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第2章:魔法のある日常
第4話:契約獣の警告
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静かな夜だった。
会社を出てから、ミユキはまっすぐ帰宅せず、ふらふらと街を歩いていた。
街路樹には春の気配が微かに宿り、ビル風の冷たさの中にも、どこかやわらかな湿気が混ざっている。
繁華街の灯りが過剰に明るく、そのくせ人の顔をまったく照らさないのが嫌だった。
人の多いところにいながら、誰とも繋がっていない感覚。
(……どこかで見た風景)
自分が中学生だった頃、学校帰りに魔物と戦ったあの高架下の光景と、いま見ているこの夜の街が、少し重なって見えた。
「立ち止まるな。今日は“話”をする夜だ」
ユリの声が頭の中に響く。
「ずっと気になっていた。最近、君の魔力のバランスが崩れ始めている」
「自覚はあるよ。剣を振るとき、ちょっと気持ちが飛ぶ」
「そう。まさにそこだ。
ミユキ、お前は“感情”と“魔力”の繋がりを甘く見ている」
公園のベンチに座ると、ユリはすぐ隣に姿を現した。
肩ほどの高さしかない、小さな身体。だが、その瞳は大きく、どこまでも深かった。
「魔法少女の力は、かつて“希望”と“純粋さ”で動いていた。
だが再契約者の力は、もっと複雑だ。
過去、感情、苦悩、覚悟――それらを媒介に魔力が構成される」
「つまり?」
「つまり、使えば使うほど、“君自身”が削られるということだ」
ユリの言葉は、やけに冷たく響いた。
「いずれ、君は何も感じなくなる。
恐怖も、喜びも、怒りも、悲しみも。
ただ“戦うための器”になる」
「そんなの、魔法少女じゃない」
「そう。“戦闘機”だ」
しん、と音が消えた。
風が止まり、空気がピンと張り詰めたようになる。
「……今の私はどうなの?」
ミユキは、少し怖さを隠しながら尋ねた。
「まだ初期段階だ。感情に対して魔力の反応が過敏で、
いわば“共鳴状態”。だがこのまま戦闘を重ねれば、
その共鳴は徐々に“支配”に変わる」
「魔力のほうが、私を動かすようになるってこと?」
「そのとおりだ。
君の意思が、魔法の形を決めていたはずなのに、
そのうち魔法の形が君の意思を制御しはじめる。
そうなったら、もう“人間”ではいられない」
ミユキは何も言えなかった。
(“感情を持ったまま戦える時間”は、有限……)
自分が変わっていく。
剣を振るたび、傷が深くなるように、心も静かに蝕まれていく。
でも、それを言われて一番最初に思ったのは――
(じゃあ、いつまで私は“私でいられる”んだろう)
という、妙な興味だった。
「前にもいたの? 再契約して、そうなった魔法少女」
「いる。何人も」
「……ナナは?」
ユリは、わずかに間を置いて答えた。
「彼女は、魔力を制御できなくなる前に、捨てた。
冷静に引き際を見極めた、優秀な戦士だった。
だが、後悔している」
「知ってたの?」
「言わなかったのは、君が彼女に会うまで待つつもりだったから」
ミユキは軽く笑った。
「戦友って、ややこしいね」
「ややこしくて、面倒で、でも誰よりも深く理解してくれる存在だ」
ユリが少し珍しい言い回しをしたので、ミユキは目を細めた。
「それ、君の“個人の感情”?」
「否定はしない」
夜の空が、わずかに青みを帯びてきた。
深夜と早朝の狭間――魔物の活動が静まり、人々の気配が戻りはじめる時間。
「……なら、どうすればいいの?」
ミユキは問うた。
「このままじゃ、私、誰かを守りたくて剣を振るうたびに、
自分の感情を失っていく。
それって、守ったことになるの?」
「“感情を守る”ためには、魔法の使い方を変える必要がある。
感情のエネルギーを“消費”するのではなく、“循環”させる使い方を学べ」
「循環……?」
「憎しみや怒りから魔法を出すのではなく、
希望、赦し、愛着――そういった正の感情を燃料に使え。
だがそれは、難易度が高い」
ミユキは眉を寄せた。
「そんな“きれいごと”、会社でやっていけると思う?」
「だからこそ、お前が選ばれた。
二足の草鞋を履くには、強さだけではなく“調和”が必要だ」
(調和……)
会社で怒鳴られ、納期に追われ、魔物と戦い、魔法と現実の境界に立つ。
「……いっそ、感情を捨てた方が楽なのかもしれない」
ぽつりと漏れた言葉に、ユリが言った。
「それでも、君は“捨てない”だろう」
「なんで分かるの」
「十年前、君は泣きながら戦った。
傷だらけで、涙で前が見えなくても、剣を下ろさなかった。
そんな奴が、感情を手放せるわけがない」
ミユキは空を見上げた。
まだ真っ暗な空には、星がひとつだけ光っていた。
「……私、“泣いてた”んだっけ?」
「君は、よく泣く魔法少女だったよ」
「そっか」
ミユキはふっと、笑った。
「じゃあ、まだ私、“魔法少女”やってるんだね」
「やってるさ。今でも、誰かのヒーローだ」
ユリの声が、少しだけ優しかった。
「感情を捨てる前に、“君自身”を信じろ。
剣を振ることが、“お前を奪う行為”にならないように、
それを望む人間の一人が、お前自身であるように」
「難しいこと言うね、相変わらず」
「君には理解できると思って」
二人は静かに並んで座った。
夜が、ゆっくりと明けていく。
ほんの少しだけ空の色が変わり、
その中でミユキの影も、少しずつ濃さを変えていった。
会社を出てから、ミユキはまっすぐ帰宅せず、ふらふらと街を歩いていた。
街路樹には春の気配が微かに宿り、ビル風の冷たさの中にも、どこかやわらかな湿気が混ざっている。
繁華街の灯りが過剰に明るく、そのくせ人の顔をまったく照らさないのが嫌だった。
人の多いところにいながら、誰とも繋がっていない感覚。
(……どこかで見た風景)
自分が中学生だった頃、学校帰りに魔物と戦ったあの高架下の光景と、いま見ているこの夜の街が、少し重なって見えた。
「立ち止まるな。今日は“話”をする夜だ」
ユリの声が頭の中に響く。
「ずっと気になっていた。最近、君の魔力のバランスが崩れ始めている」
「自覚はあるよ。剣を振るとき、ちょっと気持ちが飛ぶ」
「そう。まさにそこだ。
ミユキ、お前は“感情”と“魔力”の繋がりを甘く見ている」
公園のベンチに座ると、ユリはすぐ隣に姿を現した。
肩ほどの高さしかない、小さな身体。だが、その瞳は大きく、どこまでも深かった。
「魔法少女の力は、かつて“希望”と“純粋さ”で動いていた。
だが再契約者の力は、もっと複雑だ。
過去、感情、苦悩、覚悟――それらを媒介に魔力が構成される」
「つまり?」
「つまり、使えば使うほど、“君自身”が削られるということだ」
ユリの言葉は、やけに冷たく響いた。
「いずれ、君は何も感じなくなる。
恐怖も、喜びも、怒りも、悲しみも。
ただ“戦うための器”になる」
「そんなの、魔法少女じゃない」
「そう。“戦闘機”だ」
しん、と音が消えた。
風が止まり、空気がピンと張り詰めたようになる。
「……今の私はどうなの?」
ミユキは、少し怖さを隠しながら尋ねた。
「まだ初期段階だ。感情に対して魔力の反応が過敏で、
いわば“共鳴状態”。だがこのまま戦闘を重ねれば、
その共鳴は徐々に“支配”に変わる」
「魔力のほうが、私を動かすようになるってこと?」
「そのとおりだ。
君の意思が、魔法の形を決めていたはずなのに、
そのうち魔法の形が君の意思を制御しはじめる。
そうなったら、もう“人間”ではいられない」
ミユキは何も言えなかった。
(“感情を持ったまま戦える時間”は、有限……)
自分が変わっていく。
剣を振るたび、傷が深くなるように、心も静かに蝕まれていく。
でも、それを言われて一番最初に思ったのは――
(じゃあ、いつまで私は“私でいられる”んだろう)
という、妙な興味だった。
「前にもいたの? 再契約して、そうなった魔法少女」
「いる。何人も」
「……ナナは?」
ユリは、わずかに間を置いて答えた。
「彼女は、魔力を制御できなくなる前に、捨てた。
冷静に引き際を見極めた、優秀な戦士だった。
だが、後悔している」
「知ってたの?」
「言わなかったのは、君が彼女に会うまで待つつもりだったから」
ミユキは軽く笑った。
「戦友って、ややこしいね」
「ややこしくて、面倒で、でも誰よりも深く理解してくれる存在だ」
ユリが少し珍しい言い回しをしたので、ミユキは目を細めた。
「それ、君の“個人の感情”?」
「否定はしない」
夜の空が、わずかに青みを帯びてきた。
深夜と早朝の狭間――魔物の活動が静まり、人々の気配が戻りはじめる時間。
「……なら、どうすればいいの?」
ミユキは問うた。
「このままじゃ、私、誰かを守りたくて剣を振るうたびに、
自分の感情を失っていく。
それって、守ったことになるの?」
「“感情を守る”ためには、魔法の使い方を変える必要がある。
感情のエネルギーを“消費”するのではなく、“循環”させる使い方を学べ」
「循環……?」
「憎しみや怒りから魔法を出すのではなく、
希望、赦し、愛着――そういった正の感情を燃料に使え。
だがそれは、難易度が高い」
ミユキは眉を寄せた。
「そんな“きれいごと”、会社でやっていけると思う?」
「だからこそ、お前が選ばれた。
二足の草鞋を履くには、強さだけではなく“調和”が必要だ」
(調和……)
会社で怒鳴られ、納期に追われ、魔物と戦い、魔法と現実の境界に立つ。
「……いっそ、感情を捨てた方が楽なのかもしれない」
ぽつりと漏れた言葉に、ユリが言った。
「それでも、君は“捨てない”だろう」
「なんで分かるの」
「十年前、君は泣きながら戦った。
傷だらけで、涙で前が見えなくても、剣を下ろさなかった。
そんな奴が、感情を手放せるわけがない」
ミユキは空を見上げた。
まだ真っ暗な空には、星がひとつだけ光っていた。
「……私、“泣いてた”んだっけ?」
「君は、よく泣く魔法少女だったよ」
「そっか」
ミユキはふっと、笑った。
「じゃあ、まだ私、“魔法少女”やってるんだね」
「やってるさ。今でも、誰かのヒーローだ」
ユリの声が、少しだけ優しかった。
「感情を捨てる前に、“君自身”を信じろ。
剣を振ることが、“お前を奪う行為”にならないように、
それを望む人間の一人が、お前自身であるように」
「難しいこと言うね、相変わらず」
「君には理解できると思って」
二人は静かに並んで座った。
夜が、ゆっくりと明けていく。
ほんの少しだけ空の色が変わり、
その中でミユキの影も、少しずつ濃さを変えていった。
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