魔法少女は会社員

naomikoryo

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第2章:魔法のある日常

第7話:会社を守る魔法少女

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火曜日の朝、社内の空気は重かった。

月曜朝の「電車の謎の停止」と「システムの全社不具合」の影響で、営業三課は午前から怒号とクレームの嵐に包まれていた。

「神代くん! 先週のB社の提案データ、提出日が間違ってたってクレーム来てるぞ! これ、なんで修正されてないんだ!」
「神代さーん! 今朝のミーティング議事録、ファイルが開けません! ウイルスじゃないですか!?」
「誰かコピー機止めて! ずっと“エラー音”出てる!」

(落ち着け……一つずつ片付けろ)

ミユキはモニターの前で冷静にメールをさばきながら、耳で怒鳴り声を聞き、片手でエラーの書類をゴミ箱に放り込んだ。

そのとき、ふと感じた。

社内の空気が“軋んで”いる。

目に見えないが、感情の波が歪んでいる。
さっきから、コピー機のエラー音が止まらない。社内システムの挙動も妙だ。

ユリの声が脳に落ちる。

「出るぞ」

ミユキは立ち上がり、書類を手に持ったままコピー機のある隅へ向かう。
そこは社員たちの視線から少し死角になる小部屋だった。

足を踏み入れた瞬間、空気が“静電気のように”ざわつく。

「……本当に、また社内かよ……」

複合機の液晶パネルが一瞬バチバチと光を放ち、そこから“手”が現れた。

白く、のっぺりとしたコピー用紙のような肌。指先がインクで汚れている。
天井からぶら下がる電源コードがねじれ、形を変え、“首”のように揺れ出した。

「“システム系魔物”……社内ネットワークと“記録された怨念”が融合した個体。今のこの会社で最も発生率が高いタイプだ」

ユリの解説が入るのとほぼ同時に、魔物が完全に姿を現す。

「……名前は?」

「“アーカイブ・デッド”」

「資料に記録された“消し去りたい過去”の怨念。会社という名の墓標に巣くう亡霊、か……皮肉が効いてるじゃない」

ミユキは右手をペンダントへ伸ばし、即座に変身を起動。

ブレザーの下に光の防具が浮かび、右腕に魔力の篭手が重なる。

剣を抜く。

そのとき――

「どいて」

背後から声。

振り返ると、ナナが立っていた。
白いブラウスに黒いカーディガン、髪を一つにまとめた姿。
けれどその目は、かつての“魔法少女”だった頃のそれだった。

「……ナナ」

「今回は私もやる。経理部にも、こいつの影響が出てる。
会計データが“勝手に過去年度”に上書きされてるの。
これ、魔物の仕業でしょ?」

「たぶんね。感情じゃなくて“記録”を食ってる。社の全部を“過去”に縛る気よ」

「ふざけた存在ね。数字と記録に関わる人間の恐怖を舐めすぎ」

ナナは左手を差し出し、手首に装着された古びた銀のブレスレットを撫でた。

一瞬、空気が花のような香りに包まれ、彼女の周囲に緑の光が現れる。

「……まだ魔法、使えるの?」

「魔法を“捨てた”んじゃない。ただ“閉じてた”だけよ。
あんたのバカみたいな頑張り見てたら、ちょっと火がついたの」

ナナの右手に、蔦のような魔力の鞭が現れた。

ミユキとナナ。かつて背中を預け合って戦った二人が、十年ぶりに再び並ぶ。

「いくよ、ナナ」

「かかってきなさい、“過去の亡霊”」

魔物は唸り声のような紙の擦れ音をあげ、天井から複合機のコードをムチのように振り下ろす。

ミユキが前に出て剣で受け止める。
ガキィンと音を立てて弾くと、ナナの鞭が横から魔物の腕を絡めとる。

「今!」

ミユキは回転しながら、剣を上段から振り下ろす。

「フレア・ブレイク!」

赤熱した刃が、魔物の胸部を一直線に断ち割った。

バチッ――と音がして、魔物は一瞬、記憶の断片のような光を撒き散らしながら消えた。

空気が戻る。

複合機が、コトリと音を立てて、正常に動き出す。

プリントされたのは、午前中にミユキが出そうとしていたプレゼン資料の1枚目。

ナナがため息をついた。

「……疲れた。肩凝った」

「筋肉の使い方、完全に鈍ってたでしょ」

「言わないで。魔法筋ってホント衰えるわ」

二人は息を整えながら、ふと目を合わせて、笑った。

この会社は、やっぱり地獄だけど。

「……私たち、変わったね」

ミユキの言葉に、ナナは頷いた。

「昔は、世界を守ってるつもりだった。
でも今は、この“職場”が守るべき現実になってる」

「社会は、小さな戦場の集合体だからね」

ミユキは剣を仕舞い、制服を整える。

「じゃ、午後の会議、行ってくる」

「こっちは経理部の月次チェック。
ま、また何か出たら呼んで」

「もちろん」

二人は背を向け、それぞれの部署へと歩き出す。

戦場は、ここにもある。
だけど今は、守るべき場所でもある。

魔法少女は、世界を救わなくていい。
目の前の会社、目の前の仲間、その笑顔を守れれば、それでいい。

それが、いまの“私たち”の魔法。
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