13 / 64
第2章:魔法のある日常
第7話:会社を守る魔法少女
しおりを挟む
火曜日の朝、社内の空気は重かった。
月曜朝の「電車の謎の停止」と「システムの全社不具合」の影響で、営業三課は午前から怒号とクレームの嵐に包まれていた。
「神代くん! 先週のB社の提案データ、提出日が間違ってたってクレーム来てるぞ! これ、なんで修正されてないんだ!」
「神代さーん! 今朝のミーティング議事録、ファイルが開けません! ウイルスじゃないですか!?」
「誰かコピー機止めて! ずっと“エラー音”出てる!」
(落ち着け……一つずつ片付けろ)
ミユキはモニターの前で冷静にメールをさばきながら、耳で怒鳴り声を聞き、片手でエラーの書類をゴミ箱に放り込んだ。
そのとき、ふと感じた。
社内の空気が“軋んで”いる。
目に見えないが、感情の波が歪んでいる。
さっきから、コピー機のエラー音が止まらない。社内システムの挙動も妙だ。
ユリの声が脳に落ちる。
「出るぞ」
ミユキは立ち上がり、書類を手に持ったままコピー機のある隅へ向かう。
そこは社員たちの視線から少し死角になる小部屋だった。
足を踏み入れた瞬間、空気が“静電気のように”ざわつく。
「……本当に、また社内かよ……」
複合機の液晶パネルが一瞬バチバチと光を放ち、そこから“手”が現れた。
白く、のっぺりとしたコピー用紙のような肌。指先がインクで汚れている。
天井からぶら下がる電源コードがねじれ、形を変え、“首”のように揺れ出した。
「“システム系魔物”……社内ネットワークと“記録された怨念”が融合した個体。今のこの会社で最も発生率が高いタイプだ」
ユリの解説が入るのとほぼ同時に、魔物が完全に姿を現す。
「……名前は?」
「“アーカイブ・デッド”」
「資料に記録された“消し去りたい過去”の怨念。会社という名の墓標に巣くう亡霊、か……皮肉が効いてるじゃない」
ミユキは右手をペンダントへ伸ばし、即座に変身を起動。
ブレザーの下に光の防具が浮かび、右腕に魔力の篭手が重なる。
剣を抜く。
そのとき――
「どいて」
背後から声。
振り返ると、ナナが立っていた。
白いブラウスに黒いカーディガン、髪を一つにまとめた姿。
けれどその目は、かつての“魔法少女”だった頃のそれだった。
「……ナナ」
「今回は私もやる。経理部にも、こいつの影響が出てる。
会計データが“勝手に過去年度”に上書きされてるの。
これ、魔物の仕業でしょ?」
「たぶんね。感情じゃなくて“記録”を食ってる。社の全部を“過去”に縛る気よ」
「ふざけた存在ね。数字と記録に関わる人間の恐怖を舐めすぎ」
ナナは左手を差し出し、手首に装着された古びた銀のブレスレットを撫でた。
一瞬、空気が花のような香りに包まれ、彼女の周囲に緑の光が現れる。
「……まだ魔法、使えるの?」
「魔法を“捨てた”んじゃない。ただ“閉じてた”だけよ。
あんたのバカみたいな頑張り見てたら、ちょっと火がついたの」
ナナの右手に、蔦のような魔力の鞭が現れた。
ミユキとナナ。かつて背中を預け合って戦った二人が、十年ぶりに再び並ぶ。
「いくよ、ナナ」
「かかってきなさい、“過去の亡霊”」
魔物は唸り声のような紙の擦れ音をあげ、天井から複合機のコードをムチのように振り下ろす。
ミユキが前に出て剣で受け止める。
ガキィンと音を立てて弾くと、ナナの鞭が横から魔物の腕を絡めとる。
「今!」
ミユキは回転しながら、剣を上段から振り下ろす。
「フレア・ブレイク!」
赤熱した刃が、魔物の胸部を一直線に断ち割った。
バチッ――と音がして、魔物は一瞬、記憶の断片のような光を撒き散らしながら消えた。
空気が戻る。
複合機が、コトリと音を立てて、正常に動き出す。
プリントされたのは、午前中にミユキが出そうとしていたプレゼン資料の1枚目。
ナナがため息をついた。
「……疲れた。肩凝った」
「筋肉の使い方、完全に鈍ってたでしょ」
「言わないで。魔法筋ってホント衰えるわ」
二人は息を整えながら、ふと目を合わせて、笑った。
この会社は、やっぱり地獄だけど。
「……私たち、変わったね」
ミユキの言葉に、ナナは頷いた。
「昔は、世界を守ってるつもりだった。
でも今は、この“職場”が守るべき現実になってる」
「社会は、小さな戦場の集合体だからね」
ミユキは剣を仕舞い、制服を整える。
「じゃ、午後の会議、行ってくる」
「こっちは経理部の月次チェック。
ま、また何か出たら呼んで」
「もちろん」
二人は背を向け、それぞれの部署へと歩き出す。
戦場は、ここにもある。
だけど今は、守るべき場所でもある。
魔法少女は、世界を救わなくていい。
目の前の会社、目の前の仲間、その笑顔を守れれば、それでいい。
それが、いまの“私たち”の魔法。
月曜朝の「電車の謎の停止」と「システムの全社不具合」の影響で、営業三課は午前から怒号とクレームの嵐に包まれていた。
「神代くん! 先週のB社の提案データ、提出日が間違ってたってクレーム来てるぞ! これ、なんで修正されてないんだ!」
「神代さーん! 今朝のミーティング議事録、ファイルが開けません! ウイルスじゃないですか!?」
「誰かコピー機止めて! ずっと“エラー音”出てる!」
(落ち着け……一つずつ片付けろ)
ミユキはモニターの前で冷静にメールをさばきながら、耳で怒鳴り声を聞き、片手でエラーの書類をゴミ箱に放り込んだ。
そのとき、ふと感じた。
社内の空気が“軋んで”いる。
目に見えないが、感情の波が歪んでいる。
さっきから、コピー機のエラー音が止まらない。社内システムの挙動も妙だ。
ユリの声が脳に落ちる。
「出るぞ」
ミユキは立ち上がり、書類を手に持ったままコピー機のある隅へ向かう。
そこは社員たちの視線から少し死角になる小部屋だった。
足を踏み入れた瞬間、空気が“静電気のように”ざわつく。
「……本当に、また社内かよ……」
複合機の液晶パネルが一瞬バチバチと光を放ち、そこから“手”が現れた。
白く、のっぺりとしたコピー用紙のような肌。指先がインクで汚れている。
天井からぶら下がる電源コードがねじれ、形を変え、“首”のように揺れ出した。
「“システム系魔物”……社内ネットワークと“記録された怨念”が融合した個体。今のこの会社で最も発生率が高いタイプだ」
ユリの解説が入るのとほぼ同時に、魔物が完全に姿を現す。
「……名前は?」
「“アーカイブ・デッド”」
「資料に記録された“消し去りたい過去”の怨念。会社という名の墓標に巣くう亡霊、か……皮肉が効いてるじゃない」
ミユキは右手をペンダントへ伸ばし、即座に変身を起動。
ブレザーの下に光の防具が浮かび、右腕に魔力の篭手が重なる。
剣を抜く。
そのとき――
「どいて」
背後から声。
振り返ると、ナナが立っていた。
白いブラウスに黒いカーディガン、髪を一つにまとめた姿。
けれどその目は、かつての“魔法少女”だった頃のそれだった。
「……ナナ」
「今回は私もやる。経理部にも、こいつの影響が出てる。
会計データが“勝手に過去年度”に上書きされてるの。
これ、魔物の仕業でしょ?」
「たぶんね。感情じゃなくて“記録”を食ってる。社の全部を“過去”に縛る気よ」
「ふざけた存在ね。数字と記録に関わる人間の恐怖を舐めすぎ」
ナナは左手を差し出し、手首に装着された古びた銀のブレスレットを撫でた。
一瞬、空気が花のような香りに包まれ、彼女の周囲に緑の光が現れる。
「……まだ魔法、使えるの?」
「魔法を“捨てた”んじゃない。ただ“閉じてた”だけよ。
あんたのバカみたいな頑張り見てたら、ちょっと火がついたの」
ナナの右手に、蔦のような魔力の鞭が現れた。
ミユキとナナ。かつて背中を預け合って戦った二人が、十年ぶりに再び並ぶ。
「いくよ、ナナ」
「かかってきなさい、“過去の亡霊”」
魔物は唸り声のような紙の擦れ音をあげ、天井から複合機のコードをムチのように振り下ろす。
ミユキが前に出て剣で受け止める。
ガキィンと音を立てて弾くと、ナナの鞭が横から魔物の腕を絡めとる。
「今!」
ミユキは回転しながら、剣を上段から振り下ろす。
「フレア・ブレイク!」
赤熱した刃が、魔物の胸部を一直線に断ち割った。
バチッ――と音がして、魔物は一瞬、記憶の断片のような光を撒き散らしながら消えた。
空気が戻る。
複合機が、コトリと音を立てて、正常に動き出す。
プリントされたのは、午前中にミユキが出そうとしていたプレゼン資料の1枚目。
ナナがため息をついた。
「……疲れた。肩凝った」
「筋肉の使い方、完全に鈍ってたでしょ」
「言わないで。魔法筋ってホント衰えるわ」
二人は息を整えながら、ふと目を合わせて、笑った。
この会社は、やっぱり地獄だけど。
「……私たち、変わったね」
ミユキの言葉に、ナナは頷いた。
「昔は、世界を守ってるつもりだった。
でも今は、この“職場”が守るべき現実になってる」
「社会は、小さな戦場の集合体だからね」
ミユキは剣を仕舞い、制服を整える。
「じゃ、午後の会議、行ってくる」
「こっちは経理部の月次チェック。
ま、また何か出たら呼んで」
「もちろん」
二人は背を向け、それぞれの部署へと歩き出す。
戦場は、ここにもある。
だけど今は、守るべき場所でもある。
魔法少女は、世界を救わなくていい。
目の前の会社、目の前の仲間、その笑顔を守れれば、それでいい。
それが、いまの“私たち”の魔法。
0
あなたにおすすめの小説
Chivalry - 異国のサムライ達 -
稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)
ファンタジー
シヴァリー(Chivalry)、それは主に騎士道を指し、時に武士道としても使われる言葉である。騎士道と武士道、両者はどこか似ている。強い精神をその根底に感じる。だが、士道は魔法使いが支配する世界でも通用するのだろうか?
これは魔法というものが絶対的な価値を持つ理不尽な世界で、士道を歩んだ者達の物語であり、その中でもアランという男の生き様に主眼を置いた大器晩成なる物語である。(他サイトとの重複投稿です。また、画像は全て配布サイトの規約に従って使用しています)
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
Husband's secret (夫の秘密)
設楽理沙
ライト文芸
果たして・・
秘密などあったのだろうか!
むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ
10秒~30秒?
何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。
❦ イラストはAI生成画像 自作
恋と首輪
山猫
恋愛
日本屈指の名門・城聖高校には、生徒たちが逆らえない“首輪制度”が存在する。
絶対的支配者・東雲財閥の御曹司、東雲 蓮の「選んだ者」は、卒業まで彼の命令に従わなければならない――。
地味で目立たぬ存在だった月宮みゆは、なぜかその“首輪”に選ばれてしまう。
冷酷非情と思っていた蓮の、誰にも見せない孤独と優しさに触れた時、みゆの心は静かに揺れはじめる。
「おめでとう、今日から君は俺の所有物だ。」
イケメン財閥御曹司
東雲 蓮
×
「私はあなたが嫌いです。」
訳あり平凡女子
月宮 みゆ
愛とか恋なんて馬鹿らしい。 愚かな感情だ。
訳ありのふたりが、偽りだらけの学園で紡ぐカーストラブ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる