”。
シャツとネクタイの上に、光の肩当てとグローブが浮かぶだけ。

「準備完了」

裂け目から、音もなく“それ”は現れた。

黒いスーツを着たようなシルエットの、顔のない男。
ネクタイの先端は鋭利な触手のように揺れ、足元は地に着かず宙を滑る。

「感情を削り続けた者の成れの果て――『ドレイン・マン』か」

ユリの解説が入る。

「“自己否定”と“業務忠誠”が臨界を越えたとき、魔物が現れる。
これは、都市型のストレス反応型魔。
ただし、見た目のわりに素早い」

ミユキは剣を構え、深く息を吐く。

(朝から重いわね……)

ドレイン・マンは一瞬で間合いを詰めてきた。

「速っ!」

ミユキは紙一重でかわし、剣を横薙ぎに振る。

ガキィン――!

金属がぶつかるような音。刃は奴の“ネクタイ触手”に弾かれた。

(感情が、重い)

剣の先が鈍るのを感じた。
この魔物は“人間の怨念”をまとっている。刃が通らないのではなく、意思が押し返されるのだ。

(あたしも、似たようなもんだから……)

ふと、昨日の報告書提出地獄が脳裏をよぎる。

だが――そこで、ミユキは笑った。

「……なんか、バカらしい」

魔物が突進してくる。

ミユキはそれを軽やかにかわし、剣を逆手に構えた。

「どれだけ仕事に削られても、
こうして朝っぱらから魔物ぶっ倒して会社行ってんのよ?
これ以上、私の“気力”に手ぇ出そうってんなら――」

剣が赤く燃える。

「焼き尽くしてやるわ!」

ミユキが跳躍する。
朝日が地平線に顔を出し、剣の炎と混ざる。

「クロス・フレア!」

十字に閃いた炎の斬撃が、ドレイン・マンを切り裂いた。

闇が爆ぜる。

魔物は無音のまま霧散し、裂け目が閉じる。

午前6時21分。
ミユキは川沿いのベンチに座って缶コーヒーを飲んでいた。

「朝から運動すると、胃が変な感じになるね」

「だが、君は“世界のバランス”を守った」

「バランスっていうか……通勤途中のトラブルよ。
迷惑系魔物だわ、完全に」

缶を置き、ミユキはスマホを見る。

――会議:営業三課 朝会(9:00)

時計は6時45分。
そろそろ、シャワーを浴びて出勤準備を始めなければならない。

午前9時3分。
営業三課の朝会が始まった。

ミユキはギリギリで社に滑り込み、なんとか出席。
目の下のクマとわずかに焼けたスーツの袖に気づいた先輩が、怪訝そうな目を向けてくる。

「神代さん、昨日の資料は――」

「送付済みです。クライアントにもCCで回しました」

「……おお、よくやった!」

倉持課長の笑顔が、どこか薄っぺらく見えた。

ミユキは席に座りながら、隣の後輩に囁かれる。

「なんか……顔つき、変わりました?」

「気のせいよ」

微笑みながらも、その言葉が胸に引っかかる。

(顔つきが、変わった)

それはきっと――剣を再び握った者の顔。

昼休み、屋上でユリが現れた。

「君の魔力は安定し始めた。
日常生活への影響も、徐々に最小限に抑えられている」

「ありがたい話だけど、
それより仕事の方が厄介よ。営業って、魔物より面倒くさいんだから」

「しかし、今の君は“どちらにも立ち向かえる”」

「そうね。今の私は――魔法少女で、会社員」

ミユキは、遠くを見つめた。

「どっちも、守らなきゃいけない現実なのよ」

風が吹いた。

彼女の髪を撫で、コートを揺らす。

二つの現実を生きる者の背中は、思いのほか静かで、そして強かった。
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