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第2章:魔法のある日常
第2話:営業三課の地獄
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午前9時45分。
朝会が終わったばかりの営業三課は、すでに火の海だった。
「神代さん、この案件の提案書、先方の意向とズレてるって。すぐ直しお願いできます?」
「あと、B社の新商品案内メール、今週中にまとめて一括送信してくれる? 既存顧客のフォローも忘れずにね」
「それと、午後イチの商談の前に、このサンプルを3部コピーしてセットしておいてくれる? 課長、来客応対で手が回らないって」
声、声、声。
上からも横からも、矢継ぎ早に飛んでくる指示の雨。
ミユキは資料を抱えたままPCに向かい、複数のファイルを切り替えながら、片手で後輩への指示を出す。もう何が優先順位なのか分からない。
(ああ、魔物の方が単純で分かりやすい……)
そう思ってしまう自分が、どこか悲しかった。
「神代くん、悪いんだけど、今日中にこのリスト全部整理してもらっていい? 課長から“君に任せれば安心だ”って言われてるからさ」
課長代理の井浦が机の上に分厚い紙束をドサリと置く。
安心って何? 信用って何? 人手不足ってつまり“お前がやれ”ってことだろうが。
「……承知しました」
声が出た自分を褒めてやりたい。
「さすがだなあ、神代くん。やっぱ頼れるよ」
笑顔のまま、彼は自席へと戻っていった。
後には、ミユキの机に積み上がる紙の山と、Outlookの予定表にぎっしり詰まった商談と資料作成の地雷原。
(私の魔力がどんどん削れていく気がする……)
いっそこのフロアに魔物でも出てくれたら、とふと思って、ハッと首を振る。
それは本当に洒落にならない。
正午。
昼休みのはずなのに、デスクから離れられなかった。
弁当を買いに行く暇もなく、机の引き出しに常備していたプロテインバーとコンビニの小さな味噌汁で空腹を誤魔化す。
「神代さん、さっきの会議資料、修正しておきました」
田村がそっとUSBを差し出してきた。
彼の顔にはまだ先週の“異変”の余韻が残っていた。あの日、ミユキの魔法で“救われた”彼。記憶の大半は忘れているはずだが、どこか態度が変わった。
「ありがとう。助かる」
「……あの、何か困ったことがあったら、手伝いますから」
「うん。そう言ってもらえるだけで、ちょっと救われるよ」
微笑むと、彼は照れたようにうなずいて自席へ戻った。
(私も、あの子も――“戦ってる”んだ)
会社という名の戦場で。
午後3時。
複合機の前で印刷待ちをしていたとき、それは起こった。
キュウウウン……と異様な駆動音。
出力口から紙が出てきた瞬間、ビリビリと指先に電流のような衝撃が走った。
「……なに、これ……」
ミユキは紙を手に取り、裏表を見た。
印刷内容は普通の商談資料だ。フォントも形式も、問題ない。
だが、用紙から何か“ざらざら”とした波動のようなものが滲んでいる。
(魔力汚染……?)
小さく呟いたその瞬間、背後の空気が変わった。
ピシィ、と空間にひびが入ったような音。
振り返ると、複合機の奥、蛍光灯の真下の空間が、うっすらと“歪んで”いた。
ほんの数秒。
他の社員たちは気づかず、会話を続け、歩き去っていく。
ミユキは素早く腰に忍ばせていたペンダント状の魔法核に触れた。
変身するにはまだ時間がかかる。ここで使うわけにはいかない。
目を凝らすと、歪みの奥に“人型の影”が立っているのが見えた。
ノイズのような存在。まるでコピー機から排出された紙に、自我が宿ったような……。
「……ペーパーフェイスか。最下級の魔物だけど、こういう環境には発生しやすい」
ユリの声が頭の中に響く。
「コピーされた情報に“人間の愚痴や憎しみ”が混ざると、稀に実体化する。
おそらくここは、毎日怒号と疲労が循環する最適な“魔の巣”だな」
「コピー機が異界のゲートとか……どんなブラックジョークよ……」
影がこちらを向いた。
顔は白紙。だが、紙がぐしゃりと歪んで笑っているように見えた。
(やるしかない)
ミユキは静かに深呼吸した。
両手を組んで軽く祈るようなポーズ――これは、非変身状態で行使可能な低出力魔法。
「……反転光(リフレクタライト)」
指先から小さな光が放たれ、複合機の裏手の影を弾いた。
ペーパーフェイスは歪んだ音と共に空間から弾かれ、煙のように消える。
その瞬間、周囲の空気が元に戻った。
プリンターが再びガチャガチャと音を立てて紙を吐き出す。
(ふぅ……ばれずに済んだ)
自席に戻ろうとしたとき、経理部の山吹ナナとすれ違った。
彼女はこちらをちらりと見て、何も言わずにそのまま通り過ぎた。
だが、ミユキの心臓は、一拍遅れて強く脈打った。
(今、見られた……?)
ナナも、かつての戦友だ。
彼女が“気づいていない”はずがない。
午後6時40分。
ようやく退社。疲労はピークだった。
スマホに目をやると、未読のメールが12件、LINEが9件。
ユリからのメッセージもある。
《コピー機の霊的浸食、進行中。社内結界の検討を。》
(は? 私、結界まで張るの?)
スーツの襟を直しながら夜風に当たると、頭が少しだけ冷えた。
思い出すのは、炎の剣を振るった朝の戦闘と、何事もなかったように始まる会議。
(これが、私の“日常”なんだな……)
エレベーターの鏡に映った自分の顔を見て、ふと笑った。
(魔物も仕事も、全部ぶった切って生きるって決めたんだ)
スーツのポケットに触れる。
そこにあるのは、再契約の証――光刃の核。
「明日もまた、戦場だね」
小さく呟いて、彼女はオフィス街の闇に溶け込んでいった。
朝会が終わったばかりの営業三課は、すでに火の海だった。
「神代さん、この案件の提案書、先方の意向とズレてるって。すぐ直しお願いできます?」
「あと、B社の新商品案内メール、今週中にまとめて一括送信してくれる? 既存顧客のフォローも忘れずにね」
「それと、午後イチの商談の前に、このサンプルを3部コピーしてセットしておいてくれる? 課長、来客応対で手が回らないって」
声、声、声。
上からも横からも、矢継ぎ早に飛んでくる指示の雨。
ミユキは資料を抱えたままPCに向かい、複数のファイルを切り替えながら、片手で後輩への指示を出す。もう何が優先順位なのか分からない。
(ああ、魔物の方が単純で分かりやすい……)
そう思ってしまう自分が、どこか悲しかった。
「神代くん、悪いんだけど、今日中にこのリスト全部整理してもらっていい? 課長から“君に任せれば安心だ”って言われてるからさ」
課長代理の井浦が机の上に分厚い紙束をドサリと置く。
安心って何? 信用って何? 人手不足ってつまり“お前がやれ”ってことだろうが。
「……承知しました」
声が出た自分を褒めてやりたい。
「さすがだなあ、神代くん。やっぱ頼れるよ」
笑顔のまま、彼は自席へと戻っていった。
後には、ミユキの机に積み上がる紙の山と、Outlookの予定表にぎっしり詰まった商談と資料作成の地雷原。
(私の魔力がどんどん削れていく気がする……)
いっそこのフロアに魔物でも出てくれたら、とふと思って、ハッと首を振る。
それは本当に洒落にならない。
正午。
昼休みのはずなのに、デスクから離れられなかった。
弁当を買いに行く暇もなく、机の引き出しに常備していたプロテインバーとコンビニの小さな味噌汁で空腹を誤魔化す。
「神代さん、さっきの会議資料、修正しておきました」
田村がそっとUSBを差し出してきた。
彼の顔にはまだ先週の“異変”の余韻が残っていた。あの日、ミユキの魔法で“救われた”彼。記憶の大半は忘れているはずだが、どこか態度が変わった。
「ありがとう。助かる」
「……あの、何か困ったことがあったら、手伝いますから」
「うん。そう言ってもらえるだけで、ちょっと救われるよ」
微笑むと、彼は照れたようにうなずいて自席へ戻った。
(私も、あの子も――“戦ってる”んだ)
会社という名の戦場で。
午後3時。
複合機の前で印刷待ちをしていたとき、それは起こった。
キュウウウン……と異様な駆動音。
出力口から紙が出てきた瞬間、ビリビリと指先に電流のような衝撃が走った。
「……なに、これ……」
ミユキは紙を手に取り、裏表を見た。
印刷内容は普通の商談資料だ。フォントも形式も、問題ない。
だが、用紙から何か“ざらざら”とした波動のようなものが滲んでいる。
(魔力汚染……?)
小さく呟いたその瞬間、背後の空気が変わった。
ピシィ、と空間にひびが入ったような音。
振り返ると、複合機の奥、蛍光灯の真下の空間が、うっすらと“歪んで”いた。
ほんの数秒。
他の社員たちは気づかず、会話を続け、歩き去っていく。
ミユキは素早く腰に忍ばせていたペンダント状の魔法核に触れた。
変身するにはまだ時間がかかる。ここで使うわけにはいかない。
目を凝らすと、歪みの奥に“人型の影”が立っているのが見えた。
ノイズのような存在。まるでコピー機から排出された紙に、自我が宿ったような……。
「……ペーパーフェイスか。最下級の魔物だけど、こういう環境には発生しやすい」
ユリの声が頭の中に響く。
「コピーされた情報に“人間の愚痴や憎しみ”が混ざると、稀に実体化する。
おそらくここは、毎日怒号と疲労が循環する最適な“魔の巣”だな」
「コピー機が異界のゲートとか……どんなブラックジョークよ……」
影がこちらを向いた。
顔は白紙。だが、紙がぐしゃりと歪んで笑っているように見えた。
(やるしかない)
ミユキは静かに深呼吸した。
両手を組んで軽く祈るようなポーズ――これは、非変身状態で行使可能な低出力魔法。
「……反転光(リフレクタライト)」
指先から小さな光が放たれ、複合機の裏手の影を弾いた。
ペーパーフェイスは歪んだ音と共に空間から弾かれ、煙のように消える。
その瞬間、周囲の空気が元に戻った。
プリンターが再びガチャガチャと音を立てて紙を吐き出す。
(ふぅ……ばれずに済んだ)
自席に戻ろうとしたとき、経理部の山吹ナナとすれ違った。
彼女はこちらをちらりと見て、何も言わずにそのまま通り過ぎた。
だが、ミユキの心臓は、一拍遅れて強く脈打った。
(今、見られた……?)
ナナも、かつての戦友だ。
彼女が“気づいていない”はずがない。
午後6時40分。
ようやく退社。疲労はピークだった。
スマホに目をやると、未読のメールが12件、LINEが9件。
ユリからのメッセージもある。
《コピー機の霊的浸食、進行中。社内結界の検討を。》
(は? 私、結界まで張るの?)
スーツの襟を直しながら夜風に当たると、頭が少しだけ冷えた。
思い出すのは、炎の剣を振るった朝の戦闘と、何事もなかったように始まる会議。
(これが、私の“日常”なんだな……)
エレベーターの鏡に映った自分の顔を見て、ふと笑った。
(魔物も仕事も、全部ぶった切って生きるって決めたんだ)
スーツのポケットに触れる。
そこにあるのは、再契約の証――光刃の核。
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小さく呟いて、彼女はオフィス街の闇に溶け込んでいった。
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