11 / 64
第2章:魔法のある日常
第5話:失われた同期
しおりを挟む
「――間宮リリカが、行方不明になっている」
ユリの言葉を聞いたとき、ミユキは手にしていたフォークを落とした。
会社帰り、近所のカフェで遅めの夕食をとっていた。ナポリタンを一口食べた直後だったので、麺がソースを撒き散らしたまま皿の上に落ちた。
「……それ、どういう意味?」
「文字通りの意味だ。
戸籍上は今も生きている。けれど、勤め先には在籍記録なし、連絡先も不通。親類縁者との交流もなし。
完全に、“社会から消えている”状態だ」
ミユキは紙ナプキンで指先を拭きながら、心のざわめきを抑えた。
「最後に会ったの、いつだったっけ……」
「お前が再契約する前だ。3年前、偶然駅で見かけたと聞いている」
「うん。あのとき、私には声をかける勇気がなかった。
向こうもこっちを見たけど、何も言わなかった。
……もう、あの頃のことを全部忘れたみたいだった」
「その可能性はある。“魔法を完全に捨てた者”は、記憶の消去が進行する」
「まさか、本当に“魔法のこと”だけじゃなくて……」
「人との繋がりそのものも消えることがある」
その一言が、胃の奥を冷たく締め付けた。
リリカは、誰よりも明るくて、誰よりも優しかった。
魔法少女としての資質も高く、サポート能力に長けていた。
だが、戦いが終わった後、彼女は一度も集まりに顔を出さなかった。
「リリカは……“捨てた”のかな。全部。あの頃のことも、私たちのことも」
「可能性はある。彼女は、“完全断魔”を選んだと見られる。
自らの魔法核を封じ、異界との繋がりを絶ち、人間として生きることを望んだ」
「でもそれが、記憶の消失や、人間関係の断絶に繋がるなんて……」
「魔法を得た代償は、退くときにも残るんだ。
人間が“異界の力”に触れたという事実は、完全には消えない。
だからこそ、お前たちは“特別”なんだ」
ミユキは深く息を吸ってから、カフェラテを口に運んだ。
温度の下がったミルクの味が、どこか苦かった。
翌日。昼休み、屋上。
曇り空の下、ミユキはナナに電話をかけた。
「何? また“魔物出たから助けて”って話なら切るわよ」
「違う。リリカのこと。行方が分からなくなってる」
数秒の沈黙。
「……どこまで知ってるの?」
「連絡先不明。就業記録も削除。痕跡が、ほとんどない」
「そう……やっぱり、そうなのね」
「知ってたの?」
「……去年、手紙が届いたの。リリカから。
あんたには言わないでって書いてあったけど、もういいわね。
『私は“完全に普通になる”ことにした』って。
“私の中の光も闇も、全部捨てて生きる”って書いてあった」
「どう思った?」
「馬鹿なことするな、って思った。
でも、あの子は昔から、自分の中の“痛み”を外に出せない子だったでしょ。
笑ってごまかして、誰かの盾になって、でも自分が砕けても言わない子だった」
ミユキは目を閉じた。
あの笑顔を思い出す。
いつも中心にいて、誰かの話を聞いていて、最後には「うん、大丈夫だよ」って言ってくれていたリリカ。
「会いたいな。リリカに」
「……私も」
ナナの声が、わずかに震えていた。
「だから、探すわ。魔法は使わないけど、足は使える。
あの子の痕跡がまだこの街にあるなら、私が見つけてみせる」
「私も動く。契約者として、これは無視できない」
「情報は共有するわ。……でも、あんたが無茶しそうなら、すぐ止める」
「期待してる」
「生意気」
通話が切れた。
ミユキはスマホを見つめたまま、空を仰いだ。
雲の切れ間から、少しだけ光が漏れていた。
夜。帰宅途中の電車内。
ユリの声が再び響いた。
「リリカの件、気をつけろ。
“記憶が消える”のは、必ずしも本人の意思とは限らない。
外的要因、あるいは異界側の介入の可能性もある」
「つまり、誰かがリリカを“消した”可能性があるってこと?」
「それを示す痕跡は微弱だが、ゼロではない。
特に、今の“都市の魔力汚染”の状況を見る限り、
再契約者たちに対する“何らかの攻撃”が始まっている恐れがある」
ミユキは吊革を握る手に、ぐっと力を込めた。
(リリカを見つける。それが、今の私の戦いの一つ)
電車が駅に着いた。人々がぞろぞろと降りていく。
その中に――一瞬、見えた。
リリカの横顔。
(……!)
しかし、振り返ったときにはもう、彼女の姿はなかった。
幻だったのか。それとも――
「リリカ……」
その名前を呟くと、冷たい風がホームを吹き抜けた。
次の戦いは、きっと“過去”にある。
ミユキはそう確信しながら、階段をゆっくりと上がっていった。
ユリの言葉を聞いたとき、ミユキは手にしていたフォークを落とした。
会社帰り、近所のカフェで遅めの夕食をとっていた。ナポリタンを一口食べた直後だったので、麺がソースを撒き散らしたまま皿の上に落ちた。
「……それ、どういう意味?」
「文字通りの意味だ。
戸籍上は今も生きている。けれど、勤め先には在籍記録なし、連絡先も不通。親類縁者との交流もなし。
完全に、“社会から消えている”状態だ」
ミユキは紙ナプキンで指先を拭きながら、心のざわめきを抑えた。
「最後に会ったの、いつだったっけ……」
「お前が再契約する前だ。3年前、偶然駅で見かけたと聞いている」
「うん。あのとき、私には声をかける勇気がなかった。
向こうもこっちを見たけど、何も言わなかった。
……もう、あの頃のことを全部忘れたみたいだった」
「その可能性はある。“魔法を完全に捨てた者”は、記憶の消去が進行する」
「まさか、本当に“魔法のこと”だけじゃなくて……」
「人との繋がりそのものも消えることがある」
その一言が、胃の奥を冷たく締め付けた。
リリカは、誰よりも明るくて、誰よりも優しかった。
魔法少女としての資質も高く、サポート能力に長けていた。
だが、戦いが終わった後、彼女は一度も集まりに顔を出さなかった。
「リリカは……“捨てた”のかな。全部。あの頃のことも、私たちのことも」
「可能性はある。彼女は、“完全断魔”を選んだと見られる。
自らの魔法核を封じ、異界との繋がりを絶ち、人間として生きることを望んだ」
「でもそれが、記憶の消失や、人間関係の断絶に繋がるなんて……」
「魔法を得た代償は、退くときにも残るんだ。
人間が“異界の力”に触れたという事実は、完全には消えない。
だからこそ、お前たちは“特別”なんだ」
ミユキは深く息を吸ってから、カフェラテを口に運んだ。
温度の下がったミルクの味が、どこか苦かった。
翌日。昼休み、屋上。
曇り空の下、ミユキはナナに電話をかけた。
「何? また“魔物出たから助けて”って話なら切るわよ」
「違う。リリカのこと。行方が分からなくなってる」
数秒の沈黙。
「……どこまで知ってるの?」
「連絡先不明。就業記録も削除。痕跡が、ほとんどない」
「そう……やっぱり、そうなのね」
「知ってたの?」
「……去年、手紙が届いたの。リリカから。
あんたには言わないでって書いてあったけど、もういいわね。
『私は“完全に普通になる”ことにした』って。
“私の中の光も闇も、全部捨てて生きる”って書いてあった」
「どう思った?」
「馬鹿なことするな、って思った。
でも、あの子は昔から、自分の中の“痛み”を外に出せない子だったでしょ。
笑ってごまかして、誰かの盾になって、でも自分が砕けても言わない子だった」
ミユキは目を閉じた。
あの笑顔を思い出す。
いつも中心にいて、誰かの話を聞いていて、最後には「うん、大丈夫だよ」って言ってくれていたリリカ。
「会いたいな。リリカに」
「……私も」
ナナの声が、わずかに震えていた。
「だから、探すわ。魔法は使わないけど、足は使える。
あの子の痕跡がまだこの街にあるなら、私が見つけてみせる」
「私も動く。契約者として、これは無視できない」
「情報は共有するわ。……でも、あんたが無茶しそうなら、すぐ止める」
「期待してる」
「生意気」
通話が切れた。
ミユキはスマホを見つめたまま、空を仰いだ。
雲の切れ間から、少しだけ光が漏れていた。
夜。帰宅途中の電車内。
ユリの声が再び響いた。
「リリカの件、気をつけろ。
“記憶が消える”のは、必ずしも本人の意思とは限らない。
外的要因、あるいは異界側の介入の可能性もある」
「つまり、誰かがリリカを“消した”可能性があるってこと?」
「それを示す痕跡は微弱だが、ゼロではない。
特に、今の“都市の魔力汚染”の状況を見る限り、
再契約者たちに対する“何らかの攻撃”が始まっている恐れがある」
ミユキは吊革を握る手に、ぐっと力を込めた。
(リリカを見つける。それが、今の私の戦いの一つ)
電車が駅に着いた。人々がぞろぞろと降りていく。
その中に――一瞬、見えた。
リリカの横顔。
(……!)
しかし、振り返ったときにはもう、彼女の姿はなかった。
幻だったのか。それとも――
「リリカ……」
その名前を呟くと、冷たい風がホームを吹き抜けた。
次の戦いは、きっと“過去”にある。
ミユキはそう確信しながら、階段をゆっくりと上がっていった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる